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第2話

ぐいぐいと腕を引かれ、サイモンの思考は無理矢理放り投げられた。

(な、なんなんだ?)

小さな手に惹かれつつ、サイモンは今の状況を頭で整理する。しかし、上手く整理ができない。それもそうだろう。こんな状況、予想もしていなかったのだから。

ズンズンと歩くアリアに渋々引かれるままついて行く。家の中に招かれたサイモンは、先ほどの子供たち数人に囲まれる一人の女性と目が合った。


「あら、サイモンくん。おはよう。今日も来てくれたの?」

「あ、ああ。おはようございます、シスター」

「いやだ。もうシスターじゃないわよ」


ふふっと笑う彼女は、この孤児院の責任者だ。つまり、子供たちの母親のような存在である。


数日前、アリアから聞いた話によれば、ここは元々教会として建てられたものらしい。しかし、信者も多くなく、経済的にも良くはなかったそうだ。売り払うかどうか教会側はずっと悩んでいたが、この町の住人たちに言われ、細々と活動を続けていたそうだ。

しかし、今から五百年前。現国王、スクルード王が現れたことによって、それも終わりを告げる。何より、人々の崇める神が変わったことが大きな理由だった。どこにいるかもわからない、姿形さえもわからない神より、目の前の見える神を人々が崇めるようになるのは、当然の事だろう。

そして教会は別の場所に建てることになり、ここは孤児院として彼女が引き取ったのだそうだ。その際、教会の象徴と言われるものが全て取り払われ、傍から見ればただの広い家になってしまったのだが。


「お母さん! 朝ごはん、サイモンさんの分もある!?」

「えっ」


強引な彼女の言葉に、サイモンは慌てて制止を掛けるが、シスターは嬉しそうに準備を始めてしまった。

(おいおい)

一緒に食べるなんて言ってないぞ。アリアを見上げれば、気づいた彼女の笑顔が向けられる。……なんだろうか。その笑顔が少しほの暗いような。


「恩人様の朝ごはんが木の実一個だなんて、許しませんから。ちゃ・ん・と・! 食べてってくださいね!」

「ハ、ハイ」


項垂れるサイモンに、アリアはふんっと鼻を鳴らす。

(……目が笑ってなかったぞ、今)

食べないなんて言ったら口にねじ込まれかねない。アリアならやりそうだ。

(食うしかないか)

ここ数百年。まともな朝食など摂ったことのないサイモンは、目の前に用意されていく食事の数々に、小さくため息を吐いた。頑張れ、俺の胃。



「うっぷ」


完全に食い過ぎた。胃が痛い。サイモンは数十分前の事を心底後悔しながら、そう呟いた。

あれからサイモンは逃げることも出来ず、差し出されるがまま朝食を食べることになった。大はしゃぎした子供たちに嫌な予感がしていれば、出てきたのは大盛りの朝食。子供たちの三倍はあるであろう朝食にさすがに減らしてもらおうとしたが、向けられる子供たちのキラキラした目には勝てなかった。

結果、胃がはち切れる思いで朝食を終えたサイモンは、重い身体を引き摺りながら食休みとしてここまで逃げてきたのだ。


「こりゃあ、しばらく動けんぞ……」


天井を見上げ、浅く息を吐く。それだけでもう内臓が痛むのだから、下手に動けば吐いてしまうだろう。のっそりと背もたれに体を預け、サイモンは天井に描かれた絵を見つめた。人とも動物ともつかない姿をしたそれは、現王が誕生するより前にいた神――カオス神だ。


世界の創造主言われる彼を、人々はこの世のすべての神として崇め奉っていた。姿形がはっきりしないのは、人間如きが神の姿を見ることが出来るわけがないという意図らしい。現王が統治するまで、この世界は混沌とした世の中であったのは、今では有名な話だ。

飢饉の原因も、人々の諍いも、自身の生まれも。全てがカオス神の思惑で、お考えであると、人々は信じ切っていたのだ。だから、自分がつらいのも苦しいのも、カオス神の望んだことで、彼の描いた理想郷の一部であると信じて疑わなかった。

それを、五百年前。現王-―スクルード王がひっくり返した。人々は賞賛と罵倒を浴びせたが、結局人は人でしかない。救ってくれない神より、救ってくれる身近な神を信仰するようになるのは、当然の事だった。

(……懐かしいな)

天井に描かれたカオス神は、その体に大きなバッテンを付けられている。恐らく町の人々の意思表示みたいなものだろう。『自分たちはこの神を信仰していません』という。


「神、なぁ」


そんなものがいるのなら、ぜひお目にかかってみたいものだ。サイモンは吐き捨てるように呟いた。

サイモンはさっきよりも少しばかり緩くなった腹に、ゆっくり上体を起こした。

見渡すほどの広さである此処は、昔は教会内の礼拝堂だったらしい。椅子が固定されて壊すことも出来ないからと、今では子供たちの授業をするための勉強部屋になっているのだとか。

サイモンは数回深呼吸を繰り返すと、勉強部屋を後にした。そろそろ毎朝の鍛錬に向かわなければ。

通り掛けに仕事部屋にいたシスターに声をかけ、孤児院を出る。動くと未だ腹がきついが、いずれ消化されるだろう。それまで散歩でもしようか。

サイモンは孤児院の裏の森へと向かうと、ふらふらと周囲を歩き始めた。途中、丘の上にいたビーバに挨拶をするのを忘れずに。

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