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透け感ワンピース。 ①

 ――その翌朝。いつもより少し遅い時間に起きたわたしは、下半身のだるさを抱えてリビングまで下りて行った。そりゃあ、夜だけで五回も絶頂を迎えるくらいにオナりまくったら、当然の結果としてそうなるだろう。


「……おはよう、ママ。史子さんも」


「おはようございます、お嬢さま。コーヒーをお持ち致しますね。……どうされました? 今朝はちょっと元気がないようでございますけど」


「おはよう。確かにそうねぇ、何だか体がだるそう。どこか具合でも悪いの?」


「ううん、大丈夫。二人とも、心配してくれてありがとね」


 母と家政婦さんに心配をかけまいと、わたしは元気に笑って見せた。だって、自慰行為のしすぎで体がだるいなんて口が裂けても言えないもの!


「――はい、お嬢さま。お目覚めのコーヒーでございます」


「あ……、ありがと。…………ねぇ史子さん。わたしのベッド、またシーツが汚れちゃったから取り替えてもらっていい?」


 コーヒーカップを受け取ったわたしは、恥を忍んで史子さんにお願いした。家事のプロであり、同じ女性の彼女にごまかしは通用しないと思ったからだ。


「あら、またでございますか? 二日続けてシーツを汚されるとは、お嬢さま、ベッドの中で何かイケナイことでもなさっているんじゃございませんか?」


「…………やっ、やだなぁもう! 史子さんってば何言ってんの?」


 彼女の洞察力の鋭さに、わたしはドキッとした。アレってやっぱりイケナイことなのかな……?


「まぁ、絢乃だってお年頃だものね。女の子にだって色々あるものよ。ねぇ、史子さん?」


「ええ、ええ。そうですとも。女性なら誰でも通る道でございます」


「……あー、そう…………」


 どうやら母もお見通しらしい。でも、こうしてフォローしてくれたということは、わたしも後ろめたさを感じなくてもいいということだろうか?


「――あ、そうだ。わたし今日、ちょっと一人でショッピングに行ってきてもいい? 新しいお洋服買いに行きたいの」


 コーヒーをすすりながら、わたしはその日の予定を母に話した。


「まだ休暇中だし、別にいいけど……。今日は桐島くんに会えなくていいの?」


「うん。今日は彼も何か予定があるらしくて」


 わたしと結婚を考え始めた頃から、貢は毎週土曜日に行くところができたとかで会えなくなった。週末浮気を疑ってもみたけれど、彼に限ってそれはないなとすぐにその考えを否定した。でも、それならわたしに教えてくれないのはなぜなのかと、何だかモヤモヤしていた。


 でも、そういえば貢の体つきはこの少し前くらいから少したくましくなっていた気がする。元々細マッチョではあったけれど、胸板がちょっと厚くなって、二の腕も筋肉質になっていたような……。

 まさか、わたしと行為をする時に備えて鍛えていたわけじゃないだろうけど。


「まぁ、そういうことだから」


「なるほどね。桐島くんにも色々と事情があるんでしょうね。……で、どうやって行くの? てらにクルマを出してもらいましょうか?」


「ううん、電車で行く。新宿しんじゅくまでなら定期で行けるし」


 我が家のお抱えドライバーに送らせようかという母の厚意を、わたしはやんわりと断った。わたしの個人的なおでかけに彼をこき使うなんて申し訳ない。


「そう? 分かったわ。たまには一人の時間もいいものよね。ゆっくりしてらっしゃい」


「うん」



 ――というわけで、わたしは新宿までショッピングに出かけた。里歩にアドバイスをもらった、透け感のあるワンピースを買うために。

 これは、貢をその気にさせるための「誘惑大作戦」の始まりだったのだ。――結局、この時買った服は彼のためではなく、別の機会で役に立つことになったのだけれど。


 ちょっとセクシーな服装で、オトナっぽいメイクをして彼に迫れば、彼もきっとその気になってくれる……なんてことを考えながら、わたしはアパレルブランドのお店を回っていたのだけれど……。

 もしも本当に彼がになって、えっちすることになったら……と思うと、わたしは少し不安になった。


「だってわたし、今まで一人でしかしたことないもん。実際に男の人とするってどんな感じなんだろう……? 想像つかない」


 そういうシチュエーションを小説やコミック、その前日に彼と観てきた恋愛映画では見てきたけれど、それが実際に自分の体でなされるというのが想像できずにいたのだ。

 そもそも、行為の時に貢がわたしを呼び捨てにして、色気を漂わせるということからして想像できなかった。



『――絢乃、いくよ』


『……ん……、貢……。ぁあ……っ! あ……ぁんっ!』 …………



「…………~~っ、違う違う! 彼はそんなキャラじゃないって!」


 想像してみた彼はわたしの知っている桐島貢とはまったくの別人で、わたしはブンブンとかぶりを振った。


 現実の彼は、わたしにそんなことをされたらきっと「絢乃さん、一体どうしちゃったんですか!?」とうろたえるだけだろう。

 そんなことのために新しい服を買うなんてムダ遣いなんじゃ……とも思ったけれど、ともかく服を選ぶことにした。


 さんざん迷った、わたしが選んだのは袖と胸元だけに透け感のある清楚系のワンピースと、背中を大胆に露出させる全体的にシースルーのミニワンピースの二着だった。


 そして書店にも立ち寄り、大ファンになったTL小説家さんの新作の単行本も買ってしまい、何だか自分がどんどん不純な人間になっていくような気持ちになりながら駅に向かっていると――。


「――やっほー、絢乃ちゃん! こっちこっち」


 何だか見慣れない軽自動車の運転席の窓が開き、顔を出したのは貢の四歳上のお兄さま・ひさしさんだった。

 彼はわたしと貢が交際を始めるきっかけを作って下さった恩人でもあり、わたしたちにとってはキューピッド的な存在だ。


「悠さん! お久しぶりです。どうされたんですか、このクルマ?」


「最近買ったオレの持ち車♪ 中古だけどな。――今日ひとり?」


「はい、今日はひとりでお洋服を買いに。悠さんは?」


 悠さんは飲食チェーン店の店長さんで、土日は基本的に忙しいはずなのだけれど。お店のシフトまでわたしはあくしているわけじゃない。


「今日は仕事休みなんだ。だから敵情視察も兼ねて、新宿の店で昼メシでもと思っててさ。でもまだ時間早いし」


「ああ、そうなんですね」


 彼は将来的に、自分のお店を出すのが目標らしい。敵情視察もそのための大事な準備なのだろう。


「絢乃ちゃん、こんなとこで立ち話もナンだし乗んなよ。別に襲ったりしねぇからさ」


「はぁ……、じゃあ……おジャマします」


 わたしは白い軽自動車の助手席に乗り込んだ。普段、貢の愛車の助手席には当たり前のように乗っているけれど、兄弟とはいえ別の人のクルマで同じようにするのは何だか不思議な気持ちだ。


「――あのさ、絢乃ちゃん。いきなりで申し訳ないんだけどさ」


「……はい?」


「絢乃ちゃんってもしかして、欲求不満?」


「…………はぃぃ!? どどどど、どうして分かったんですか!?」


 思いっきりド直球ストレートな質問に、わたしは激しく動揺してしまった。ルームミラーで見たわたしの顔はでダコみたいに真っ赤だった。


「だってさ、アイツと付き合い始めてもう半年以上だろ? んで結婚まで考えてるんだよな?」


「ええ、そう……ですけど」


「だよなぁ。なのに、アイツとはまだ何もないワケだろ? こないだも一緒に出張で神戸に一泊したっつうのに、アイツ何もできなかったっつうし?」


「ああ……、それは……まぁ」


「だからオレはそういう結論に達したワケよ。んで、絢乃ちゃん。キミはもしかして、毎晩一人でヤって気持ちよくなってたりするんじゃねぇ?」


「…………~~~~っ!?」


 もしかして、この人にもバレちゃってるの!? ってことは貢にも!? 図星だったので、わたしは「違う」とは言えなくて悶絶した。


「安心しな、絢乃ちゃん。このこと、アイツには絶対ぜってー言わねぇから」


 悠さんは見た目こそチャラチャラしているけれど、意外と口は堅い。彼が「絶対に言わない」と言うなら、それは信用して大丈夫なのだ。


「……はい。でもわたし、今まで男性経験がまったくないので……。実際に彼とするってなった時、多分どうしていいか分かんないです。だから……ちょっと」


「ちょっと……怖い?」


 悠さんが続けた言葉に、わたしはコクンと頷いた。


「そっかぁ、キミがアイツに『ちょっとだけ待って』って言った理由はそれか。男性経験ないなら、そりゃ怖いわなー」


「はい」


「ホントは、実際に男とやるのがどんなもんなのかシミュレーションできるのがいいんだけどな……。つうわけで絢乃ちゃん」


「……はい?」


「オレと、お試しで浮気してみる?」


「……………しません!」


 冗談か本気か、わたしに浮気をそそのかす悠さんに、わたしはキッパリと宣言した。でも……あれ? この人、彼女さんがいるって言ってなかったっけ?


「~~~~っ、ハハハハっ! 分かった分かった! 冗談だって! するワケないじゃん、浮気なんか! 彼女にバレたらオレ殺されるもん!」


「……………」 


 やっぱり冗談だったのか。そう分かって正直ホッとしている自分がいた。

 わたしだって、貢以外の人となんて考えられなかった。怖くても、彼と初めての瞬間を迎えられるまでは他の男性に絶対になびいたりしない。そう心に決めていた。


「うん、いいね、その目。アイツ以外の男には絶対ぜってーなびかねぇっていう強い意志を感じるよ」


「はぁ、どうも……」


 これって褒められてるの? わたしはどうリアクションを返していいか困った。


「心配しなくていいよ、絢乃ちゃん。アイツは絶対ぜってー、キミが怖いと思うようなことしねぇから。アイツはそういうヤツだから。兄貴としてそれは保証する」


「はい」


 この人がそこまで自身を持って言うなら、それは信用していい。わたしは彼の目を見てしっかり頷いた。


「――ところで、最近の貢、なんか毎週土曜日は付き合い悪いんですよね。悠さん、何かご存じですか?」


 お兄さまなら何かご存じかもしれないと思い、わたしは思い切って訊ねてみた。もしかしたら、彼から口止めされているかもしれないけれど……。


「あれ、絢乃ちゃんにも言ってねぇのかよアイツ。――アイツな、二ヶ月前くらいから格闘技習い始めたんだよ。キックボクシング」


「格闘技……? ああ、それで最近、彼の体つきがちょっと逞しくなったんですね。でもどうして」


 彼もわたしと同じく、運動神経はあまりよくないと言っていたような気がするけれど……。 


「ああ、それな。絢乃ちゃんを守りたいんだってさ」


「えっ、わたしを……守る?」

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