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第12話

「そういや、オッサンはどうして旅なんかしてるんだ?」

「え?」

「いや、何となく気になって」


少年と共に街に戻って来たサイモンは、街で売れ残ったままの食材を片っ端から買い漁っていた。痛んで廃棄にしてしまうよりマシだろうと思いつつ、小銭を置いていく。大体の相場は街に来た時に調べてある。

少年には案内の報酬として買った干し肉を渡しておいた。最初はパンがいいと言っていたものの、固くなったパンを見て少年も諦めたらしい。調理すれば食べられるとは思うが、残念ながらそのスキルは少年にはないらしい。サイモンは日持ちのするものだけ収納袋に突っ込むと、代金を置いて店を出た。

そんな時だった。少年が問いかけてきたのは。


「どうして、か……うーん、何となく?」

「は?」

「いや、改めて言われれば特に理由はなくてな」


サイモンの答えが気に入らないのだろう。少年は眉をぐっと寄せると、サイモンをじっとりとした目で見つめた。そんな目で見られても、と思うが、自分でも理由としては成り立っていないことはわかっているから強く出れない。

(どうしたもんか)

本当に、理由などないのだ。ただ王城にいて仕事を淡々とするよりも、気楽に旅をしていたいと思っただけで。


「つっまんねぇ」

「ひどいな!?」


少年はぼそっと呟くと、サイモンの二歩前を歩き始めた。自分で聞いといてそれかと思わないでもなかったが、子供というのは時に理不尽な生き物なのだ。サイモンはため息を吐きつつ、少年の後ろを歩いていく。人っ子一人すれ違うことのない道に、二人だけの足音が響いていく。

街はどこまで行っても閑散としていた。まるで人なんて初めからいなかったんじゃないかと思うほどだ。しかし、一本通りをずれれば、祈りを捧げる人々の姿がずらりと見える事だろう。どこまで広がっているのかはわからないが、大きな噴水がある中央広場が人で埋まっていたのを考えるに、かなりの距離を人で覆いつくされているのだろう。


――〝祝福〟がなくなったということは、どうやら人々にとってはかなりの大事件だったらしい。あの祈っている人々は少年曰く、皆〝祝福〟がなくなったことに怯え、助けてもらおうと必死に祈っているのだそう。まあ、怪我も病気も〝祝福〟の力を借りてきたのだから、当然と言えば当然なのだろうが。それが祈りによってどうこうなるとは、サイモンには到底思えなかった。

(一度、王都に戻ってスクルードと話す必要があるな)

何があったのか、どうしてそんなことをしたのか、聞く必要がある。テレパシーを送ろうとしたが、何かに阻まれているようで上手くいかない。

サイモンはチラリと祈る人々を見る。この人たちをこのままにしておくことは出来ない。今のところ水を飲んだり軽食を取ったりはしているらしいが、いづれこのままでは街自体が立ち行かなくなるだろう。

険しい顔をするサイモンの隣で、少年が足を止める。


「あそこが港だよ」


少年の声に顔を上げれば、確かにそこは港だった。何隻もの船が停泊しており、海の男たちが大きなガタイで歩いている。船の大きさもまばらで、そのほとんどが漁船用らしい。ほとんどが帆を張って動かすもののようで、支柱の上の方に帆が綺麗に畳まれている。

サイモンの身長を大きく超える船の側面を見つつ、歩いていく。少年曰く、彼に伝手があるらしい。何でも、新聞を毎日のように買ってくれるのだとか。漁に出ている間も、溜めて置けばまとめて買い取ってくれると、少年は嬉しそうに言っていた。

少年に続いてあるいていれば、ふと大きな真っ赤な船が目に留まる。一瞬海賊でも来ているのかと思ったが、どうやら違うらしい。甲板では太い腕をした海の男たちが必死に荷物を下ろしている。

(でかいな)

男ではない。船がだ。


「おっちゃーん!」

「おお! ひっさしぶりだなぁ、シー坊! 元気にしてたかぁ?」


ずんずんとやってくる大男に、サイモンは船から男へと視線を向けた。

日焼けをした男は、こちらにくると太い手を上げると少年の頭をガシガシと頭を撫で始めた。


「ちょっ、やーめーろーよー!」

「がはははは!」


(豪快だな)

そう聞くことのない笑い声に、サイモンは少し引いてしまう。力強いオーラは、昔のゆうじんの一人を思い出す。あいつも馬鹿力でよくいろいろなものを壊していた。旅に出てからは関わることも会うこともなかったが、まさかこんなところで思い出すとは思わなかった。

男は額に赤いバンダナを撒いており、百七十以上あるサイモンよりも更に高い位置から少年を見下ろしていた。横幅はサイモンの一.五倍はあるだろうか。正直力勝負では勝てる気がしない。丸太のような太い腕は毛深く、鼻の下にも無遠慮に髭が蓄えられており、全体的に毛深い人間なのだとわかる。日焼けした肌は黒く、所々赤くなっているのが痛そうだ。


「シー坊がここに来るなんて珍しいじゃねーか。新聞痛んじまうぞ?」

「あー……それは別にいいんだよ。そんなことより、おっちゃんにお客さんだぜ!」

「客ゥ?」

「ど、どうも」


少年の言葉に、サイモンは慌てて頭を下げた。笑顔がぎこちなくなってしまったが、突然振られたんだから仕方ない。シー坊こと、少年はにこにことサイモンの足を叩いていた。

頭を下げるサイモンに、海男の鋭い視線が突き刺さる。品定めでもされているのだろう。それはいいが、あまりじろじろと見ないで欲しい。海男は一歩サイモンへ近づくと、大きな手を差し出した。


「おう、兄ちゃん。アンタ、旅の人間かい?」

「あ、ああ」

「そうか! 俺ァ、この船の船長やってんだ。よろしく頼むぜ、兄ちゃん!」

「よ、よろしく」


差し出される手に恐る恐る手を重ねれば、力強く握り込まれた。向けられる笑顔の圧が強い。

引き攣る頬でサイモンが笑みを浮かべていれば、少年がサイモンの事を軽く紹介してくれた。オッサンとおっちゃんが出て来る紹介文は、聞いているだけで頭と心が痛くなってくる。

海男――船長は、サイモンと少年を交互に見ながら話を聞いているようだった。少年が「オッサンを乗せてってやってくんね? 金はあると思うぜ!」と締めくくったのを最後に、船長の視線がサイモンに向けられる。ひどい紹介もあったもんだと思っていれば、船長がその太い首を傾げた。


「なるほどなぁ。ところで兄ちゃんはどこまで行きてぇんだ?」

「あ、ああ。出来れば王都まで。無理なら中間地点までで構わない」

「王都だと!?」

「? 何か問題でもあるのか?」


目を見開く船長に、サイモンは首を傾げる。船長は「ああ、いや」首を振った。


「王都っていやァ、今大変なことになってるって聞いたが、本当に行くっていうのかい?」

「ああ。寧ろそれを確認しに行くのが目的なんだ」

「そりゃあいい!」


ガハハハ、と豪快に笑う船長が、サイモンの肩を強く叩く。何が割のツボなのか、全くわからない。それよりも叩かれる振動で頭が揺れ、ぐわんぐわんと目が回りそうだった。船長はそんなサイモンを他所に、部下に海図を持ってくるようにと叫んだ。

流石に道端では味気ないと、船長が場所を変えると歩き出した。サイモンとしては、別に道端でもよかったのだが店長は腰を落ち着けたかったらしい。船長に案内された先は、港からそう遠くはない位置にあった酒場だった。店主はいないのではないかと疑問を口にするサイモンに、船長はしたり顔をする。どうやら既に街の様子は耳に入っているらしい。

船長が暖簾をくぐり、「マスター!」と野太い声を張り上げれば、奥から一人の男がのっそりと出てきた。


「うるさいぞ。今何時だと思ってるんだ」

「相変わらず昼夜逆転の生活をしてるみてぇじゃねーか。マスター」

「ん? ああ、お前か。後ろのは……客か? ったく、この店は夜からだって毎回言ってんだろ」


男の言葉に、サイモンは苦く笑うしかできなかった。

無精ひげを生やした男は豪快に笑う船長とは違い、すらりと細い。幸薄そうな雰囲気を持っている男は、気だるげにエプロンをすると、肩までの長いドレッドヘアを手首に付けていた髪ゴムで括った。そして流れるように煙草に火を付けると、やっとサイモンたちに向き合う。


「んで、何しにきたんだ? 冷やかしなら追い出すぞ髭」

「店の席を一席借りてぇんだ。あとであいつらも来るから、飯も酒もたらふく頼む」

「お前な……こっちの事情はお構いなしか」

「いつもワリィな! 助かるぜ!」

「……はあ」


細身の男は深々と溜息を吐くと「勝手にしろ」とだけ言って奥へと引っ込んでしまった。二人は旧知の中らしいが、あまりにも遠慮のないやり取りに少し細身の男が可哀想に思えてしまう。幸薄そうな雰囲気はこうして培われたのかもしれない。

船長が適当に腰を下ろしたのを見て、サイモンも船長の向かいの席に腰かける。店内は古く、歩くたびにぎしぎしと床が軋む。潮風が当たることが多いからか、痛むのが早いのだろう。日焼けした木材もあちらこちらに見える。

テーブル席には六つの椅子が用意されており、その他にはカウンター席が八つ程度。そこそこ人が入る店なのがわかる。カウンターの更に奥の棚には酒も多く並んでおり、まさにザ・居酒屋と言った風貌だった。

船長は大声で酒を注文すると、先ほど部下に持って来させた海図を広げた。サイモンも海図を覗き込む。船長がトンと地図を指した。


「早速だが、お前さんの目的地は王都だと言っていたな?」

「ああ」

「この地図はこの辺りの地図だ。ここが今俺たちのいる、シマリス港。こっちがシマリスの街だ。そして、王都はこっちだ」


船長はそう言うともう一枚の地図を取り出した。先ほどの海図よりも大きな地図は、世界地図だった。


「王都はここ。今俺たちがいるのはこの辺りだ」

「えっ」


船長の言葉に、サイモンはぎょっとする。サイモンが慌てて地図を覗き込むと、船長の指した指先にはシマリスの街がかなり小さく記載されていた。等間隔で引かれた線は、距離を示しているようで、他にもサイモンが聞き覚えのある街や関所の名前が書かれていた。

五百年前とは全く違う。詳しく書かれた地図に、サイモンは感動のようなものを覚えていた。


「すごい……詳しく書かれているな!」

「見るのはそこじゃねーだろ」


呆れた船長の声がサイモンの頭に落ちる。軽く頭を押し退けられ、サイモンはハッとした。危なかった。地図の精巧さに見とれてしまうところだった。

サイモンはふるりと頭を振って、地図を見つめる。

〝スクルード国〟は地図上の地域を全てひっくるめた名称であるが、それも東西南北とエリアが変われている。その四か所の中心部にあるのが王都で、今サイモンのいるのが西のかなり端っこの方であることがわかる。


「……これって」

「つまり、ここは王都のほぼ真反対に位置する場所だってことだ。いるんだよ、自分がどこにいるかわからなくなっちまう奴が。兄ちゃんみたいに地図も持たず旅している奴は特になァ」


船長の言葉がサイモンの心に強く突き刺さる。確かに、彼の言う通りサイモンは地図を見ていなかったし、自分がどこにいるかなんて考えてもいなかった。帰ろうと思った時にビュンっと帰ればいいやと思っていたのが、まさかこんなところで仇になるとは。サイモンは口から魂が出そうになりながらも、必死に地図と対面する。これは……乗り継いでどうにかなるとか、そういうレベルではないではないだろうか。


「少なくとも、十か所近い場所を経由しないと難しいだろうな」

「な……」


サクッと行ってサクッと帰ってくればいいだろうと思っていたのに。

サイモンは崩れ落ちた。運ばれて来た果実水を飲みながら心配そうにこちらを見る少年に、大丈夫だと力なく応えながら、サイモンは考える。

(少なくとも十か所……)

地上を移動するというのがどれだけ不便だったのか、数百年ぶりに身に染みているような気がする。いや、そんなことよりどうやって移動するかを考えなくては。サイモンは地図から顔を上げ、船長を見た。いつの間にか来た肉を頬張っているが、話は聞いてくれそうだ。


「ちなみに、もし俺を乗せて行ってくれる場合、どこまで行ってくれるんだ?」

「あー、そうだなぁ」


船長は肉を咀嚼しながら地図を覗き込む。数秒間の思考の後、船長の太い指が地図上を指した。


「ここまでだな。これ以上は行けねぇ」

「……思ったより近いな」

「文句言うな。今回は荷を取りに行くだけなんだからよ」


あと三か月待つってんならもうちっと遠出してやってもいいが、という船長に、サイモンは少し考えて首を横に振った。三か月あるなら、そこそこの距離を進むことが出来るだろう。ここで手をこまねいているよりよっぽどいい。

ふと少年を見れば、地図をじっと見つめていた。少年の小さな頭に合わない、大きな帽子を上から撫でた。


「君はどうする?」

「えっ」

「こんな状況じゃあ、この街もいつ起動するかわからないぞ」


サイモンはそう告げる。言外に、一緒に来るかと尋ねていた。

いつもならそんなことは言わないが、街がこの状況ではこの少年もいつ飢え死にしてしまうかわからない。最悪、街がなくなることだって考えた方がいいだろう。

しかし、サイモンの言葉に、少年は首を横に振った。


「いや。オレは残るよ」

「そうか?」

「うん。オレ、この街が好きだからさ」


そう言って笑う少年に、サイモンは何も言うことが出来なかった。

船は明後日出航するらしい。荷物を取りに行くだけだから準備は少ないが、船員の休息も必要だとのこと。いい航海はいい環境から。それが船長の言葉だった。


「んじゃ、今夜はぱあっと飲み明かすぞォオオーー!!」

「「「オォオオオオォ!!!」」」


ただ飲みたいだけなのでは、と思ったことは口にはしないでおこうと苦笑いを浮かべれば、肩を組まれたサイモンは早々に宴に巻き込まれた。

浴びるように飲み、「細っこいなぁ!」と言われながら無理矢理食わされたサイモンは、翌日無事胸やけと胃もたれを起こして動けないでいた。旅に出る前はしょっちゅうだったのに、衰えたものだと思いながら、サイモンは内臓の不快感に顔を顰めていた。


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