――それから二時間半ほど、わたしたちはクリスマスの楽しいひと時を過ごした。
オープンサンドやパイシチュー、ローストビーフなどのごちそうに、里歩が差し入れてくれたフライドチキン、そしてわたしお手製のクリスマスケーキがテーブルに並び、BGMにはクリスマスソングが流れていた。
わたしがワイルドにフライドチキンを頬張る姿に貢は目を丸くしていたけれど、「おかげで自然体の絢乃さんが見られて親近感が湧きました」と彼は嬉しそうだった。
手作りのケーキは白いホイップでデコレーションしたイチゴショートで、実は香りづけ程度としてスポンジにリキュールを少し入れていた。父は甘いものがあまり得意ではなかったためだ。でも、娘であるわたしが作ったお菓子は喜んで食べてくれていた。
楽しみにしてくれていた父に、このケーキを美味しく食べてもらいたいという思いでこのひと手間を加えたのだった。
「――それでは、今からプレゼント交換を始めま~す☆ まずはわたしから」
わたしは用意していた三つの包みを、里歩・父・貢にそれぞれ一つずつ手渡していった。
「里歩にはこれ。寒い中部活に行く日もあるだろうから、マフラーと手袋ね」
「わぁ、ありがとー♡ 大事に使わせてもらうね♪」
「パパにはこれ。最近背中が痛そうだから、クッションにしたの」
「ありがとう、絢乃」
「そして、桐島さんにはこれ。……っていっても、包みの形でバレちゃってるだろうけど、ネクタイです。わたしのセンスで選んでみました」
実は、彼へのプレゼント選びにいちばん悩んだ。父への贈り物は何度か選んだことがあったし、親子なので好みも
「僕にまで? ありがとうございます。……これ、僕にはちょっと派手じゃないですか?」
包みを開いた彼は、赤いストライプ柄のネクタイに困惑していた。
「えっ、そうかなぁ? 濃い色のスーツに合わせたらステキだと思うけど」
彼はまだ若いし、イケメンなのだ。少しくらい派手なネクタイを締めたって十分似合うはずだと思った。
「そう……ですかね? ありがとうございます」
「んじゃ、次はあたしからね。絢乃、メリクリ~♪」
貢がネクタイを押し頂いたところで、里歩がわたしにプレゼントを手渡してくれた。
「っていうか、絢乃の分しか用意してなかったんだけどさ。開けてみ?」
「うん、ありがと。……わぁっ、〈Sコスメティックス〉のフェイスパウダーと口紅だ♡ しかもこの色、新色じゃない?」
「そうだよ。この色、アンタに似合いそうだなーと思って。ちなみにパウダーのコンパクトはこの季節限定のヤツなんだ」
里歩はボーイッシュに見えて、実は美意識が高いのだ。わたしへのプレゼントにコスメを選ぶなんて、そんな彼女らしい。
「絢乃さん、〈Sコスメティックス〉ってウチのグループにある化粧品メーカーですよね?」
「そう。価格帯が安いから、OLさんとか女子大生だけじゃなくて女子中高生にも人気あるみたい」
「へぇ……」
〈Sコスメティックス〉が創業されたのは、祖父が会長だった頃らしい。母も創業に一枚噛んでいたとかいなかったとか。
「……あの、僕は何も用意していないんですが……」
「ああ、私もなんだが」
女子二人のプレゼント交換を終えたところで、貢と父が申し訳なさそうに手を挙げた。
「いいよ、気にしないで。二人はこのパーティーに参加してくれただけで十分だから」
「そうですか? 何だか、招待されたのに手ぶらで来たのが申し訳なくて。……あ、そうだ。絢乃さん、後ほど少しお付き合いして頂けませんか? お見せしたいものがあるので」
「……えっ? うん、いいけど」
彼がわたしだけにそっと耳打ちしてきたので、わたしはドキッとした。そんなわたしたちの様子を、両親と史子さん、里歩の四人がニヤニヤしながら眺めていた。
――その後、わたしたちは部活の話題で盛り上がった。
里歩がバレー部のキャプテンで、花形ポジションのウィングスパイカーだと知ると、貢はしきりに感心してしまいにはセクハラまがいの発言まで飛び出した。わたしがその場でたしなめたけれど。
そして、彼はわたしと同じく帰宅部だったらしい。てっきり何か運動部に入っていたんだと思っていたわたしは、意外な事実に驚いた。
八時ごろに「疲れたから先に休む」と言った父を母が寝室へ連れていき、その三十分後に片づけを手伝ってくれた里歩が粉雪の舞う中を帰っていった。
そして、史子さんも他の家事をするためにリビングダイニングを出ていき、わたしと貢の二人だけになった。
「――あの、絢乃さん。僕もそろそろ失礼しようかと思ってるんですが、よかったら今から僕の新車、ご覧になりますか?」
「えっ?」
「先ほど、『お見せしたいものがある』と言ったでしょう?」
「あ……」
そう言われて、わたしはやっとピンときた。確かに彼は、プレゼント交換の時にそう言っていたけれど。「わたしに見せたいもの」というのは新車のことだったのだ。
「やっと納車されたので、今日乗ってきたんです。絢乃さんに真っ先にお披露目するとお約束していたもので」
「そういえば……、そうだったね。じゃあちょっと待ってて。部屋からコート取ってくるから」
外は雪が降っていて、タートルネックの赤いニットと深緑色のジャンパースカートだけでは寒いので、わたしは自分の部屋まで上着を取りに戻ろうとしたけれど。
「お嬢さま、上着をお持ち致しましたよ」
絶妙なタイミングで、史子さんがわたしお気に入りのダッフルコートを抱えてリビングへ戻ってきた。
「ありがとう、史子さん。じゃあ、ちょっと出てきます」
「今日はお世話になりました。楽しかったです。それじゃ、僕はこれで失礼致します」
わたしは彼女に手を振り、彼は丁寧にお礼を言って、カーポートへ向かったのだった。
「――これが僕の新車です」
「わぁ、カッコいい! これってけっこう高いヤツだよね?」
彼が披露してくれた新車は、〈L〉のシルバーカラーのセダンだった。ちゃんと4ドア仕様で、内装はぬくもりを感じる濃いワインレッドのシート。父の愛車も同じメーカーのだったけれど、色は紺色で型も少し古かった。
「はい。内装も、絢乃さんに乗って頂くことを考えてこの色を選びました。どうですか?」
「うん、すごくステキだし、乗り心地もよさそう。でも、どうしてわたしのためにそこまで?」
彼が新車をカスタムしたのは、わたしを乗せること前提だったように聞こえて、わたしは首を傾げた。
「実は……ですね、こうしたのは僕の異動先にも関係があって……。もう、絢乃さんには申し上げた方がいいかもしれませんね。僕の異動先というのは、人事部・秘書室なんです」
「秘書……?」
彼が覚悟を決めたように打ち明けたので、わたしは瞬いた。彼は父に死期が迫っていたことを知っていた。そして、父の後継者になるのはきっとわたしだということも。まさか父の死を予測してここまで準備していたわけではないだろうけど……。
「はい。こういう言い方は誤解を招きそうですが、お父さまの跡を継がれるのは十中八九あなたでしょう。僕は万が一そうなってしまった時のために、異動や新車購入を考えていたんです。あなたを支えるため、あなたのお力になるために」
彼は誠実に、この決断に至った経緯をわたしに話してくれた。きっと彼の中で葛藤もあったんだろう。この話をしたことで、わたしを傷付けてしまったらどうしよう、と。