――翌日の終礼後。教室で帰る支度をしながら前日の貢との話を里歩に聞かせると、彼女にこんな質問をされた。
「ねえ、アンタと桐島さんってもう付き合ってんじゃない?」
「付き合ってないない! お互いそれどころじゃないし、そもそもわたし、『付き合う』の定義が分かんないもん」
「そうかなぁ? じゃあさ、定義が分かってたら付き合ってるってこと?」
「それは…………」
わたしは詰まった。たとえ定義を知っていたとしても、付き合っているかどうかをわたし側だけで決めるわけにはいかない。
「桐島さんの方の気持ちが分かんないと、付き合ってるとは言い切れないんじゃない? かな、……多分」
苦し
「あたし思うんだけどさぁ、多分桐島さんもアンタのこと好きだね」
「えっ⁉」
「だってさぁ、大人の男が好きでもない女子高生と連絡取り合ったり、ドライブデートに連れ出したりする? ヘタしたらパパ活と間違われかねないのに」
「パパ活なんて、彼はまだそんな歳じゃないよ」
わたしは反論した後、論点がズレていることに気がついた。言い方こそ乱暴だけれど、里歩の言いたかったことは的を射ていた。
「そう……なのかなぁ」
もしそうならいいのになぁと思いつつ、そうじゃないと思っていた方がいいとも考えた。期待していたら、違った時のショックが大きいから。
「――あ、ところでさ。今年のイブなんだけど、お台場行きはやめてアンタの家でパーティーするってどう?」
「パーティーって、クリスマスパーティーのこと?」
「うん。ホームパーティーなら、絢乃もお父さんの心配しながら出かける必要ないし、お父さんも体調よければ参加してもらえるし。いいんじゃない?」
「なるほど……、ホームパーティーか。いいかも」
里歩の提案は、ナイスアイディアだとわたしも思った。どうして気づかなかったんだろう?
「みんなでケーキとかごちそう食べて、歌って、プレゼント交換とかやってさ。楽しそうじゃん? あたし、久々に絢乃の手作りケーキが食べたい♪」
「うん! じゃあ、久しぶりに腕ふるっちゃおうかな」
わたしは学校でどの教科も(体育だけは除いて)成績がよかったけれど、中でも家庭科の成績はピカイチだった。料理は得意中の得意で、趣味はスイーツ作りなのだ。それはもう、プロ級の腕前と言ってもいい。
「家に帰ったら、お父さんとお母さんにも話してみなよ。あたしの提案だって言っていいからさ」
「オッケー、分かった」
里歩のことは両親もよく知っていたし、この提案を却下される心配はなかったので、わたしも即答した。
「ところで、今日は王子さまの迎えはないわけ?」
「うん。彼も忙しいみたいだし、そうしょっちゅうは来てくれないよ」
その頃、貢は新しい部署へ異動するための残務処理やら何やらで忙しそうだった。それに、「王子さま」って何だ。彼は一般的な会社員なのに。……そりゃ、見た目は確かに〝王子さま〟っぽいけど。
「あっそ。じゃあまた明日ね。あたし、今日はこれから部活なんだ。キャプテンになったからもう忙しくてさ」
「うん、また明日ね。夜に連絡するよ」
わたしは部活に出るという里歩と別れて、一人で昇降口を出た。茗桜女子は、靴を履き替えない欧米スタイルなのだ。
* * * *
――その日の夕食の時間、わたしは両親に里歩から提案されたクリスマスパーティーの話をした。
「……あら、いいじゃない! やりましょう、クリスマスパーティー! ねえあなた?」
母はわたしの話を聞き終えるなり、乗り気になった。
「そうだな。お父さんも体調がよければ参加しよう。疲れたらすぐ部屋に戻るが、それでもよければな」
「それはもちろんだよ。パパの体調が第一だもん」
わたしも母も、父には無理をさせないつもりでいた。もちろん、提案してくれた里歩もそうだろう。
その頃の父はもう、抗ガン剤の中で最も強めの薬すら効果が出ないくらいに病状が悪化していて、後藤先生からも「年を越せるまで体力がもつかどうか分からない」と言われていた。歩くことさえままならず、移動は車イス。会社に顔を出すことも困難な状態になっていたのだ。
「そうだ、絢乃。クリスマスパーティーに一人、招待してほしい人物がいるんだが。篠沢商事の社員で、桐島という男だ」
「えっ、桐島さんを?」
父の口から彼の名前が飛び出すとは思ってもみなかったわたしは、動揺から思わず声が上ずった。
「なんだ、絢乃は桐島君と知り合いだったのか。――彼には会社で何度か助けてもらっていてな、礼をしたいと思っていたんだ」
「そうだったんだ……。うん、分かった。わたしから連絡してみるね」
「あら、よかったわねぇ絢乃。桐島くんのこと好きなんだものね?」
「えっ⁉ ママ、いつから気づいてたの……」
図星を衝かれてうろたえるわたしに、父も「やっぱりそうか」と頷いていた。母どころか、父にまで彼への気持ちがバレバレだったなんて……!
「…………実はそうなの。わたしね、生まれて初めての恋をして、その相手が桐島さんで」
これは愛読している恋愛小説から得た知識で、父親というのは娘の恋人がどんな男性でも気にいらないものらしい。だから、わたしも父に申し訳ないと思ったのだけれど。
「いいじゃないか、絢乃。彼が相手なら、お父さんは大賛成だ。きっと絢乃のことを大事にしてくれる、桐島君とはそういう男だ」
「そうね。ママも、彼が絢乃の彼氏になってくれるなら大歓迎だわ」
「あ……そうなんだ。でも、わたしたちまだ付き合ってるとかじゃ……」
両親が早とちりをしてそんなことを言っているんじゃないかと思い、わたしは慌てて否定したけれど。そこではたと気づいた。わたしと彼が交際を始める前に、父はこの世からいなくなってしまうかもしれないんだ、ということに。
「絢乃、次はいつ言えるか分からないから、今言っておく。――絶対に幸せになれ」
「あなた……」
遺言のように言った父に、母も涙ぐんでいた。今思えば、きっとこれが父の最後の望みだったんだ――。
「…………うん。パパ、ありがとね。じゃあ、クリスマスパーティーをやるってことで、里歩に連絡入れとくね。あと桐島さんにも、わたしからちゃんと伝えとくよ」
「ありがとう、絢乃。頼む」
「うん」
* * * *
――夕食後、自室に戻ったわたしはさっそく里歩にメッセージを送信した。
〈里歩、朗報だよ! クリスマスパーティー決行します!!
パパもママもすごく乗り気になってくれたよ♪
あと桐島さんも招待することになりました♡〉
〈よっしゃ、オッケー☆ じゃあイブの予定空けとく。
桐島さんも来るんだ? 絢乃、ドキドキだね……♡〉
〈うん、パパから頼まれたの。ついでに、わたしが彼に恋してることもバレてた(汗)〉
〈あれまあ〉
里歩からの「あれまあ」の後には、「それは困ったねー」と言っている可愛いペンギンのキャラクターのスタンプが押されていた。
〈別に困ってはいないよ。
というわけで、プレゼント交換もやるからねー♪ 何がもらえるか楽しみ♡
わたしもプレゼント、頑張って選ばないと!〉
里歩から「りょーかいしました!」のスタンプが返ってきたところでアプリを閉じ、彼には電話でイブのパーティーのことを伝えたのだった。
「――桐島さん、今大丈夫? あのね、イブなんだけど……」