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繋がり合う気持ち ④

「――ところで、どこに行きますか?」


 わたしがシートベルトを締めたところで、彼が行き先を訊ねてきた。


「う~ん……、じゃあ久々にに行きたいな」


「分かりました。じゃあ、隅田川方面に向かいますね」


 そうしてシルバーのセダンは滑らかに走り出した。


「――そういえば、会社の往復以外にこうやって桐島さんのクルマでおでかけするの、久しぶりだよね」


 わたしは思い出したようにそう呟いた。というか、クルマが変わってからは初めてだった。

 父が亡くなる前には、貢が学校帰りのわたしを迎えに来てくれて、クルマであちこちへ連れ出してくれていたのに。忙しくなったからそれどころではないというのもあって、八王子から丸ノ内、丸ノ内から自由が丘のルートだけになってしまった。


「そうですね……。もう二ヶ月ぶりくらいになりますか? あれから僕と絢乃さんとの関係も変わってしまいましたからねぇ。僕もおいそれとお誘いすることがためらわれてしまって」


 彼はきっと、わたしと自分との関係が〝上司と部下〟の関係に変わったことを気にしていたんだと思う。


「わたしは別に何も変わってないよ? だから貴方も、自分の立場がどうとか気にする必要ないんだよ」


 彼が前日あんな行動に走ってしまったのも、自分で自分の気持ちを抑えてきた反動だったんじゃないだろうか。


「……はぁ」


「そういえば、桐島さんの私服姿見るの、今日で二回目だね。いつもそんな感じなの?」


 わたしは珍しくスーツ姿ではない(休日だから当たり前か)彼を、まじまじと眺めた。

 初めて彼の私服姿を見たのは、我が家で行われたクリスマスパーティーの時だったけれど、この日もその時と同じくピッタリとしたブラックデニムを穿き、襟付きのシャツとニットを合わせてダブルボタンの紺色のコートを合わせていた。


「ええまぁ、外出の時はだいたいそうですね。家ではスウェットとかけっこうラフな感じなんですけど。逆に兄は家でも外でもあまり変わらないですね。仕事へ行く時にもカジュアルスタイルですから。絢乃さんもご覧になったでしょう?」


「うん。カジュアルっていうか、ちょっとルーズな感じ? でも、出勤の時まであれって社会人としてどうなんだろう?」


 悠さんの服装はダボッとしたカーゴパンツと、トレーナーにダウンジャケットの組み合わせだった。わたしは別に、相手がどんな服装をしていようと何とも思わないけれど。周りの人たちからどう見られているのかは気になる。余計なお世話かもしれないけれど。


「飲食チェーンですし、制服があるから大丈夫なんじゃないですか。あれできちんとTPOはわきまえてるんですよ」


「へぇ……、そうなんだ」


 彼はお兄さまの話題になると、何だかご機嫌ナナメだった。……あれ、おかしいな。兄弟の仲はいいはずなのに。


「あのね、桐島さん。もしかして、お兄さまにヤキモチ焼いてる? だとしたらホントに心配いらないからね? お兄さま、彼女がいらっしゃるらしいから」


「彼女、いるんですか? ……何だよもう、兄貴のヤツ! 話してくれたっていいのに、水臭い!」


 そのせいで余計な心配しちまった、とか何とか独り言をブツブツ言い出し、わたしの顔を見るや「……すみません」と小さく謝った。


 姉妹ならきっと、お互いの恋愛の話をよくするだろうけど、兄弟だとそういう話はあまりしないんだろうか?

 でも、悠さんは貢の恋バナをよく聞かされていたはず。なのにご自身の恋愛については貢に話されないというのはどういうことだろう? ……まぁ、延々ノロケ話を聞かされても迷惑だろうけれど。



   * * * *



 ――タワーの天望デッキに着くと、休日のせいか前に行った時より人でごった返していた。時刻は夕方五時。ちょうど夕日が沈み始めた頃で、西側の窓辺はキレイな夕焼けの写真をSNSにアップすべくスマホをかざす女の子のグループやカップルたちでにぎわっていた。


「――ホントは、こんな人が大勢いるところで言うようなことじゃないと思うんだけど……。昨日はライン、返事返さなくてごめんなさい!」


 わたしは開口一番にそのことを彼に謝った。弁解ならその後にすればいい。まずは自分に非があったことを認めて詫びるべきだと思った。


「でもね、それにはちゃんと理由があるの。……最初のメッセージで返信しようとしたら、その後あんなこと書かれるんだもん。わたし、どう返していいか分かんなくなっちゃって。ただ、それは怒ってたわけじゃなくて、気が動転してたっていうか、パニクってたっていうか……。とにかく頭の中が真っ白になっちゃってて」


「そうだったんですか。僕はてっきり、絢乃さんがヘソを曲げちゃったんで返事を下さらないのかと思ってました。で、それからずっと自己嫌悪けんおに陥っていて、『もう顔も見たくない』、『声も聴きたくない』と言われてしまったらどうしようかと。なので、先ほどお電話を下さった時は驚きましたけど嬉しかったです」


 貢自身、気にしていたんだと分かり、わたしの中の迷いが消えた。自分の気持ちは、態度とかじゃなくてちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないんだと。


「わたし、男の人を好きになったの初めてだから、貴方の気持ちはちゃんと言葉にして伝えてくれないと分かんないよ。だからここで改めて聞かせてほしい。ちゃんと貴方の想い、言葉にして言ってくれないかな」


「はい、……えっ!? す、好き? って、僕をですか?」


「…………だからそう言ってる。わたし、初めて会った日から貴方のことが好き。好き好き好きっ!」


 途中からシャウトみたいになってしまい、言い終えた後にはゼイゼイと息を切らしていた。もっと可愛い告白のしかたもあったはずだけど、初めての告白だったわたしにそんなことを考えている余裕はなかった。


「……ありがとうございます、絢乃さん。じゃあ、僕もちゃんと言葉で伝えないと、あなたの気持ちにお応えできませんね。――僕も、絢乃さんのことが好きです。今までも恋愛はそれなりにしてきたはずですけど、それが全部絢乃さんに出会うためのせきだと思ってしまうくらいに好きなんです。僕と、お付き合いして頂けますか? 僕をあなたの彼氏にして下さい。お願いします」


「はい……、喜んで。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」


 わたしは彼と気持ちが繋がり合ったことを確かめると、そこが大勢の人の前だということもお構いなしに彼の胸に飛び込んだ。彼もためらうことなくそれを受け止めて、わたしをギュッと抱きしめてくれた。


 ――それが、わたしと貢の関係が〝ただの上司と部下〟から〝恋人同士〟に変わった瞬間だった。



「……ねえ、わたしたちの関係って、会社内では秘密にしてた方がいい……のかな?」


 そこでわたしはふと思った。職場恋愛自体は問題にならないと思うけれど、さすがに会長と秘書という間柄での恋愛関係となると、他の社員たちに示しがつかないんじゃないか、と。


「そうですよね……。僕は別に気にしなくていいと思いますけど、秘密の恋愛の方がスリルがあっていいと思います」


 彼は無邪気に笑いながら、楽しそうにそう言った。

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