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第20話

村を一周し、やっと食事を買うことが出来たサイモンは、買ったばかりのパンを口に入れながら宿へと帰っていた。

出て来る前、アリアに声を掛けたが返事が帰って来なかったのだ。中を覗き見れば、寝袋の上ですやすやと寝ているアリアの姿が。慣れない旅で疲れたのだろう。サイモンはアリアを起こすのをやめ、買い出しに出たのだ。今は食べられなくとも、起きた時にでも食べられるだろう。


固いパンに挟まった複数枚の薄い肉と葉物。素朴な見た目に最初は味がしないんじゃないかと不安だったが、思いの外肉に味が染みていて美味い。これならアリアも満足するだろう。我儘を言うなら少しパンが固いことだろうか。サイモンは歯応えのあるものが比較的好みだが、流石に硬すぎると思う。それも、中に入っているソースでいくらか緩和されているようだけれど。

(包みに入れておけば、少しはやわらかくなるだろうか)

サイモンはアリアと明日の自分の分を見下げる。


「……ん?」


ふと、サイモンは足を止める。周囲を見渡して、鼻をひくりと動かした。気のせいかと思っていたが……やはりそうだ。

(甘い匂いがする)

サイモンは再びヒクリと鼻を動かしながら、匂いの後を辿っていく。匂いの方角は村の奥へと繋がっており、村の中心にいけばいくほど微量に匂いが濃くなっていく。明かりとして使っている薪に匂いを発するものでもあるのだろうか。こう見えても好奇心が旺盛なサイモンは、宿に戻るのを後にして匂いの元を辿っていくことにした。


村の中心を超え、更に奥へと進めば見えて来るひと際大きなテント。ここが族長の家なのだろうか。もしかしたら香でも焚いているのかもしれないと思ったが、どうやらそうではないらしい。匂いはテントの裏側からしていた。

族長のテントの裏には、茂みがある。サイモンの腰の位置まで隠れてしまうほどの背の高い雑草たちを掻き分けながら、進んでいく。もしここにアリアがいれば、肩あたりまで隠れてしまうだろう。子供ならすっぽり埋まってしまうかもしれない。


「歩きづらいな」


生えた雑草は予想以上に頑丈で、サイモンの体重を乗せても、足を離せばすぐにニョキリと姿勢を正してしまう。これでは帰り道もわからなくなってしまうだろう。サイモンは自分にだけわかるように少しずつ固めた魔力の結晶を、目印として落としていく。コロコロと落ちていく結晶は一見金平糖のようだ。小さく、普通なら見つけられないだろうが道を示すだけであれば十分だろう。魔法を使える人間にはバレるかもしれないが、拾えるのは魔力の持ち主であるサイモンだけだ。


ガサガサと草むらを掻き分けていくこと、数分。視界に映った光景に、サイモンは音もなくしゃがみ込んだ。背の高い草で良かった。百八十に近いサイモンでも、しゃがみ込めばすっぽりと隠れてしまえる。サイモンは静かに草木の間から僅かに見える光景を見る。一人の男と子供が向かい合っていた。男は子供と手を繋いでおり、子供は茫然とただただ宙を見つめている。

(散歩か?)

それにしては異様な雰囲気だ。月の光に照らされた二人は、まるで何かを待っているかのよう。サイモンはじっと二人を見る。背中を向けているから表情を読み取ることは出来ないが、少しでも何かわからないかと目を凝らした。

風が吹き、葉が揺れる。男が今振り返ればサイモンの存在に気付いてしまうだろうが、男は振り返る様子はなかった。サイモンはこのままでは埒が明かないと手元を動かす。


「〝アーネ《風》・モス《よ》〟」


小さく唱えると同時に、ぶわりと強風が吹く。会話を聞き取るつもりだったが、調整をミスってしまったらしい。あまりにも強い風に、サイモン自身も慌てて顔の前に腕を翳した。草がビシバシと当たって痛い。サイモンは舌を打った。スクルードからの〝祝福〟がなくなってからというもの、無意識にやっていた微調整が上手く出来なくなっている。ビーバーの町でも、動かそうと思っていただけの木が一瞬で角材に変わってしまったり、井戸水を復活させようと思ったら水溜まり程度しか出来なかったりと、ミスをおかしていた。幸い町の人たちに見られることはなかったものの、人外的な働きに何度も首を傾げられた。その度に誤魔化すのは、とても骨が折れた。

サイモンは強風の中、腕の隙間から二人を盗み見た。この風でどこかに逃げ込まれては、探すのが面倒だ。結局、何をしたいのかわからないままになるのが一番気になる。

しかし、サイモンの予想に反して、親子はどこかに行く様子もなく、その場で強風に耐えている。突然の突風に顔を隠す男の慌てた声が風に乗って聞こえたが、不思議なことに子供は微動だにしない。

(うそだろ)

可笑しい。大の大人ですら動揺くらいはするというのに。それだけ肝の据わった子供なのか、と小さな背中を見ていれば、子供の腕の中でバサバサと靡いているものが見えた。


白い見た目のそれは、子供の両手に抱えられているものの、風で今にも吹き飛んでしまいそうだ。なんて観察していれば、プチリと千切れる花びら。強風に乗っかった花びらが、真っすぐサイモンの方へと飛んでくる。

(チャンスだ!)

サイモンは手を伸ばし、花びらを手に取った。子供の背中から見えるほどの大きな花びらだ。風がやっと収まって来る。サイモンの手からもはみ出している白い花びらをまじまじと見つめた。花びらの形状、そして根元を見て――目を見開く。

(これは……!)

――通称、げん。正式名称サイザビリア。触れた人間に幻覚を見せる効果を持つ毒花、モンスターだ。


「何でこんなものを、子供が……」


サイモンは疑問を口にする。しかし、今は考えている余裕はない。

サイザビリアの幻覚は切り落としても一定の値まで効力を発揮し続けることから、有害モンスターとして認定されている。

白い花弁から漂う甘い匂いで惑わせて、近づいてきた動物や人間の言葉を使い、言葉巧みに洗脳する。そして死んだ者の生き血を根から吸い上げるのだ。強い個体だと肉まで食らうという、恐ろしい花である。ちなみに毒があるのは花びらではなく、茎の方。花びらはおびき出すための匂いの元でしかないらしい。


子供はそれを切り花として持っている。茎の部分を持っている可能性は高いだろう。

持っている間、常時発動し続けている毒にあの子供の身体は蝕まれている。最悪の場合、中毒を起こすだろう。非常によくない状況だ。連れ立っている親はそれを知らないのだろう。見た目だけは綺麗だから仕方ないかもしれないが、無知は罪だ。

サイモンは親子に声を掛けようとして、遠くから聞こえてくるガラガラとした音に動きを止める。

(今度はなんだ)

はやく子供から花を取り上げたいのに、そうさせてくれないことに苛立ちが募る。最悪、強風で花だけ吹っ飛ばすのもありかもしれない。コントロールが不安だが、そんなことも言ってられないだろう。


音が近づいてくる。

姿を現したのは、一台の馬車だった。

(馬車? こんな暗い中か?)

そんなに急ぐ用事でもあるのか、と疑問に思うサイモン。しかし、その疑問はすぐに解けた。

馬車に乗っていた小汚い男が降りてくる。品のなさそうな顔だ。短い服はサイズを間違えたのだろうか、前を開けて羽織っており非常に寒そうだ。アリアの上にマントを掛けてきたサイモンですら寒いのに、あれでは腹を下すだろう。履いているズボンも腰の位置までずり落ちているし、防御力は皆無と言っていいだろう。それと――この男は、明らかに村の住人ではない。


微量に残っている自分の魔力を操り、サイモンは再び風を起こす。そよそよと吹く風は、今度は彼等の話し声を上手く拾ってくれた。


『いやぁ、あんたのお陰でこっちは商売繁盛。お偉いさんも大満足よォ』

『そ、そうですか……それで、その……この子が今日の約束の……』

『ああん? 一人ぽっちじゃねえか。もっとたくさん連れてこいや』

『こ、困ります! ただでさえ子供たちがいなくなって、警備が厳しくなってるんですから……!』

『ったく、使えねェなァ』

「……」


(なるほどな)

こいつら、人攫いか。

親だと思っていた男はこの村の人で、馬車に乗っていた男は恐らく売人だろう。サイズの合わない服を着ている理由もわかった。ああいう輩はなぜか短い服を好むのだ。加えてなぜか腹を出している。急所を曝け出していることに意味があるのか、サイモンとしては甚だ疑問ではあるが、きっとそういう生き物なのだろう。いつだったか、これが〝おしゃれ〟というものだと言われたことがあったが、サイモンには理解が出来なかった。


とはいえ、急所を曝け出すハンデを負っているとはいえ、子供を誘拐しているのは見過ごせない。村の状況からして、恐らく子供だけではなく、女も誘拐しているのだろう。男性しかほとんどいなかった村は、恐らく絨毯や暖簾などの細かい細工による技術で成り立ってきたのだろう。それを残された男たちが代わりにやろうとしているのが、あの図だったということだ。

(アジトは吐かせよう)

捕らえてふん縛って。拷問しないで聞ければいいが、そこは村に持ち帰って族長に任せてもいい。とにかく、今目の前で連れ去られようとしている子供を助けるのが最善だ。


「〝アーネ・モス〟!」


ぶわりと再び舞い上がる風。男たちを中心とした風は、子供の抱えていた花を無事舞い上がらせると、どこかへと飛んでいく。花を手放した子供がその場に倒れ込み、村の男が慌てて手を伸ばす。意識のない子供を見下げている様は、何も知らなければ親子のままだっただろう。

(残念だ)

しかし、一度犯罪に手を染めた者を許せるほど、サイモンは聖人ではない。


「ッ、おい! なんだこの風は!」

「花が! オイ! 探せ! あの花がなきゃあ、商売出来ねえんだからよ!」


人攫いの男の焦った声が響く。その声に、馬車に乗っていた三人の男たちが慌てた様子で出てきた。これで敵の人数は把握できた。村人を合わせ、五人。子供を受け取りに来ただけにしては、多い人数だ。しかし、サイモンにとっては些細なことだった。

しゃがんだ体制のまま片足の膝を地面につけ、手を銃のような形で男たちに向ける。サイモンの足からばちりと電流が音を立てた。指先に展開された小さな魔法陣が、一段、二段、三段……合計八段分が積み重なる。


「〝スフェーラ閃光フォース〟」


バンバンバン。

男たちに向けて三発の発砲。電流を纏った弾がバチバチと音を立てて、男たちの方へ向かう。一人の男が振り返ったが、もう遅い。彼等の目の前で弾けた光の眩さに、男たちの悲鳴が響いた。


「何だこれ! オイ! どうなってやがる!」

「わ、わからねぇ! 何も見えねぇ!」

「うわあああ!」


無事パニックに陥った男たち。腰から取り出したナイフを振り回す彼等に、サイモンは続けて別の魔法を構築していく。仲間同士でやりあってくれるならまだしも、子供に当たるなんて言語道断だ。

魔法陣が黄色からオレンジに色を変えていく。サイモンは動く的に更に狙いを定めた。


「〝ヴィロッディ・スタ足止めしろン〟」


――発砲。

体に走る振動を耐え、サイモンは五発全てを発砲すると、少し遅れてから飛び出した。

電流を帯びた球が、男たちの背中や足、頭に直撃する。弾は着弾すると共に強い電流を男たちに浴びせた。歪な悲鳴が響き、周囲に焦げ臭い臭いが漂う。サイモンはそれらを全て無視して、男たちの背後に回った。

(死なない程度にっ)


「うガッ……!」


まずは一発。首に手刀を振り落とす。男はなすすべもなく白目を向き、倒れ込んだ。男の悲鳴に気付いたのか、他の二人が振り返る。息をする間もなく、手近な男の鳩尾にサイモンの手が減り込んだ。「ウ゛ッ!」とくぐもった声を上げた男に、もう一人がパニックになる。雑に振り回されるナイフをいなして、掴んだ腕を軸にサイモンがくるりと男の背後を取った。腕を捻り上げられ、痛みに声を上げる男の背中をサイモンの肘鉄が襲う。「ガッ、は……っ!」と吐き出すような声が響き、花を探しに行こうとした男たちは倒れ伏した。

次は、と視線を向ければ、怯えた顔でナイフを持っている男と目が合う。防御力皆無の腹出し男だ。何が起きているのかわかっていないのだろう。ガタガタとナイフを持つ手が震えている。


「だ、誰だ! 村の奴か!? それとも王都の騎士団が来たっていうのか!?」


男は叫ぶ。醜い姿に、サイモンはなんだか居た堪れなくなって、後頭部を掻いた。

(騎士団、ねぇ)

確かに、何か事件があった際は王都から騎士団が派遣されてくる。騎士団は王都を守る組織であると同時に、国の治安を守るための役割もしているのだ。王都から海を渡って遠い国まで来るには、通常ではとんでもない時間が掛かるが、それを可能にする術を騎士団は所持している。つまり、事件があった際に駆けつけて来るのを騎士団だと思うのは当然の反応だ。

――だが、甘かったな。


「騎士団はこんな些細な事じゃあ、動かないぞ」

「なッ、!」


サイモンが跳び上がり、一瞬で男の背後を取る。驚く声を最後に、男の意識はサイモンの手刀によって刈り取られた。


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