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第5話

「くっ、あ……!」

「ウィル兄さん!」


ガッと背中が大木に叩きつけられ、体が軋む。振動が全身に伝い、息が出来ない。


「く、そ……」


(こんな……こんな奴らに、俺は負けるのか……?)

ウィルは霞む視界を強引に動かして、相手を睨み上げる。

白いローブを着た男たち。顔も見えない、姿形もはっきりしない彼等は、背中に魔法陣のような紋様が刻まれている。見たことのない紋様だった。

(十……いや、二十はいるか)

既に数人地面に伏しているのは、ウィルとアリアが倒した者たちだ。しかし、目の前に立っているのはその倍以上の数。大して自分とアリアは二人。しかも、アリアは足を負傷しており、戦うことは難しいだろう。必然と、一対二十数名となる。

(だから、どうした)

今やらねば、自分たちはここで死んでいくだけだ。騎士だとか、護衛だとか、そんな肩書きどうでもいい。家族さえ守れれば、それでいいのだ。

ウィルは弾き飛ばされた体をゆっくりと動かし、立ち上がる。全身が痛みでふらつく。剣を持っている手の感覚が、はっきりとしない。それでも、立ち上がる以外の選択肢はなかった。


ウィルが駆けつけた際、アリアは一人を倒し、もう一人と対峙していた。その時には既に足を負傷しており、ウィルは心底憤ったのを覚えている。それから二、三人切り伏せたところで、この不思議な力でウィルは何度も体を飛ばされていたのだ。ウィルも魔法を扱うことは出来るが、なぜかウィルの魔法は彼等には効かなかった。逆に今のように吹き飛ばされ、大木に叩きつけられる。それからは散々だ。

上空から降り注ぐ氷の雨を全て弾き返したかと思えば、体が引っ張られる。炎を避けたかと思えば、地面に叩きつけられる。文字通り、手も足も出ない状況に、ウィルは奥歯を噛み締めていた。

(くそっ! なんでだッ!)

誰もが認める剣術に、選ばれた人間しか使うことの出来ない中級魔法。それを扱えることは凄い人間の証なのだと、教会は褒め称えていたじゃないか。それなのに。

訳のわからない魔法に吹き飛ばされ、ボロボロのぼろ雑巾のようにされている。情けない。情けないったらありゃしない。

後悔も終わらないうちに、ローブを着た男が前へと出て来る。ボロボロにされながらも見ていたところ、彼はこの集団の頭らしい。

(こいつさえ、潰せれば……!)

そう思うのに、体が動かない。自分はこんなにも弱かったのかと、思い知らされているような気分だった。


「随分丈夫なお体をしているのですねぇ」

「っ、チッ」

「舌打ちとは。――下賤の者が、汚らわしい」


苛立った男の声が聞こえる。

聞き取れない文言を口にすると、魔法陣が展開し、体が勢いよく右へ引っ張られた。待て。そっちは――!


「兄さん!」

「アリア! 馬鹿! やめろ!」


飛び出したアリアが両手を広げる。

(馬鹿! 受け止められるわけないだろ!)

ウィルが咄嗟に剣を地面に突き立てる。しかし、剣は強い力に耐えられなかったのだろう。パキンと甲高い音を立て、剣が折れる。絶望する間もなく、体は止まることなくアリアのいる方へと突っ込んでいった。

ガッと右半身がアリアに叩きつけられ、そのまま二人揃って後ろの木へと押し込まれる。咄嗟に体を回転させ、ウィルは体の全面を木に叩きつけられた。痛みに頭が真っ白になる。肺が押しつぶされ、乾いた息が血と共に吐き出された。

(い、てぇ……)

どさりと地面に落ちる。ウィルは息をするだけで痛む体をゆっくりと起こし、アリアを探す。少し先に転がった彼女は気を失っているらしいが、生きているようだった。

(よかっ、た)

ウィルは飛びそうな意識で、アリアのところまで這っていく。アリアを守るように、ウィルは震える足で立ち上がった。


「さぁて。そろそろ飽きてきましたねぇ。このまま見逃してあげても構いません、が。そうですねぇ」


男の愉快そうな声が、痛む頭に響く。

頭から流れる血を拭い男を見れば、彼は周囲を見回して倒れている仲間たちを数えていた。


「ひい、ふう、みぃ……五人ですか。いやはや、お強いんですねぇ。これでも彼等は初級魔法を使える人間たちだったのですが。まあ、そんなことはどうでもいいです。――君たちが倒した私の手足分、君たちの手足を頂きますから」

「っ、は?」


にやりと笑う男に、ウィルの喉が引き攣る。頭に浮かぶのは、ウィルにとって最悪ともいえる光景だった。

(おい、おいおいおい!)

人間の手足は四本。自分一人では一本足りない。つまり――。

ウィルは、恐る恐る後ろを振り返る。そこには気絶したアリアが倒れていた。ここで彼等に対価を払える人間は、自分以外に彼女しかいない。ウィルの全身が震える。脳が白み、思考がシャットアウトされた。


「ま、待ってくれ! こ、この子だけは、アリアだけはやめてくれ!」

「大丈夫です。お二方はお若いですから、良い素材となりますよ?」

「ヒッ……!」

「そうですねぇ。負傷した箇所は面倒なので……娘の両腕と左足、それとあなたの右半身でどうでしょう?」


にっこりと笑う男。口元がにやりと嫌な弧を描き、不潔そうな銀歯が数本見える。それが余計にウィルの恐怖を掻き立てていた。

(じょうだんじゃない)


「っ、〝フローガ(炎よ)〟!」


反射的に放った炎の弾丸が、男たちに向かって行く。しかし、炎の弾丸は男たちに届く前に霧散してしまった。


「な、なんで……」

「邪魔ですねぇ」


男の声が僅かに苛立ちを含んだ。肩が跳ねる。喉の奥が張り付いて、口の中が渇いていく。委縮した体は情けなくも震えてしまうのを感じて、ウィルは手を握り込んだ。――せめて。せめてアリアだけでも助けられれば。


そう望んだ時だった。



「〝カーペス・トィ・アノーイト(愚か者を焼き落せ)〟」



刹那、男たちの頭上から巨大な雷が降り注ぎ、悲鳴が響いた。

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