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大切な人の守り方 ⑤

 ――作戦は無事成功したものの、わたしは何だかワケが分からなかった。わたしもまたドッキリにかけられたような気持ち、というのか……。


「……どうして貢がここに? 打ち合わせでは、あの場で登場するのは内田さんだったはずじゃ」


「ああ、内田さんから連絡を頂いたんです。今日、絢乃さんが危ない目に遭うかもしれないから、新宿駅前に来てほしい、って」


「相手が激昂してる時に、見ず知らずの男が現れたら事態が余計に悪化するかもしれないと思ってな。ここは格闘技を習得した彼氏に花を持たせてやった方がいいかな、って」


「内田さん、そういうことは事前に教えておいてくれないと。わたしをドッキリにかけてどうするんですか!」


 そういう問題じゃない気もしたけれど、わたしはとにかく一言抗議しないと気が済まなかった。


「悪い悪い。でも、桐島さんが間に合ったんだからよかったじゃん」


「そうですよ! 僕が間に合ったからよかったですけど、下手したら絢乃さん、本当に危ないところだったんですからね!?」


 彼が怒っているのは、わたしのことを本気で心配してくれていたからだ。だからわたしは叱られているのに嬉しかったし、自分の無謀な行動を猛省した。


「……ごめんなさい」


「でも、無事でよかった……。本当によかった」


 彼は深いため息をつくと、ここが公衆の面前だということもお構いなしにわたしをギュッと抱きしめた。


「ちょっ……、貢……?」


 彼はわたしを抱きしめたまま震えていた。泣いてはいないようだったけれど、それだけでわたしへの心配がどれくらいのものだったかが伝わってきた。

 わたしは彼の背中に手を回し、そっと背中をさすった。父の葬儀の日、泣けなかったわたしに彼がそうしてくれたように。


「ごめんね、貢。心配かけちゃって、ホントにごめん。……でも、心配してくれてありがと。もっと他に方法はあったはずなのにね。わたし、これくらいの方法しか思いつかなくて」


 路上で抱き合っていると、周りが何だかザワザワと騒がしくなってきた。


「……とりあえず、クルマに乗って下さい。話はそれからです」


「そう……だね」


 これ以上のイチャイチャは人目が気になるので、わたしたちは彼のレクサスへと移動することにした。


「じゃあ、あたしたちもこれで撤収しまーす♪ あとはお二人でどうぞ♪」


「絢乃さん、オレたちこれで五十万円分の働きはしたよな?」


「はい、十分すぎるくらいです。今回は本当にありがとうございました!」


 探偵カップルが引き揚げていくのを見届けてから、わたしたちも貢の愛車へ乗り込んだ。 



「――改めて、貴方には心配をおかけしました」


 わたしはいつもの指定席である助手席ではなく、後部座席で彼に深々と頭を下げた。


「ホントですよ。あれほど無茶なことはするなと言ったのに。ヘタをすれば、絢乃さん、アイツにケガさせられてたかもしれないんですからね?」


 彼はまだご立腹のようだった。でも、それはわたしのことが本当に心配だったからにほかならない。


「だーい丈夫だって。そのためにあの頼もしいお二人にも協力してもらったわけだし。いざとなったらボディーガードをしてもらうつもりで――。まあ、結局は貴方に助けられたわけだけど」


「イヤです」


「…………は?」


 彼に唐突に話を遮られ、わたしはポカンとなった。「イヤ」って何が?


「あなたが他の人に守られるなんて、僕はイヤなんです。あなたを守るのは僕じゃないとダメなんです。……すみません、ダダっ子みたいなことを言って」


「ううん、別にいいよ。貴方の気持ち、すごく嬉しいから」


 むしろ、ダダっ子みたいな貴方が可愛くて愛おしくて仕方がないんだよ、とわたしは目を細めた。


「でも、今日ほどわたしは貴方に守られてるんだなって思ったことはなかったかも。ホントにありがと」


 わたしはいつも、自分が彼を守っているんだと思っていた。でも、時々こうやって自分をかえりみずに無茶なことをしでかすわたしを助けてくれているのは貢だった。それは秘書としても、彼氏としても。


「わたし、いつもこうやって貴方のことを助けてるつもりでも、結局のところは貴方に助けられてるんだね」


 父の病気が分かってショックを受けた時、父が亡くなった時、親族から心ない罵声を浴びせられた時。それから会長に就任した時もそうだった。彼はいつもさりげなく、わたしの心の支えとなってくれていたのだ。彼の優しくて温かい言葉に、わたしはどれだけ救われてきたか分からない。


「今ごろ気づかれたんですか? 僕の大切さが」


「……うん、ごめん。でもありがと」



「それにしても、僕を守るなら他に方法くらいあったでしょう? あえて僕と離れて、中傷の目を遠ざけるとか」


「それは、わたしがイヤだったの。たとえ貴方を守るためでも、貴方と離れるなんてダメだと思った。だったら、一緒にいながら貴方を守る方法を取った方がいい、って。……まぁ、その分お金はかかったし、ちょっと危ない橋も渡っちゃったけど」


 傍から見れば、恋人のためにそこまでやるのかと呆れられるところだろう。確かにそうかもしれない。客観的に見れば、わたしのしたことは世間一般からズレているんだと思う。

 でも、本当に大切な人を守ろうと思ったら、その方法は人それぞれでいいんだとわたしは思う。だって、抱えている事情はそれぞれ違うんだから。


「…………まぁ、絢乃さんに何もなかったからもういいです。その代わり、僕に心配をかけるのはこれで最後にして下さいね? 約束ですよ?」


「うん、分かった。もう二度と、こんなことはしないって約束するから」


 わたしたちは指切りげんまんして、微笑み合った。



 ――これで、二人の恋路を阻むものはすべてなくなった。年の差も、身分の差も最初から障害になり得なかったのだ。わたしと彼の心が同じなら。


「――絢乃さん、僕、覚悟を決めました。あなたのお婿さんになりたいです。僕と結婚して下さい。お父さまの一周忌が済んで、絢乃さんが無事に高校を卒業して、そうしたら。……で、どうでしょうか」


「はい。喜んでお受けします!」


 彼からの渾身のプロポーズに、わたしは喜び全開で頷いた。エンゲージリングはまだなかったけれど、気持ちのうえではもう、二人の結婚の意思は確固たるものになっていた。


 思えば初めてわたしの気持ちを彼に伝えた時、子供っぽい告白になってしまった。でも今なら、彼にとっておきの五文字で想いを伝えられるだろうか。あの時から少し大人になったわたしなら……。


「貢、……愛してる」


「僕も愛してます、絢乃さん」


 わたしたちは熱いハグの後、長いキスを交わした。



「――ところで、絢乃さんは高校卒業後の進路、どうされるんですか? 僕、まだ教えて頂いてないんですけど」


 帰り道、彼が器用にハンドルを切りながらわたしに訊ねた。……おいおい、今ごろかい。


「わたしね、大学には進学せずに経営に専念しようと思ってるの。やっぱり好きなんだよね、会長の仕事とか会社が」


「……なるほど」


「ママは最初、大学に進んでもいいんじゃないか、って言ってくれたんだけど。最後には折れてくれたの。わたし、これまでよりもっともーっと会社に関わっていきたいから」


「加奈子さん、絢乃さんに甘々ですもんね」


「うん、まぁね。ちなみに、里歩は大学の教職課程取って、高校の体育教師目指すんだって。唯ちゃんはプロのアニメーターを志して、専門学校に進むらしいよ」


 卒業後の進路はバラバラでも、わたしと里歩、唯ちゃんとの友情はこれから先も変わらない。きっと。

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