アリアに剣術を教えることになってから二週間。
呑み込みの早い彼女は、サイモンの教えた護身術をほぼマスターしていた。その合間に、彼女は魔法の勉強もしていたようで、この前は「見てください! 髪が早く乾くようになったんです!」と嬉しそうにしていた。日々成長していくアリアに、サイモンはそろそろ剣を持たせてもいいかもしれないと思い始めていた。
サイモンはぐっと伸びをすると、備え付けの手洗い場で顔を洗う。簡単な風魔法で乾かして、壁にかけていたマントを手に取った。
(アリアに型をいくつか教えたら、そろそろ旅を――)
「サイモン兄、いる!?」
――瞬間、エントランスに響いた声に、サイモンはマントを片手に駆けだした。
「お前ら、どうしたんだ!?」
サイモンが階段を降り、エントランスに向かえば、孤児院の子供たちが受付の女性に縋り付いていた。
「サイモン兄!」
ハッとした顔で振り返る三人が、サイモンに駆け寄る。その後ろでは赤子を抱えた少女が慌てた様子で立っていた。確か名前は……レミといったか。赤子はマーラといい、どちらも最近入ったという孤児院の子達だ。
三人はボロボロで、服の所々が泥で汚れている。転びながらも必死に駆けてきたのだろう。サイモンは膝を付くと彼等を目線を合わせた。
「アラシ、ラット、ジリス、何があったんだ」
「サイモン兄! ウィル兄とアリア姉を助けて!」
「は!?」
アラシの言葉にサイモンは目を見開く。
(どういうことだ!?)
「孤児院に変なヤツらが来て、俺たちを連れて行くって言って来たんだ! そしたらアリア姉ちゃんが『引き留めてる間に逃げて!』って!」
「途中でウィル兄に会って訳を話したら助けに行ったんだけど、僕たちすごくいやな予感がしてて……!」
「だからサイモン兄、二人を助けてあげて!」
しがみ付いてくる三人に、サイモンは眉間に大きく皺を寄せる。なんだかよくわからないが、大変なことになったらしい。
(〝変なヤツら〟というのが気になるが……)
今はアリアとウィルの事が先決だ。彼等のことだ。きっとみんなを守るために無理をするに違いない。
「他のみんなは? シスターは無事か?」
「他のみんなは、今の教会に逃げたと思う! お母さんは教会に用事があるって!」
「ウィルは一緒には行かなかったのか?」
「忘れ物を取りに来たんだって。お母さん、おっちょこちょいだから」
(なるほど。それで偶然会ったわけか)
ジリスの言葉に、サイモンは状況を把握していく。
シスターは一応教会の人間として扱われているようで、定期的に教会へ行って子供たちの成長報告と資金の話をしに行っているらしい。時折、町民から寄付されたものを受け取ってくることもある。ウィルは大体護衛としてよく一緒に行っているようだが、今回は偶然にも忘れ物のお陰で孤児院の傍にいたのだろう。彼がいてくれて助かった。アリアも心強いだろう。
「わかった。行こう!」
サイモンは全員の頭を撫でると、走り出した。
レミとジリスにマーラと共に宿で待っているように告げ、アラシとラットがサイモンを案内する。二人も宿に留まるように言ったのだが、「路地裏通ったほうが早いよ!」「オレたちが案内するから!」と押し切られてしまった。
「こっちの方が早いよ!」
「っ、よくもまあ、こんな道知ってるな!」
「そりゃあ、元は俺たちの場所だもん!」
走りながら叫ぶアランを見る。さっきから道とは言えない道を走らされているサイモンは、子供の機動力について行くのが精いっぱいだった。慣れていない地上を走るのは、下手に空を飛ぶよりもずっと難しい。
(そういえば、アランとラットは元々捨て子だったな)
路地裏に捨てられ、物心つく頃には二人で生活していたのだとか。兄弟かどうかは本人たちもわからない。そんな二人を拾ったのが、アリアだそうだ。
「ここ真っすぐ行ったらすぐだよ!」
ラットの声に、サイモンは走るスピードを上げた。見えてきた孤児院に、躊躇いなく突っ込む。
「はあ、はあ……」
「いない……! いないよ、サイモン兄! どうしよう! アリア姉がいない!」
「サイモン兄!」
「っ、ああ、わかってる!」
張り付く喉で唾を飲み込み、大きく息を吸う。サイモンは二人に離れているように言うと、地面に膝を付き、両手を合わせた。
「〝ヴェレースト
――ダンッ。
床に手を押し当て、途端サイモンを中心とした魔法陣が姿を現す。
瞬き一瞬の間に、魔法陣は一気に町を走り抜け、周囲に広がっていく。平原を走り抜け、森に差し掛かった。
「……いた」
「本当!? サイモン兄!」
「はやく行こう!」
「いや、駄目だ」
「何で!」
アラシとラットが声を上げる。興奮しているのだろう。顔が赤く、息が荒い。
サイモンは二人の肩に手を乗せると、真っすぐ彼等の目を見た。索敵魔法はサイモンの手が離れると同時に解けている。
「お前たちはジリスたちと一緒に教会に行って、みんなの様子を見に行ってくれ。お前たちにしかできないことだ」
「でも、アリア姉とウィル兄が……!」
「大丈夫。アリアは俺が必ず助けるから。みんなと信じて待っていてくれ」
そう告げたサイモンに、二人は顔を見合わせた。不安げな顔が強く頷くのと同時に意志を宿した表情へと変わる。孤児院ではやらかし兄弟と言われている二人だが、こういう時の状況判断は早いらしい。将来はいい戦士になりそうだ。
「わかった! その代わりに、絶対にみんなで帰って来てよね!」
「ああ、任せろ」
差し出される小さな拳に、サイモンは自身の大きな拳を合わせた。
サイモンは外へ出ると二人に見守られながら、孤児院の更に後ろにある森へと〝跳ぶ〟。
胸に巣食う予感を、振り払うように。