――アリアと特訓を始めてから二週間。
呑み込みの早い彼女は、サイモンの教えた護身術をほぼマスターしていた。更にサイモンが魔法の説明をした翌日には、「できました!」と炎を見せられた時には流石のサイモンも心底驚いた。
(若いってすごいな)
誰かに教えるのは初めてじゃないが、それにしたって飲み込みが早い。アリアはまだ子供だからか、考え方に柔軟性がある。おかげで上達が非常に早いのだろうとサイモンは見ている。サイモンの若い頃なんか、川で水遊びしていたことしか記憶がないというのに。遊びすぎて川を枯らした時は大人たちにこっぴどく怒られた。
閑話休題。
とにもかくにも、サイモンは日々成長していくアリアに舌を巻いていた。もしこのまま成長していくのなら、早めに武器を持たせてもいいかもしれない。
(今日の特訓でちょっと剣を触らせてみるか)
どんな剣士になるのか、今から楽しみだ。
サイモンの剣ではサイズや重さが合わないだろうから、それらを測りつつ剣の説明をして。後日にでも合いそうなのを調達しに――――。
ドンドンドン!
「サイモン兄! サイモン兄いる!?」
「!?」
ドンドンドンッ!と扉が乱雑に叩かれる。
ただならぬ雰囲気に、サイモンは慌てて扉に近づき、扉を開けた。廊下には見慣れた子供たちが、泥だらけになりながら目に涙を浮かべ、立っていた。
「「「サイモン兄!」」」
「ど、どうした、お前達」
「それが――!」
サイモンは泣きついてくる子供たちを受け止める。
泣きながら状況を説明する子供たち。その言葉を聞き、サイモンは徐々に目を見開いた。彼らの説明を全て聞いた頃には、サイモンは宿を飛び出していた。
(アリア、無事でいてくれ……!)
街の中をとんでもないスピードで駆け抜けながら、サイモンは心の中で祈り続けた。サイモンの脳裏を子供たちの言葉が過る。
――泣きながら抱き着いて来た子供たちは、あちこち汚れた服を握りしめ、何度も声を荒げていた。
「「サイモン兄、助けて!」」
「アリアが、アリアが……!」
「お、落ち着け。とりあえず一旦深呼吸をしよう」
慌てる子供たちを落ち着かせるように、サイモンは深呼吸を促す。彼等は素直にそれに従うと、僅かに落ち着きを取り戻した。その間に、騒ぎを聞きつけた隣人たちが「なんだなんだ」と顔を出した。子供たちのただならない雰囲気に、大人たちは怪我の手当てや替えの服の準備を始める。迷いのない行為に、サイモンは感謝するしかなかった。
飲み物を持ってきた人から飲み物を受け取った彼らに、サイモンは再び目線を合わせる。
「話せるか? アラシ」
こくりと頷いたアラシは、サイモンを見上げる。
視線の中には恐怖と混乱が渦巻いている。
「さ、さっき俺たちの家に変なヤツらが来たんだ。知らない人だったし、母さんからも客が来るなんて聞いてなかったから家には入れなかったんだけど……そしたら急に俺たちを連れて行くって言い出して、アリア姉ちゃんがすげー怖い顔で止めてくれて。で、でも、怖い人たちは全然聞いてくんなくってよ! 俺たちを捕まえようとするから、俺たち頑張って逃げ回ってたんだけど、そしたらアリア姉ちゃんが家から斧持って来てさ。『逃げて!』って俺たちを逃がしてくれたんだよ」
「!?」
アラシの言葉に、サイモンは目を見開く。予想もしていなかった事態にサイモンは驚くしかない。
「つまり、今アリアが一人で闘っているのか!?」
「う、ううん。途中でウィル兄にも会って説明して、そしたらアリア姉ちゃん助けるって……」
「っ、そうか」
つまり、アリアとウィルの二人で、その不審者と対峙しているということか。
得体の知れない敵と向き合っているであろう二人を思い出し、サイモンは舌を打ちたい気分になる。どうして自分がいる時じゃなかったのか。
(……もしかして、いない時を狙われた?)
まさか。
「シスターは? シスターはどうしてるんだ?」
「か、母さんは今日、隣町の教会に行くって。その代わりにウィル兄がいたんだよ」
「そうか」
サイモンは強く手を握りしめた。
間違いない。相手はサイモンやシスターがいない時間を狙った。ウィルは運悪くすれ違いになったのだろう。
(つまり、これは誰かの計画的な犯行で、狙いは――)
「サイモン兄! アリア姉とウィル兄を助けて!」
「お願い!」
「おねがい!」
子供たちの泣きそうな声が響く。サイモンは彼等の頭を一つずつ撫でていく。
「ああ。任せろ」
サイモンは立ち上がり、子供たちに自分の部屋にいるように告げる。周りの人たちが一緒に居てくれると言ってくれるのに礼を告げ、サイモンは宿を飛び出したのだ。
「くそっ、地味に遠い……!」
サイモンは町の中を駆け抜けながら、舌を打つ。目にも止まらない速さだが、サイモンとしてはそれでも遅くて仕方がない。
(魔法が使えればいいんだが)
一般的に普及していない魔法は、使ったらその場で異端扱いをされてしまう。最悪、教会へ通報されるのがオチだ。これ以上面倒事になるのは嫌だ。
サイモンはやっと見えて来た孤児院に、走るスピードを上げる。サイモンが走り抜けたところからつむじ風が吹き抜け、木葉や草木が勢いよく揺れる。
孤児院の前に来たサイモンは足を止め、息を飲んだ。
「これは……」
荒らされた様子があちこちに見える。子供たちの物があちこちに散らばり、大切にされていた物に見知らぬ傷がいくつも付けられている。
家の中を見ればテーブルや椅子が散乱している。いくつか破壊された椅子を見て、サイモンは眉を寄せる。
(ひどいな)
ここで子供たちだけでいたのかと思うと、心臓が抉られるような思いになる。アラシの話では他の子達は町長の家に匿ってもらっているらしい。アラシたちは別行動でサイモンの元に来たのだ。
サイモンは外に出ると、周囲を注意深く見つめた。孤児院の周囲には、複数人の魔力の痕跡が残されている。
(一、二、三……五人か)
アリア以外に見えるのは、五人分の魔力。どれも水や風などの平凡な魔力のようだが、子供たちを襲うには十分だろう。僅かに感じる小さな魔力は、ウィルの物だろう。彼は魔法が使えない。その分、魔力も少ないのだ。
(魔法が使える大人が複数人で子供たちを襲うなんて)
卑劣な行為に、サイモンはギリッと奥歯を噛み締める。魔力の痕跡を辿れば、森の方へと繋がっている。サイモンとアリアがいつも特訓を行っている森だ。
(よりにもよって逃げ場のない方に……)
いや、今はそれを言っている場合じゃない。早く二人を迎えに行かなくては。
サイモンは地面に膝を付き、両手を合わせる。
パンっと響く拍手の音が空気を震わせ、周囲に響く。サイモンが地面に手を当てる。
「〝
ブォン。
音を追いかけるように、魔法陣が姿を現す。サイモンを中心に出現したそれは、輝きを放ちながら大きく広がると、細い輪をいくつも生み出した。瞬く間に町を走り抜け、平原を走り抜け、森を通り過ぎて行く。
「……いた」
アリアとウィルの魔力が、森の奥で止まっている。周囲を囲っている魔力が五人以上いるようにも見えるが、間違いないだろう。
「待ってろよ、アリア。ウィル」
サイモンはぐっと足に力を込めて屈み、文字通り〝跳び上がった〟。
人の跳躍を優に超えた足で森へと足を踏み入れたサイモンは、気配を消し、音もなく森の中を駆け抜けた。