ゴロゴロと地響きのような音が響く。
土砂降りの音に混じるそれと、そして時たま、落雷の轟音までもが少年の鼓膜を揺らした。
不定期に明滅する深夜の空は、布団にくるまる少年の目には入らない。柔らかな布団の内側は、今の少年にとって、ささやかな安全地帯だった。
まるで餅のように丸くなった布団の中で小さくなり、恐ろしいものを少しでも遠ざけようと、手のひらで耳を塞ぐ。真っ暗な視界と、少しだけ遠くなった雷鳴。ああ、このまま早く朝になれと、少年はギュッと目を固く閉じた。
叫びたくて、叫べなくて、唇を噛む。呼びたい人は、ここには居ない。呼んでも無駄で、呼びたいと思ってしまった自分自身が、情けない気さえ、してしまって。一人で耐えることを心に決めて、布団の中で息を潜めた。
ガタン、と、大きな音が部屋の窓から聞こえる。雨音が大きくなり、窓が開いてしまったのだとわかった。
窓を閉めないと、雨が入って部屋が濡れてしまう。だが、布団から出ることはつまり、あの轟音と向かい合うということで。
鳴り続ける雨音と、その合間に轟く雷鳴。少年は涙目になりながら、意を決して布団から顔を出した。
目の前には、バタバタと雨風に揺れる窓。はためくカーテンは雨に濡れ、白かったはずの布は夜の闇も相まって、灰色に染まっていた。
床には既に、水溜りが出来ている。このまま放っておくことは、やはり出来ない。ゆっくりと窓に近づくと、ゴロゴロ、という響きと共に、空がチカチカと光るのが見えた。
音が、光が、恐怖心を煽ってくる。頬を伝ったのは入り込んだ雨か、それとも涙かわからない。震える手で、少年は暴風に揺れる窓へと触れた。
次の瞬間。ドン、という強烈な爆音と共に、目の前がまるで真昼のように明るくなった。
視界に走った、一閃。稲光が少年の視界を照らしーーそして、少年はその目を見開いた。
「ーーおかあ、さん?」
一瞬だけ映った、黒い影。白い光が空を支配したからこそ、カーテンに映ったそれは酷く明確に少年の目に飛び込んできた。
見間違えるはずがない。あれは、母だ。大好きで大好きでたまらない、帰りを待ち望んで、何度も何度も名前を呼んだ、自分の母。
少年の声は雨音にかき消され、そして一瞬の光に浮かび上がった影もまた、掻き消えた。
慌てて窓に駆け寄り、外を覗き込む。相変わらずの大雨と、暴風。頭上の空も、少年の行動を嘲笑うかのように明滅する。
その空の下に母の影があるはずもなくーー二階にある少年の部屋の窓から見て、この暴風雨で出歩く人間を認めることもまた、出来なかった。
少年の母は、少し前から帰ってこなくなった。今日と全く変わらない、酷い雷の日。探しに出た父と警察が、土砂降りの雨に打たれながら何かを話していたのを、少年はよく覚えている。
次の日、打って変わってひどく晴れた空の下。母の行方について尋ねた少年に、父はゆるく首を振った。父の言うことを、少年は理解出来なかった。ただ、きっとあの酷い雷が、母を連れて行ってしまったのだと想像した。
おかあさん、おかあさん、おかあさん。二階の窓から、少年は叫ぶ。雨音に負けないように、雷鳴に負けないように。
会いに来てくれた。同じ雷だったんだ。だから、今だけ会えたんだ。そう思い、少年は明滅する空を見上げて、雨に濡れるのにも構わずに、叫び続けた。
おかあさん、ここだよ、おかあさん。おかあさん。
空に叫んだ少年の願いは、轟音にかき消され。それでも張り上げた声が空に届くころには、あれだけ明滅していた雲はその光を失っていった。
雷鳴は段々となくなり、雨音も少しずつ遠ざかる。
おかあさん、行かないで、おかあさん。
雨が小ぶりになった空を見上げて少年は叫び、頬を雫が伝う。
ついには、空からは一切の轟音が消えて、雲の切間から日差しが顔を出した。
お願い。
もう一度。
もう一度、だけ。
あれほど待ち望んでいたはずの、朝。あれほど渇望していたはずの、静かな空。
今の少年にとっては、全てを諦めることを強制する、地獄の音色のように思えた。