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大切な人の守り方 ③

 ――翌日の放課後、わたしは制服のままで新宿にある〈U&Hリサーチ〉の事務所を訪ねた。事務所は一階にコンビニが入っている三階建て雑居ビルの二階にあった。


 ドア横の呼び鈴を押すと、ドアがガチャリと開いて顔を出したのはわたしと同い年くらいの女の子だった。身長は百六十センチくらい。ストレートの茶色いロングヘアーをポニーテールにして、パーカーにデニムのミニスカートというちょっとスポーティーな服装をしていた。


「あの……、篠沢絢乃ですけど。今日、こちらへ伺うお約束をしている」


「ああ、篠沢さんですね。あたし、この事務所のスタッフで、葉月はづき真弥まやっていいます。どうぞ中へ。所長は今、下のコンビニまで買い出しに行ってます。すぐ戻ってくると思うんですけど」


 真弥さんはわたしの制服姿に興味津々で、事務所内へ招き入れたあとに「まさか高校生だなんて思わなかったんで、ビックリしました」と笑いながら言った。


「電話で言わなくてごめんなさい。高校生だって言ったら、相談を受け付けてもらえないんじゃないかと思ったから」


「そんなことないですよ。ウチは零細企業なんで、お金さえ払ってもらえるなら依頼人の年齢なんか関係ないですから。――それ、茗桜女子の制服ですよね。いいなぁ」


「ええ。今三年生」


「あたし、新宿の慎英しんえい高校に通ってたんです。超がつく進学校。でも、ホントは茗桜に行きたかったんですよね。慎英には、親が行け行けってうるさいから仕方なく」


 彼女はそう言って肩をすくめた。親とは折り合いが悪いらしい。


「へぇ……。『通ってた』っていうのは?」


「ああ、そこ辞めて、今は通信制に通ってるからです。二年生です。篠沢さんの一コ下」


「なるほど」


 わたしが応接セットの茶色いソファーに腰を下ろしたところで、「ただいま」と野太い男性の声がした。どうやら所長さんが戻ってきたらしい。


「――ただいま」


「あ、ウッチーお帰り。篠沢さん来てるよ」


 ……「ウッチー」? 所長さんを呼ぶのにフランクな呼び方をするんだなぁと、わたしは小さく首を傾げた。もしかして、この二人も……?


「ああ、どうも。オレがここの所長で、うちけいすけです」


「初めまして。わたし、篠沢グループの会長で、篠沢絢乃です」


 真弥さんの話によると、内田さんは三十歳。身長は百八十五センチ。刑事だった頃はかなりの武闘派だったそうだ。真弥さんが十七歳なので、まぁ年の差十三歳のカップルもあり得なくはない……かな?


「まぁ、メインで調査してるのはあたしの方で、ウッチーは所長兼パシリって感じなんんですけどねー。この人デジタルオンチなもんで」


「〝パシリ〟って言うな!」


 というような夫婦漫才を繰り広げた後、内田さんがコンビニで買ってきた冷たい緑茶をグラスに入れて出してくれた。


「ありがとうございます」


「――それで、メールで伺っていた件について、詳しく話して頂けますか?」


 わたしがお茶で喉を潤すのを見て、所長さんが本題を切り出すのと同時に、真弥さんはパソコンデスクに向かった。

 貢がSNSで悪意にさらされていること、それによって彼のプライバシーを侵害しようとする動きがあることを話すと、内田さんではなく真弥さんの方がわたしに質問してきた。


「その人って、彼氏でしょ?」


「……ええ、実はそうなの。だからわたし、何としても彼のこと守りたくて」


「なるほどね。それで、すでに容疑者っていうか、疑わしい人物っているんですか?」


「一応……。友だちが言うには、俳優の小坂リョウジさんが怪しいんじゃないか、って。でも、嫌がらせの投稿をしたアカウントは彼の公式のものじゃなくて、どうやら裏アカウントらしくて」


「まぁ、公式のアカで堂々とそんなことやるバカはいませんからねー。ちなみに、その人があなたや彼氏さんを逆恨みする理由って何か思い当たります?」


 CM共演を断ったことを話すと、真弥さんはデスクトップのPCで小坂さんに関するネット記事を検索し始めた。


「……小坂リョウジ、所属事務所の契約切られてますね。女グセの悪さに事務所も閉口へいこうしてて、我慢も限界だったってことでしょう。彼はそれをあなたのせいにしようとしてるんじゃないですかね。もしくはあなたという女性に固執してるとか。それで彼氏さんに逆恨みしてるのかも」


「それって……、ストーカー化してるってことですか?」


「そうとも言えるかな。オレの経験上、そういうヤツは強硬手段で直接攻撃に出ることが多い。もしかしたら、君や彼が危害を加えられる可能性もあるかもしれない」


「大丈夫です! そういう時はあたしかウッチーがとっちめてやりますから。こう見えてあたし、実戦空手の有段者なんで☆」


「はぁ……、それは頼もしいです」


 真弥さんは再びPCに向き直り、わたしに訊ねた。


「その発信元のアカ、分かりますか?」


「ええ。ちょっと待って……あ、これだ」


「じゃあ、ちょっとスマホ拝借しますね。このアカの持ち主を、IPアドレスから特定してみます」


 彼女はわたしのスマホをケーブルでPCに繋ぎ、勢いよくキーボードを叩き始めた。わたしもタイピングの速さには自信があるけれど、彼女のはそれ以上に速く、見事なブラインドタッチだ。相当パソコンに精通していないとこうはならない。


「……あの、真弥さんってどうしてあんなにPC使いこなせるんですか?」


「ああ、彼女はプロのハッカーなんだ。ホワイトハッカー」


「へぇ…………」


 ハッカーなんて、映画や小説の中だけの存在だと思っていた。まさか現実にいるなんて! でも、だからこそこの事務所は他でできないような調査ができるんだとわたしは納得した。


「――うん。やっぱ海外のサーバー使ってるね。正規の方法で辿れるのはここまでだけど……、あたしには裏技があるんだなぁこれが♪」


 彼女はニヤリと笑って、超高速タイピングで打ち込んだメールをどこかに送信した。その文面は英語、中国語、韓国語やインド語など何ヶ国語もあった。


「裏技……って?」


「真弥には、世界中にハッカーのお仲間がいるんだ。そのネットワークを駆使して、どこの国のサーバーが使われたのかを特定するってわけだよ。な、真弥?」


「正解♪ で、お返事のあった国が当たりってわけ。……よし、ビンゴ!」


 彼女のPCに来た返信メールの文面は中国語だった。


「……ってことは、中国のサーバーを使ったってこと?」


「ううん。確かにあたし、中国にもハッカー仲間がいるけど、正解はシンガポール」


「「シンガポール?」」


 思わずわたしと内田さんの声がハモった。


「そ。あの国は多国籍だし、中国からの移民も多いから。ネット関係はけっこう緩いんだよ。メールをくれたあたしのお仲間は、中国から移住してる人。――あー、やっぱりね。このアカが作られたのと同じ時期に、ある日本人男性がアクセスした履歴を見つけたって」


「誰ですか、それって」


「俳優の、小坂リョウジ。つーまーり、このアカは小坂リョウジの裏アカ確定ってこと」


「やっぱり……そうなんだ」


 調査結果はほぼわたしの予想どおりだったけれど、確定したことで小坂さんの狂気を見た気がしたわたしにはかんが走った。



「このデータはプリントアウトして、篠沢さんにお渡しします。これをこの後どう使われるかはあなたにお任せしますね。――で、調査料金についてなんですが」


 応接スペースに真弥さんが戻ってきたところで(といってもパソコンデスクはすぐ横にあったのだけれど)、内田さんからそう切り出された。


「ウチの事務所では他の調査会社と違って、ウチでの調査結果を依頼人に言い値で買い取ってもらうシステムになってるんですが……。最低ラインで二十万円になりますけど」


「わたしの言い値でいいんですね? じゃあ五十万円で」


「五十万……、いいんですか? けっこうな大金ですよ?」


「いいんです。これで大切な彼を守れるなら安いものですから。一応、百万円までは出せるように銀行で下ろしてきました」


 わたしは通学バッグから現金の入った封筒を取り出すと、そこから半分を引いてローテーブルの上に置いた。


「――五十万円、確かに受け取りました」


 貴女は銀行員さんですかと訊きたくなるほど見事な手さばきで現金を数えた真弥さんが、その場で領収書を記入して手渡してくれた。収入印紙がすでに貼られているあたり、そこはキッチリしている。


「これで我々の調査は終了となりますが、また何かあればご一報下さい。この件は事が事なんで。……一応、オレたちももらった五十万円分は仕事しないといけないし」


「分かりました。じゃあ、わたしからお願いというか、お二人に協力してもらいたいことがあるんですけど」


「「協力?」」


「ええ。小坂さんを罠にかけようと思って」


 ――こうして、わたしたち三人は貢に内緒の反撃作戦を開始したのだった。

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