「――あー、せいせいしたぁ! 内田さん、真弥さん、ご協力ありがとうございました」
作戦が無事に成功した充実感から、わたしは探偵のお二人にお礼を言った。
「いやいや。オレ、何もしてませんよ。ほぼ女性陣二人の活躍でしょ?」
「そうそう☆ これで頂いた五十万円分はキッチリ仕事させてもらいましたんで。あたしたちは撤収しまーす♪ あとは彼氏さんとお二人でどうぞ」
「…………えっ? ――貢……」
真弥さんたちが手で示した方向に、見慣れたシルバーのセダンにもたれかかった私服姿の彼を見つけてわたしは大きく目を見開いた。
彼はいつものにこやかさはどこへやら、両眉をひそめて思いっきり仏頂面をしていた。……これは、絶対に怒ってる…………。
「――絢乃さん!」
「ごめんなさい。貢、あの……。お、怒ってる……よね?」
彼はわたしの方へ駆け寄ってきた。彼のこんなに険しい顔を見たのは初めてで、わたしはこの時初めて彼を怖いと思った。オドオドと上目遣いに彼の顔色を窺うと、彼は腕を伸ばしてきてわたしを抱きしめた。ここが思いっきり公衆の面前だということも忘れて。
「……よかった……。あなたが無事で、本当によかった……」
彼に心配をかけた自覚はあったので、わたしもされるがままになっていた。密着していた彼の体からは温もりを感じた。
「ごめんね、貢。心配かけちゃって、ホントにごめん。……でも、心配してくれてありがと。これくらいの方法しか思いつかなくて」
路上で抱き合っていると、周りが何だかザワザワと騒がしくなってきた。
「……とりあえず、クルマに乗って下さい。話はそれからです」
「そう……だね」
これ以上のイチャイチャは人目が気になるので、わたしたちは彼のクルマへと移動したのだった。
「――改めて、貴方には心配をおかけしました」
わたしはいつもの指定席である助手席ではなく、後部座席で彼に深々と頭を下げた。
「ホントですよ。あれほど無茶なことはするなと言ったのに。ヘタをすれば、絢乃さん、アイツにケガさせられてたかもしれないんですからね?」
彼はまだご立腹のようだった。でも、それはわたしのことが本当に心配だったからにほかならない。
「だーい丈夫だって。そのためにあの頼もしいお二人にも協力してもらったわけだし。いざとなったらボディーガードをしてもらうつもりで――」
「イヤです」
「…………は?」
彼に唐突に話を遮られ、わたしはポカンとなった。「イヤ」って何が?
「あなたが他の人に守られるなんて、僕はイヤなんです。あなたを守るのは僕じゃないとダメなんです。……すみません、ダダっ子みたいなことを言って」
「ううん、別にいいよ。貴方の気持ち、すごく嬉しいから」
むしろ、ダダっ子みたいな貴方が可愛くて愛おしくて仕方がないんだよ、とわたしは目を細めた。
「それにしても、僕を守るなら他に方法くらいあったでしょう? あえて僕と離れて、中傷の目を遠ざけるとか」
「それは、わたしがイヤだったの。たとえ貴方を守るためでも、貴方と離れるなんてダメだと思った。だったら、一緒にいながら貴方を守る方法を取った方がいい、って。……まぁ、その分お金はかかったし、ちょっと危ない橋も渡っちゃったけど」
傍から見れば、恋人のためにそこまでやるのかと呆れられるところだろう。確かにそうかもしれない。客観的に見れば、わたしのしたことは世間一般からズレているんだと思う。
でも、本当に大切な人を守ろうと思ったら、その方法は人それぞれでいいんだとわたしは思う。だって、抱えている事情はそれぞれ違うんだから。
「…………まぁ、絢乃さんに何もなかったからもういいです。その代わり、僕に心配をかけるのはこれで最後にして下さいね? 約束ですよ?」
「うん、分かった。もう二度と、こんなことはしないって約束するから」
わたしたちは指切りげんまんして、微笑み合った。
――これで、二人の恋路を阻むものはすべてなくなった。年の差も、身分の差も最初から障害になり得なかったのだ。わたしと彼の心が同じなら。
「――絢乃さん、僕、覚悟を決めました。あなたのお婿さんになりたいです。僕と結婚して下さい。お父さまの一周忌が済んで、絢乃さんが無事に高校を卒業して、そうしたら。……で、どうでしょうか」
「はい。喜んでお受けします!」
彼からの渾身のプロポーズに、わたしは喜び全開で頷いた。
思えば初めてわたしの気持ちを彼に伝えた時、子供っぽい告白になってしまった。でも今なら、彼にとっておきの五文字で想いを伝えられるだろうか。あの時から少し大人になったわたしなら……。
「貢、……愛してる」
「僕も愛してます、絢乃さん」
わたしたちは熱いハグの後、長いキスを交わした。
「――ところで、絢乃さんは高校卒業後の進路、どうされるんですか? 僕、まだ教えて頂いてないんですけど」
帰り道、彼が器用にハンドルを切りながらわたしに訊ねた。……おいおい、今ごろかい。
「わたしね、大学には進学せずに経営に専念しようと思ってるの。やっぱり好きなんだよね、会長の仕事とか会社が」
「……なるほど」
「ママは最初、大学に進んでもいいんじゃないか、って言ってくれたんだけど。最後には折れてくれたの。わたし、これまでよりもっともーっと会社に関わっていきたいから」
「加奈子さん、絢乃さんに甘々ですもんね」
「うん、まぁね。ちなみに、里歩は大学の教職課程取って、高校の体育教師目指すんだって。唯ちゃんはプロのアニメーターを志して、専門学校に進むらしいよ」
卒業後の進路はバラバラでも、わたしと里歩、唯ちゃんとの友情はこれから先も変わらない。きっと。