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第23話

――そうして目を覚ましたら、アリアと共に馬車の中に投げ込まれていた。

最初は幻覚作用によりアリアがあの女に見えていたが、サイモンは自分自身に何度も解毒魔法をかけ続けることによって、幻覚を見ることを回避し続けている。普通の魔法使いがやったら三回ほどで魔力切れを起こしてしまうか、もしくは解毒が間に合わない可能性があるが、そこは六百年以上も生きているだけあってサイモンも慣れたものだ。何より自分の体相手なので微調整をしなくていいのが楽だ。


「それにしても、この馬車はどこに向かっているんでしょうか」

「さあな。流石に外が見えないんじゃわからないな」

「ですよね……」


はあ、と肩を落とすアリア。彼女の両手は縄で縛られているが、足は特に縛られていない。後で歩かせる予定でもあるのだろうか。逃げられるとは思っていないところが彼らの余裕を垣間見ているようで、笑ってしまいそうになる。

正直言えば、こんな所から逃げるのはそう大変な事じゃない。なんなら今すぐにでもこの馬車を大破させられるだろう。だが、サイモンには二つ、それが出来ない理由があった。


一つは魔力の調整が上手くいっていないことを再認識したからだ。

〝祝福〟が世界から無くなったのと同時に、ちょっとしたズレが生じるようになったのが気になる。〝祝福〟を拒否したとはいえ、この世界で生きている以上サイモンも少なからず影響を受けていたのだろう。全世界を包むほどの強大な魔力だ。気づかなくても仕方がない。

この馬車を大破させるとして、その調整にアリアを巻き込んでしまう可能性は小さくない。そうなればサイモンはシスターに合わせる顔がなくなってしまう。


そしてもう一つは──パサンの妻と、差し出された子供たちの存在だった。

パサンの話を聞いた時には、旅人である自分には関係がない話だと思っていたが、時間が経つにつれ気になってしまったのだ。……単純なんていわないでくれ。一番自分が分かっている。

人攫いと、サイモンたちを襲った二人。この二つがどう関係しているかは分からないが、何となく無関係ではないとサイモンは踏んでいる。これは長年旅をしてきた勘でしかない。なので、確かめに行くためにもこのまま運んでもらった方が楽なのだ。


(それにしても、アリアの言う通りどこに向かってるんだろうな)

馬車で移動しているのはわかっている。感覚ではあるが、時間としてもそこそこの距離を移動しているだろう。もしこの先が人攫いたちのアジトなら、村人が気づかないのも納得がいく。

人の足ではどれだけ時間があっても足りないだろう。人攫いをするような連中だ。疲弊したところを狙ってきて全滅、なんてことも平気でしてくるだろう。族長が首を縦に振らない理由もわかる。彼が守るべきは個人ではなく、村という集団なのだから。

(パサンを誑かしたのは、フードを被った女だったな)

もしその女がサイモンたちを襲ったのと同じ人物であれば簡単だが……服装といい、特徴が少なすぎて断定は難しいだろうな。もう少しちゃんと聞いておくべきだったかと後悔しつつも、もうここまで来てしまったのだから仕方がない。

いっそのこと全部破壊して騎士団に通報でもするか、と投げやりになり始めるサイモンに、アリアの視線が突き刺さる。手元に注がれる視線は好奇心に満ちていた。


「……触るなよ」

「さ、触りませんよ!」


アリアがくわっと噛み付いてくる。不貞腐れたような表情をされたが、彼女が捕まった経緯を考えればそう易々と信じられまい。じとっとした目で見つめていれば、アリアは「本当に触りませんから!」と両手を上げる。縛られたままだからか、少し間抜けな格好をしているが本人は気づいていなさそうなので言わないで置こう。

サイモンが疑う目を辞めると、アリアも腕を下ろす。しかし、好奇心旺盛な視線は変わらないまま突き刺さっている。


「……そんなに気になるのか?」

「うーん。気になるっていうか……サイモンさんがなんで無事なのかが気になるというか」

「……」


鋭いところを突く。

サイモンはアリアの言葉に視線を下げた。……この場合、正直に本当のことを言っていいものだろうか。

(……いや。もしアリアが知れば彼女は怒るだろうな)

解毒ができるとはいえ、何度も何度も繰り返し幻覚を見させられているのだ。その内容は決していいものばかりではないし、あまり見たくないものも普通に登場してくる。普通であれば既に発狂している事だろう。とはいえ、上手い 言い返しもそう簡単に思いつくものでもないわけで。

(どうするかな)

簡単に話をでっち上げても良いが、それはそれでバレた時が面倒そうだ。悩みに悩んだ結果、出した答えは嘘とも本当とも言えぬものだった。


「……俺は今までの旅で、ある程度の毒の耐性を持っているんだ」

「耐性?」

「ああ。だからこれくらいはどうってことはない」


半分本当で、半分嘘だ。

もちろん、ちょっとした毒耐性は持っているが、一般の魔法使いの補助魔法が不要になるくらいのレベルしか持っていない。簡単に言えば毒を食べすぎて内蔵が慣れたみたいなもんだ。事実、幻覚は効いているし、解毒魔法を怠れば二時間程度で正気を失うだろう。

目の前に花畑が広がる。一瞬、若き日の仲間たちの姿が過り、はっと息を飲むサイモンにアリアが呼ぶ声が響く。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


心配そうに眉を寄せる彼女に、サイモンは慌てて解毒魔法をかけ、平然と言葉を返した。……危ない。引っ張られるところだった。幻覚は既に違うものを映し出そうとしている。それをアリアに悟られる前にあっさりと消し去り、サイモンはアリアと他愛もない話をし始めた。


──通常、ここまでの長時間、毒に侵されつつ解毒魔法をかけ続けるなんてことは、正気の魔法使いであればやろうとは思わないだろう。思い付きもしないかもしれない。解毒魔法は初級の中でも初めて覚えるような魔法だが、長時間ともなれば話は別だ。いつ終わるかも分からない中で、ジリジリと魔力が削られていくなんて、魔法使いからすれば拷問にも近い。

それが出来るというのは、サイモンの実力の高さを証明しているが、同時に効率の悪さも表していることになる。本来ならさっさと花を燃やすなりなんなりしてしまえばいいのだから。

だが、サイモンはそれをしない。しようとも思っていない。なぜなら──そっちの方が楽しいから。

(幻覚も久々に見るとおしろいもんだな)

長年生きていると楽しみが徐々に無くなってくる。故に、こういう刺激は貴重なのだ。それが既に経験したことのあるものでも、状況と環境が違えば面白さも変わってくる、とはサイモンの持論である。そんな彼を世間は『頭のネジが外れている』と称するだろう。サイモンもそれを自覚しているから、他人に勧めるようなことはしない。


目の前を過るメルヘンチックな顔をした羊を解毒魔法で消し去り、サイモンは息を吐く。息をするように解毒魔法を展開してはいるが、そろそろ飽きてきた。サイモンは昔、研究が好きだった仲間の存在を思い出す。薬や毒に関してまるで取り憑かれたかのように振る舞う彼女は、今どうしているだろうか。

(毒を浴びた際は、出来るだけ気を荒立てることなく、呼吸を浅くし、平常心を保て)

彼女は確かそんなことを言っていた。そうすることで心拍数の管理がしやすく、毒が回るタイミングを一定にすることが出来る。興奮すればするほど血の巡りが良くなり、暴れればそれだけ心臓が血液を送り出してしまう。緊張で体を固くしてしまうのも良くない。無意識に呼吸を早めるのも良くない。一定に、静かに、が基本。……まあ、いざとなればどうにか出来てしまう自信があるサイモンからすれば、そこそこどうでもいいことだが。


サイモンはついでにパサンの事を話そうかと思ったが、やめておく。不確定な情報を渡すのは混乱を招くだけである。どこに向かっているのかも、正確な場所はわからないが、おおよその検討はついている。だが、それを口にすればパサンの事も説明しなくてはいけないので、アリアには悪いがサイモンは黙っておくことにした。

代わりに今まで聞いた〝幻華〟の逸話でも話そうか。


「アリア。君は怖い話は得意か?」

「えっ」

「面白い話があるんだ。暇潰しにでも聞いてくれ」


にこりと笑うサイモンに、アリアは目を見開き、すぐさま顔を真っ青にする。嫌な予感を感じ取ったのだろう。──しかし、もう遅い。

話題の装填を終えたサイモンは「昔昔」と話し始める。アリアは逃げる間もなくその話を聞く羽目になってしまった。


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