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第9話

自身のマントをひったくると、サイモンは部屋を飛び出た。まずはこの状況を誰かに説明してもらわなくては。

サイモンは階段を駆け下り、エントランスへと向かったが、そこには宿屋の店主も受付の女性もいなかった。どこに行ったのかと目を凝らせば、店先の前で同じように祈りを捧げている姿を見つけた。うそだろ。

こうなったら宿の外へ、と扉に近づき、サイモンの足が止まる。扉の窓から見えた人の近さに驚いたのだ。恐らく、宿のすぐそこまで人がひしめいているのだろう。すし詰めになった大通りは残念ながら通れる気がしない。詰みだ。


「くそっ」


サイモンは悪態を吐き捨てると、エントランス内へと戻って行く。窓から外を見れば、ぞっとするほどの現象に冷や汗が流れた。それと同時に、この人達が何をそんなに必死に祈っているのだろうかと、疑問が過る。

(魔物でも襲撃しにくるのか?)

否、この規模の街が危機にさらされるほど力の強い魔物は、今はいないはずだ。どれもスクルード王と共に封印してきた。封印が解けたという話も聞いたことはないし、解けるのは後三百年は先の話だろう。

サイモンは周囲を見回し、情報源になりそうなものを片っ端から手に取った。この状況を説明してくれるものが無いかと淡い期待を抱いての行動だったが、新聞の日付を見て、それは淡い期待だったと打ち砕かれた。昨日の日付が記載された新聞を投げ捨てる。


「人がいなくなるまで待つしかない、か」


出られるようになったら誰でもいいからとっ捕まえて、事情を聞かなければ。

金は持っているし、食料を分けてもいい。旅人にとって、情報は金よりも大事なのだ。

サイモンはエントランスにある椅子に乱雑に腰を下ろす。決意をしたとて、この状況では何もすることがない。手持ち無沙汰にテーブルに置いてあった〝らじお〟というものに手を出してみたが、弄っている最中に煙を出して壊れてしまった。情報を聞けるルーツだと聞いていたが、どうやら自分には合わなかったらしい。

目の前では未だに祈りを捧げている人たちを見つめ、サイモンはため息を吐いた。風を使って言葉を聞こうにも、調子が悪いのか大勢の声が耳に入って来て何を言っているのか判断が付かない。

仕方なく暇つぶしの本を取りに自室に戻り、エントランスに再び腰を落ち着ける。おもむろにコーヒーと食事を少々拝借し、本を読み始めた。もう何度も読んでいるものだが、茫然として過ごすよりは有意義だろう。


昼を超え、夕食を摂り、風呂に入り――サイモンはダンッとエントランスの机を叩いた。


「冗談だろ!?」


深夜の静かなエントランスに響いた声は、誰にも届くことなく虚しく響いた。読み終わってしまった本が、ごとりと机から零れ落ちる。

サイモンは何もすることなく、エントランスで優雅な一日を過ごしてしまったのだった。


翌日も人々の波は変わらない。人はひしめき、相も変わらず祈りを捧げている。

着替えた人でもいるのか、所々服装が違う人間が見受けられるが、そんな間違い探しのような要素が加わったところで楽しくもなんともない。


「今日こそは外に出るぞ……!」


サイモンが自分の部屋で意気込む。昨日は結局外に一歩も出られなかったから、今日は強引にでも外に出てみようと思う。サイモンは深呼吸をしつつ、エントランスへと向かう。

扉の前でマントの襟元を締め、顔を上げる。――よし。

ギィ、と古びた扉を開き、心地いい潮風がサイモンの髪を揺らす。日の光がサイモンの頭上から降り注ぐ。やはり外はいい。


「ちょっと失礼!」


サイモンは早々に足を踏み出し、人込みに身を投じた。動じない人々の合間を縫って、強引に突き進んでいた時だった。――鐘の音が、響く。

途端、人々が動き出した。


「神よ! 今度は我らに祈りを捧げさせてください!」

「私たちを見放さないで!」

「神様!」

「なっ!?」


(体が、流されていく!)

サイモンの思考も他所に、人々は我先にと進みだした。右へ進んだかと思えば、左へと押し流される。まるで人で捏ねられているかのような感覚に、人込みに慣れていないサイモンはぐるぐると目を回していた。

――本当にどういうことだ。一体何が起きているのか。


解放されたサイモンがぷは、と息を吹き返す。見上げた視界で見たのは、出たはずの宿の扉だった。見事振り出しに戻ったのである。


そして三日目。サイモンは自分の部屋の窓を見つめていた。

今日も今日とて地上ではたくさんの人々が祈りを捧げている。三日目になれば多少は落ち着くかと思ったが、そうでもなかったらしい。さっさとここを出て、情報を得なければという焦燥がサイモンを掻き立てていた。

(本当はこの方法は使いたくなかったが、致し方あるまい)

魔法を使える人間はごく少数。つまり、見られてしまえばパニックになることは目に見えている。そうでなくとも魔法が使えるというだけで追いかけられたり、見世物小屋に売られたりと散々なのだから。

サイモンは三百年前に捕まった時の事を思い出しながら、足元へ魔法陣を展開させる。いつもより少し小さい魔法陣に首を傾げたが、きっと調子でも悪いのだろう。それでも足場にするには十分だった。


「〝ペルパーナ・ストーム・アーラ(空中歩行)〟」


魔法陣が光り輝く。サイモンが足を出せば、その着地点に新たな魔法陣が展開された。タンタンと窓から空中を渡り歩き、サイモンは無事宿から出ることが出来た。本当はこのまま街の上空を歩きたかったが、誰かに見つかると面倒だ。仕方なく大通りを超えた屋根の上に降り立つと、下に誰もいないことを確認して飛び降りた。ここ数日、日課の訓練が出来ていなかったが、体がなまっていなくてよかった。

再度誰も見ていないことを確認したサイモンは漸く普通に歩ける喜びに、腕を広げた。


「くぅーっ! なんて歩きやすいんだッ! やっぱ道はこうでなきゃなあ!」


人のいない道で一人叫ぶ。誰も聞いていないんだ。それくらい許してくれ。

ぐっと伸びをして、大きく息を吐く。詰まっていた息がすっきりしたような気分だった。まさか二日も閉じ込められることになるとは。危うく補充したばかりの旅の食料にまで手を出す勢いだった。宿の厨房から食料をもらっていたものの、その分の金は置いてきている。問題はないはずだ。


「それにしても、よく飽きないな」


大通りで祈りを捧げていた人たちを思い出す。町の人々は食事や睡眠を摂る以外は、仕事も家事もほっぽり出してずっと祈り続けているらしい。あのままじゃ倒れる人間が出て来てもおかしくはないだろう。さっきだって虚ろな子供に、母親が水を飲ませているのを見かけた。

何が皆をああさせているのか。サイモンはそれを知るために町を歩き出した。

(情報を売ってくれそうなところと言えば、新聞社か? それに街役場とギルドがあるな)

サイモンは情報を受け取れそうなところを思い浮かべながら、歩いていく。本当ならば市場にいる商人たちや、酒場の酔っ払いから話を聞きたいところだが、人込みの中に商人たちがいたのを見るに、期待はできないだろう。となれば、大きな機関に頼るのが一般的だが……この状況だとどうだろうな。


ガサリ。


「……ん?」


不意に足元の違和感にサイモンが立ち止まる。足元を見れば、白黒の新聞が足に引っ掛かっていた。道端に落ちていたのをたまたま引っ掻けてしまったのだろう。ゴミくらいちゃんと捨てろよな、と思いながらサイモンが新聞を拾い上げれば、内容は見たことのあるものだった。

(宿のものと同じか)

新しい情報源かと思ったが、残念だ。

サイモンは新聞を簡単に畳むと、再び歩き出そうと顔を上げる。ふと、何となく視線を横に向ければ蹲っている少年の姿に、サイモンは口から心臓が飛び出しかけた。

(びっ……!)

くり、した。

なんでこんなところに座っているんだ、こいつは。てっきり街の人間、全員祈りに向かっているものだと思っていたから、心底驚いた。

少年はベレー帽をかぶっており、小さな体を更に小さく丸めている。新聞を抱えた彼は、不貞腐れたように口を尖らせていた。恐らく、新聞売りだろう。珍しいものでもない。手持ち無沙汰に地面に枝を滑らせているのを見るに、街の人間とは違い祈ることに興味はないらしい。

(もしかしたら、何か知っているかもしれないな)

この状況を説明してくれる人間がいれば、別に誰でもいい。サイモンは手っ取り早く終わる可能性に掛け、少年に声をかけることにした。

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