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第10話

「なあ、君」

「あ? なんだよ、オッサン」

「おっ……ンン゛ッ。あー、この新聞って君の売り物か?」

「そうだけど。なんだよ、買うのか?」

「ああ。一部くれ」


サイモンは懐から金を差し出す。少年は少し驚いた顔をすると、逃さないとばかりに早々に金を受け取った。がめつい人間は嫌いじゃない。代わりに肩にかけていた鞄から新聞を一部取り出す。

ぶっきらぼうに差し出された新聞を受け取り、サイモンは礼をいうと手元の新聞を見た。

(ん?)

新聞の日付が三日前になっている。再び不貞腐れたように頬杖をついて座る少年の背中を見て、サイモンは声をかけた。


「なあ、最新のものはないのか?」

「そんなこと言われても、今はそれしかねーよ」

「どうして?」

「新聞が発行されてねーんだ。ま、こんな状況じゃあ仕方ねーんだけど」


ぶっきらぼうにそう告げる少年は、はーあ、とあからさまなため息を吐いた。まるで話しかけてくれと言っているかのような態度だ。サイモンは苦笑いを浮かべながら、問いかける。


「仕方ないってどいう事だ?」

「何だよオッサン。知らねーの?」

「おっさんじゃない。お兄さんと呼んでくれ。それかサイモンと名前で」

「オッサンはオッサンだろ」

「容赦ないな、君」


どうやら少年は思った以上に太々しい性格をしているらしい。


話を聞くのをやめようかと一瞬思ったが、少年はこの事態の詳細を知っているようだ。

少年の呼び方には気に食わないが、こういうのは怒ったところしょうもないことだというのは経験でわかっている。特にビーバーの町での孤児院ではよく合ったことだ。

そうだ。呼び方如き、特に気にすることじゃあない。

サイモンは少年の近くにあった段差に腰を掛ける。手すりに背中を預ければ、少年が訝しそうな目を向けてきた。少年のサイズの合っていないベレー帽が少しだけずり落ちた。


「……なんだよ」

「そんなに警戒しないでくれ。それより、今の状況を知っている範囲でいいから教えてくれないか? ああ、もちろん情報料として金は払うぞ。欲しい物でもいい。あんまり高いのは買ってやれないが、大抵のものは買ってやるぞ。服とか、飯とか」


ぐぅうう。


「「……」」


サイモンの言葉が言い終わる前に、その音は盛大な音量で周囲に鳴り響いた。もちろん、サイモンのものではない。ちらりと少年を盗み見れば、真っ赤な顔をして俯いている。がばっと腹を抑えた少年に、そんなに恥ずかしがることはないのにと心の中で呟く。街のお店は軒並み閉まっているし、この様子じゃあその日の食い扶持を稼ぐだけで精一杯なはず。仕方ない。

キッと少年の視線がサイモンを睨みつける。顔は真っ赤で可愛らしいが、流石にこの状況ではからかおうという気にはならなかった。


「っ、し、仕方ないだろ! こんな状況じゃあ新聞も売れねーし、パン屋のおばちゃんも祈りから帰って来ねーんだから!」

「俺はまだ何も言ってないんだが」

「うっせー!」


歯をむき出しにして叫ぶ少年に、サイモンはどうどうと両手を胸前で翳した。

(それにしても、飯がないのはつらいな)

十分な情報が得られるかはわからないが、このまま腹を空かせた少年を放置するのも気が引ける。サイモンは少し考えるとよいしょと立ち上がった。驚く少年に「一緒に来るか?」と告げれば、少年は少し迷って立ち上がった。飯をくれると本能的に理解したのだろう。どうやら根は素直で、いい子らしい。


「……マズかったら蹴り飛ばすからな」

「それは怖いな。善処するとしよう」


くすくすと笑い、サイモンは歩き出す。

そのまま町を突っ切ったサイモンは、街の外に出ると臆することなく森へと足を踏み入れた。


「うっめー!」

「それは良かったな」


サイモンは鍋をかき混ぜながら、応える。

あれから街を出たサイモンは、颯爽と弱いモンスターを腰に差した剣で数匹倒すと、開けた場所で躊躇いなく捌いた。グロい光景に少年はびくびくしていたが、慣れていかなければ冒険など出来はしない。

サイモンはどこからともなく出した調理器具で料理を始めた。魔法で出したと思われないよう、ちょっとした細工をしながら水や火を出し、食事を作っていく。次第にいい匂いが充満したのを感じて、少年も恐る恐る寄って来た。まるで野生の小動物みたいだ。警戒心は動物よりも薄いが。

魔物除けの香を焚いてもらうよう少年に頼み、最後の調整をしたら完成だ。


出来上がった具沢山のスープを少年に振る舞えば、彼は恐る恐る口にする。幸せそうに頬張る姿を見て、事前に調味料を調達しておいてよかったと思った。

少年はおかわりを催促しながら、ウキウキとした顔でサイモンを見上げる。


「オッサン、料理できたんだな!」

「おっ……こほん。まあ、数百年も旅してれば簡単な料理くらい覚えるさ。買い食いばっかりじゃあいくら金があっても持たないだろ?」

「ふーん。そういうもんか」

「そういうもんだよ」


少年に二杯目のスープを差し出し、サイモンも自分の分を食し始める。

(そういえば、誰かと一緒に食事をするのは随分久しぶりだな)

何年振りだろうか。いつも一人で食べているから何だか新鮮な気分だ。もちろん、食堂で数回相席をしたこともあったが、あれは一緒に食事をしたとカウントしてもいいのだろうか迷う。

うーんと悩むサイモンの耳に「おかわり!」と少年の声が響く。三杯目だ。疑ってた割にしっかり食うじゃないか。スープをよそい、少年に渡す。既に鍋の中は空になりそうだった。ガツガツと掻き込む姿は、やはりまだまだ子供で、微笑ましい。

それからサイモンの分までしっかりと食べた少年は、カランと食器を地面に置くと大きくなった腹を擦った。そのままごろんと仰向けに寝転がる。遠慮の欠片もない。大の字だった。


「はー。食った食ったー! ありがとな、オッサン!」

「どういたしまして」


向けられる満面の笑みに、サイモンは応える。もう呼び方を変えるのは諦めた。


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