――わたしとお母さまの共同作業で作ったハンバーグが食卓に並んだのは、夕方六時半だった。
フライパンで表面をこんがり焼いてからグリルでじっくり火を通すのが桐島家流で、そうすることで肉汁たっぷりのジューシーな仕上がりになるのだ。わたしも一つ勉強になった。
「――じゃあ、全員揃ったところで」
「「「「「いただきます!」」」」」
五人全員がダイニングテーブルに着いたところで、賑やかで楽しい夕食が始まった。
「うんめぇ~~! これ、マジでプロ級だって! 店に出しても問題ないレベル!」
調理師免許を持っていて、多分この家ではいちばん味覚が鋭いであろう悠さんがハンバーグの出来を絶賛した。
「このソース、マジうまいって。お袋腕上げた?」
「それ、わたしが作ったんです。お口に合ったみたいでよかった」
「えっ、そうなん!? 絢乃ちゃん天才じゃね!? なあ貢?」
「うん。――本当に美味しいです、絢乃さん」
「ありがと」
桐島家のみなさんが美味しい美味しいとゴハンを食べながら談笑している光景に交じっていると、わたしもこの家の家族になりたいと本気で思えた。たとえ貢が篠沢家に婿入りしたとしても、この家と親戚関係になることに変わりはないのだ。
「やっぱり、みんなでワイワイおしゃべりしながら食べるゴハンは美味しいですね。今日は来てよかった」
みなさんの笑顔を見られるだけで、わたしもお箸が進むのだった。
「――じゃあ俺、そろそろ絢乃さんを送っていくから。行きましょうか、絢乃さん」
夜七時半を過ぎ、朝から降っていた雨が小降りになってきた頃、貢がリビングのソファーから立ち上がった。食事の後は、部屋で先に休むと言った悠さん以外はご家族がリビングで思い思いに過ごしていたのだ。もちろんわたしも。
「うん。――今日は本当に楽しかったです。お邪魔しました」
「こちらこそ、今日は来て下さってありがとうございました。貢のこと、頼みますよ」
「またいつでも遊びに来て下さいね。一緒にまたお料理しましょ?」
「はい、ありがとうございます。悠さんにもよろしくお伝え下さい。じゃあ、失礼します」
わたしは桐島家のご両親にキチッと挨拶をして、貢と二人でお家を後にした。
* * * *
「――あー、楽しかったぁ♪ みなさんいいご家族だね、貢のお家」
帰る道中の車内で、わたしは彼のご実家やご家族のことを褒めちぎった。
「貴方はあのお家で、あんなに楽しいご家族に囲まれて育ったからこんなにまっすぐな人になれたんだろうなぁ、ってわたし思ったよ。いい家柄じゃない!」
「絢乃さん、褒めすぎです。ウチはごく一般的な家庭で、名家でもお金持ちでもないですよ?」
ご実家のことをあくまでも謙遜する貢に、わたしは思わず笑ってしまった。
「……何ですか?」
「ゴメン! わたしが言ってる〝家柄〟っていうのはそういうことじゃなくて、ご家族との関係とか家庭環境のことだよ」
「ああ……、そういうことですか」
「うん。そういう意味では、貴方は人柄も家柄も、わたしのお婿さんとして合格。あとは……貴方自身の気持ち次第だけど。……お母さまから聞いたよ。貴方が過去に、お付き合いしてた女性から裏切られて傷付いたって。それ以来、女性不信になってるって。……つらかったよね」
「…………。それで、絢乃さんは泣かれたんですね」
「どうして……」
「夕食の時、絢乃さんの目が少し赤くなっていたのが気になって」
「気づいてたんだ? じゃあ、それを踏まえたうえで貴方に訊くね。貴方は、わたしのことも信じられない? いつか裏切られるって思ってるの?」
わたしは質問しながら、そうじゃなければいいと信じたかった。彼はわたしのことは信頼してくれているはずだ、そうであってほしい、と。
だって、わたしと彼との間にはその時すでに、確かな信頼関係が築かれていたはずだから。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。あなたが純粋でまっすぐな女性だって、僕がいちばんよく知ってますから。そんなあなたが僕を裏切るはずないです。ですが……、やっぱり不安になるんです。一度生まれてしまったトラウマは、なかなか消えなくて――」
「わたし、貴方の過去なんて気にしない。過去なんて関係ないから」
彼の必死な言い分を、申し訳ないと思いながらもわたしは遮った。
「確かに、貴方は過去の恋愛でつらい思いをして、心に大きな傷を負ったのかもしれない。でもね、貢。わたしはこれからの貴方の笑顔を守りたいの。わたしが貴方のトラウマなんてなかったことにしてあげる。だから、わたしを信じて前を向いてほしい。一緒に前に進もう?」
……さて、言いたいことはすべて言った。あとは、彼がどうするかだ。わたしは返事を待つしかなかった。
「……はい。実は僕自身も、このままじゃいけないと思ってたんです。前にも申し上げたとおり、絢乃さんと結婚したいという気持ちはあるので、これから前向きに考えてみようと思います」
「よかった……。ありがと、貢! ちょっとお節介だったよね、ゴメン。貢に迷惑がられたらどうしようかと思って心配だったの」
「確かに、絢乃さんは時々お節介ですけど。僕はあなたのそういうところもキライじゃないですよ」
「えっ、ホント!?」
「というか、むしろ大好きです。絢乃さんのお節介は押しつけがましくないので」
「…………あ、そう」
お節介を「大好き」って言われても……。わたしはリアクションに困った。
「でも、本当に僕でいいんですね? 後悔しませんか?」
「うん。わたしは貴方だからいいの。あの夜、もし他の人に助けられたとしても、わたしはきっと別の形で貴方と恋に落ちてたはずだよ。わたし、貴方との出会いは運命だったって信じてるから」
「絢乃さん……、ありがとうございます。僕もそう信じたいです」
「うん、信じて!」
これでまた、彼との関係が少し前進した気がした。
「――ところで絢乃さん、修学旅行ってどちらまで行かれるんですか? 今月下旬でしたっけ?」
ホッとひと安心したところで、貢がまったく別の話題を持ち出した。
「うん。行き先は韓国だよ。二泊三日でソウルと
「えっ、そうなんですか? でもいいなぁ、韓国……。楽しんできて下さいね。僕のお土産のことは気になさらなくていいですから」
「うん♪ じゃあ写真いーっぱい送るから、楽しみにしててね」
わたしの気持ちはすでに、海の向こうでの楽しい修学旅行まで飛んでいたけれど。わたしたちの絆を試そうとする試練は二人の知らない間に水面下で動き始めていたのだった。