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第7話

(呼吸も脈も、問題ないな)

治癒魔法を掛けたサイモンは、二人の脈に異常がないことを確かめると、ほっと息を吐いた。

気を失っているウィルを見る。……いろいろと言ってしまったが、あんなにボロボロになってまで妹を守ろうとする姿は、正直賞賛に値すると思う。自分が同じことをされていたら、怒りに任せて魔法で辺り一面を吹き飛ばしてしまっていたかもしれない。


「すごいぞ、ウィル」


人の為に頭を下げる彼の強い姿を、サイモンはきっと忘れないだろう。


「それにしても、派手にやってくれたな」


サイモンは立ち上がり、黒焦げになった者たちに目を向ける。全員、辛うじて息はあるように調節はしたが、実際どうなっているかは知る気もないし、知ろうとも思わない。

一番近くにいた者のローブを引っぺがす。若い女だった。黒く焼けたローブを両手で広げる。耐熱魔法でもかけられているのか、元々そういった素材で作っているのか。手にしたローブは、思った以上にしっかりとした形を保っていた。材料を知りたいという好奇心を抱きつつ、サイモンは背中部分を見る。

(見たことのない紋様だな)

のたうち回るヘビのような、頭の無いタコの触手に目玉だけが付いているかのような模様は、見ているだけでどこか不安感を煽ってくる。サイモンは何となく気分が悪くなり、無詠唱魔法でそのまま手の内で燃やした。記憶はしたから、問題はないだろう。

念のため自分のマントを女の上に落とす。そろそろ新しいのに変えたいと思っていたから、丁度いい。

浮遊魔法を使い、アリアとウィルを浮かせる。見つけた時の二人の状態を思い出し、サイモンは眉間にしわを寄せた。

(俺がもっと早く着いていれば)

きっと彼等はこんなに痛い想いをしなくてよかっただろう。それもこれも、あの焦げた影達のせいだ。

本当ならばもう少し痛めつけてやりたかったが、男の『四肢を対価にもらう』という話を聞いて、つい加減をミスってしまった。それに、じわじわと追い詰めたところで、時間の無駄であることはわかっている。そんなことに時間を使うより、さっさと二人の看病に時間を費やした方が有効だろう。


「二人とも、お疲れ様」


サイモンはそう呟いて、二人を慎重に孤児院まで運んでいく。二人の小さな英雄に、あとでご褒美をあげなければ。

(肉がいいか? それとも魚か?)

アリアは果物も好きだったが、ウィルは何が好きなんだろうな。

うんうんと唸りながらサイモンは森を歩く。二人の怪我は、サイモンの治癒魔法によってすっかり治っている。急ぐ理由はないと、孤児院まで十五分もかからないだろう道のりを、サイモンは穏やかな二人の寝顔を見ながらゆっくりと歩いていた。



「本当に、ありがとうございました……!」

「そんな。顔を上げてください、シスター」


深々と頭を下げるシスターに、サイモンは笑って首を振る。

孤児院に帰って来たサイモンたちを出迎えたのは、はらはらとしているシスターと教会の人間が数人。アラシから話を聞き、心配になった彼女が教会の人間と一緒に戻って来たところだったらしい。子供たちは教会で全員の無事が確認されているそうだ。

(よかったな、二人とも)

弟と妹たちはちゃんと守れたぞ、とサイモンは二人を見る。彼等は簡易的に作った治療室のベッドで横になっていた。安らかに寝息を立てる二人にシスターは、安堵に泣き崩れたくらいだ。今は涙を拭いて、二人を優し気に見守っている。傍を離れないところを見るに、目を覚ますまでは不安でたまらないらしい。


「アリアもウィルも、勇敢にみんなを守ってくれたのですね」

「ええ。素晴らしい二人です」

「ふふ。ええ。二人は私の自慢の子供たちなのですよ」


サイモンの声に、シスターは上機嫌に笑った。声は未だ震えているが、その表情は心底嬉しそうだった。

浮かんだ涙を拭うシスターは、サイモンを見上げると少しだけ声を潜めて話し出した。


「……教会の者たちから聞きました。恐らく今日来たのは、新興宗教の人たちではないか、と」

「新興宗教?」

「ええ。サイモンさんも聞いたことはありませんか? ――邪神を信仰する、新興宗教の事を」


シスターの言葉に、サイモンは目を見開く。

確かに聞き覚えがあった。シスターはサイモンの反応を見ると、話を続ける。


「彼等は百年前から徐々に信者を増やしているようです。今ではスクルード王に注ぐ信仰対象となっているそうで。……まあ、この世界の九割がスクルード王を信仰しておりますので、本当に徐々に、なのですが」

「ああ。でも、全員が信仰しているわけじゃないだろ?」

「ええ。そういう無信仰の人たちを、彼等は取り込んでいるそうです」


サイモンは彼女の言葉に眉を寄せる。

(無信仰者を標的にしているのか)

もしそれが本当ならとても面倒なことが起きようとしている。頭が二つある龍は、どちらかを引き千切らなければ生きていけない。国もそうだ。


「新興宗教が、なぜこんな小さな孤児院を?」

「わかりません。なんせ彼らの本当の姿も、名も、規模も。私たちは何一つ、知られていないのです」

「そう、なんですか」

「はい。お力になれず、申し訳ございません」


そう力なく言ったシスターは、困ったようにサイモンを見る。表情を見るに、どうやら嘘は吐いていないようだ。

教会伝手なら何かわかるかもしれない、と高を括っていたが、どうやら外れてしまったらしい。サイモンは大きくため息を吐くと、腰に手を当てる。手掛かりなしではこちらからはどうしようもない。泣き崩れたシスターを見た後では、あの男の『神に選ばれた』という発言を伝える気にもならない。

(とりあえず、奴らが来たらわかるように結界を張っておくか)

サイモンはそう決めると、簡易治療室を後にした。こんなことしかできないが、少しでも力になればいい。

結界を張ったサイモンは、丁度教会から帰って来た子供たちを孤児院で出迎えることになった。「泊って行かないの!?」と子供たちに縋り付かれながら、宿へと帰る道を歩く。飛び出してくる前、宿屋の人に大変な迷惑をかけたのでその謝罪をしなければいけない。大人はいろいろと面倒なんだぞ、と純粋な子供たちを思い浮かべながら、サイモンは苦笑いを零した。

(神、か)

サイモンは新興宗教らしき男の言葉を思い出す。アリアやウィルたちを〝選んだ〟神。シスターは邪神だと言っていたが、その神の正体を知っている様子ではなかった。そもそも、その神が本当に邪神かどうかもわからないだろう。カオス神だってあんなに崇められていたのに、今では邪神扱いだ。あの日からスクルード王以外の信仰対象は総じて〝邪神〟と呼ばれるようになってしまったのだから、仕方ないが。


「わからないもんだな……」


サイモンは気だるげにそう呟くと、ぐっと伸びをする。考えてもわからないものは仕方がない。元々頭のいい人間ではないのだ。許して欲しい。

自身でそう納得させると、サイモンはふと目についたパン屋に足を止めた。閉店間際のようで、セールをやっていると店員が叫んでいる。サイモンはパン屋に駆け込むと、残っているパンを全て購入した。自分の分と、宿の人たちへの謝罪の分だ。


「毎度あり!」


パン屋の気の良いおばちゃんに見送られながら、サービスとしてもらったパンを齧る。冷えても美味いと謡っていたが、確かに美味い。これなら謝罪の品としても申し分ないだろう。

宿に戻ったサイモンがパンを差し出しながら謝罪をすれば、「二度目はないですからね」との言葉と共にお咎めなしとなった。


(よかったあ……)

サイモンは心の底から安堵する。

――もう少し。せめてアリアに剣の型を教え終わるまでは、この宿に泊まらせてもらいたかったのだ。今から宿を探すってなると大変であることも一つの理由だが、この宿は飯も美味いし、シーツも毎度洗濯してくれるから有難い。騒音もないから居心地がいいのだ。そんなところを追い出されるなんて、旅をする人間としては最悪である。


「アイツらにはちゃんと言っておかないとな」


駆け込んできた子供たちを思い出しながら、サイモンは小さく呟く。次乗り込んでくることがあるなら、出来ればもう少し大人しく乗り込んできてくれと言っておかなければ。またこの町に来た時にも泊めてもらえるよう、最後までいい印象であり続けたいと思っているサイモンは、普通に聞けば首を傾げそうな言葉を真面目に考えていた。

サイモンはベッドにダイブすると、両手を広げた。

久しぶりに使った特大魔法は、思ったより体に堪えたらしい。もう六百年以上も生きている体なのだから、仕方がないだろう。ゆっくりと沈んでいく意識に、サイモンは目を閉じる。風呂に入りたいとも思ったが、そんな気力はサモンにはもうなかった。

――ああ、今日は疲れた。


それから数日後後

アリアの回復を見届けたのを見たサイモンは、アリアのお願いを聞き、滞在期間を伸ばすことにした。アリアは傷は治っているものの、足に負った怪我の違和感は少々残っていたようで、彼女は違和感を払拭するために日々頑張っていた。

アリアが型を全て覚えるのに一か月。立ち回りにも無駄がなくなったのを見届けるまで、三か月。サイモンはようやくこの町を出ることにした。

(ざっくり一年か)

最初、旅に出ることを話したらアリアにはひどく騒がれたが、サイモンはもうそろそろ外の風を浴びたくて仕方がなかった。アリアを連れていくかとも思ったが、流石に年端も行かない少女を連れまわすのはよろしくない。世間の体裁的にも、彼女自身にも。

サイモンは困ったようにアリアを見つめながら、最後にと彼女に合う短剣を買いに行った。短剣を握りしめたアリアは、何とも言えない顔をしていたが、サイモンが旅に出ることには何も言わなくなった。


サイモンは大きく息を吸い込んだ。木々の匂いに混じって、潮の香りがサイモンの肺を満たす。ここまで長居をしたのは、初めてかもしれない。それくらい、この町は居心地がよかった。


「本当に、行ってしまうのね」

「はい。お世話になりました。シスター」

「いいえ。お世話になったのはこっちの方よ。いつもありがとうねえ」


彼女はそう告げると、浮かぶ涙を指先で拭う。その優しい表情はこの半年間変わらない。なんだかんだと涙もろい所も。


「サイモンさん」

「おお、ウィル」


ぺこりと頭を下げるウィルに「そんなに気を使わなくていいから」と告げたものの、それは彼自身によって拒否されてしまった。

彼はあれからサイモンに向ける目を変えたらしく、棘のあった話し方は丸くなり、時々剣の教えを乞いにやって来た。

ウィルは魔法よりも剣の方に才能があるらしく、めきめきと腕を上げるウィルに、アリアが嫉妬の目を向けていたのを見た時は、流石兄妹だと思った。ウィルも魔法を使えるアリアを心底羨ましがっているのを、サイモンは知っている。


「これ、干し肉です。良かったら食べてください」

「ああ、ありがとう」

「それと、道中、お気をつけて」


そう言うウィルは、もう反抗期真っ只中の子供の顔ではない。真っすぐとサイモンを見る目は、意志の宿った青年の目だった。

(成長したなぁ)

ほろりと涙を流したくなるような感覚に、サイモンはつい視線を斜め上に上げた。感慨深い現実に浸ろうと思ったその時、ふと視線を感じて視線を下げる。じっと見つめて来ていたのは、アリアだった。


「アリア? どうした?」

「っ、なんでもないです」


(あーあ)

プイっと視線を逸らすアリアに、サイモンは苦く笑みを浮かべる。サイモンが旅に出ると聞いた時からこうなのだ。不貞腐れてしまって、話をしようとするとそっぽを向かれてしまう。

(最年長とはいえ、アリアも子供だもんな)

寂しいと思ってくれているのなら嬉しい。サイモンはアリアの頭を撫でると「それじゃあ」と踵を返した。子供たちのたくさんの手に手を振り返しながら、町を後にする。




「……絶対、もっと強くなってみせるから」


風に乗って聞こえたアリアの声に、サイモンは笑みを浮かべた。どうやら心配はいらないらしい。

また数年後、会いに行ったらどれだけ強くなっているのか。サイモンは楽しみにしながら、草地を踏みしめた。

森を抜け、新しい村や町で人と触れ合い、魔物を退治して収入を得る。

そんないつもと変わらない日々に戻って、三年。



サイモンは今、海の上で船に揺られていた。

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