そうして振り向いた先に。
「ちょっと、何事!?」
「あれが、アクジキジハンキ……」
揺らめく二つ結びの髪とおさげ。どう見ても真琴にはこの二人の女の子が瑠依と芽にしか見えなかった。
「なんで二人がいるんだよ!?」
「悪漢に拐われた真琴ちゃんを救うため、颯爽と登場したのだ!」
先程の動揺から一転、そう言って胸を張る瑠依。芽が隣で苦笑いを浮かべている。
真琴は溜め息を吐いた。瑠依は無駄に行動力があるのだ。芽は大方それに巻き込まれたといったところだろう。
「とにかく、あれがアクジキジハンキだってわかってるんならさっさと逃げるよ」
「はっはっはっ! ヒーローは颯爽と現れ、音もなく立ち去るのだ!!」
「お前滅茶苦茶五月蝿いけどな」
真琴は二人の手を取り、走る。瑠依は待ってましたとばかりに、芽は少々遅れ気味についてきた。
アクジキジハンキは他の連中を相手にしているのか、追ってくる様子はない。
しばらく走って、辺りを見回しながら、真琴はペースを緩めた。
ややあって、瑠依が紡ぐ。
「いやぁ、うちの
「それを知ってたんならなんで会おうとしたんだよ」
「むしろなんで知らないと思ったの?」
瑠依の発言に真琴が呆れる。芽がぽかんとしていた。
「と、土地神様……?」
「あー、ナツメグちゃんにはまだちゃんと説明してなかったねー。アクジキジハンキって、長年人間に認識されなかったここの土地神の成れの果て、なんだよ」
瑠依のどや顔に真琴は真顔に戻った。絶体絶命だったばかりだというのに、口が達者で、図太いというより外ないだろう。
芽は目を見開いていた。真琴は呆れる。
「あの神様は元々建てられていた祠も潰され、民に崇められることもなかったから、お賽銭に飢えてるんだよ」
「お釣がお賽銭ですか……」
「そういうこと」
人間より金にがめついところが助長され、どこかの誰かが「アクジキジハンキ」なんて名前をつけたものだから、力ある怪異と化してしまった、というのがアクジキジハンキの真相である。
振り返って、真琴は苦虫を噛む。……アクジキジハンキに名前をつけたどこかの誰かって、僕のじいちゃんなんだよね、と脳内で付け足す。
それからふと、手に伝わってくる振動に気づいて、真琴はそちらを見た。握っていた手の主——芽はがたがたと震えていた。
「……別に、瑠依に付き合う必要はなかったんだよ?」
「いえ」
一息吐くと、芽は真っ直ぐな目で真琴を見つめ返した。
「友達のピンチを助けないなんてあり得ません」
「友達……?」
友達認識するほど、芽と話した覚えは真琴にはないのだが……
「私のこと、ナツメグじゃなくて、ちゃんと名前で呼んでくれるから、それが嬉しくて」
「そんなこと、当たり前じゃん」
「当たり前なことが当たり前にできるからすごいんだよ。くっそイケメンだな、真琴ちゃん」
「お前に言われるとなんかむかつくんだが」
茶々を入れてきた瑠依に流し目をしようとした瞬間、ぞわりと鳥肌が立つのを真琴は感じた。
三人の目の前には、見覚えのある
——見間違えようもない。都市伝説に名高い「アクジキジハンキ」が威風堂々とそこに佇んでいた。
「……! 都市伝説は神出鬼没、やられた……!」
「自分の言葉に足元掬われるとかないわー……」
さすがの瑠依もおふざけを言う余裕はないらしい。芽がぎゅっと真琴の手を握りしめる。
そこに、涼やかな女性の声が舞い降りた。
裁定を下すように。
「トリックオアトリート」
……。
…………。
………………。
三人仲良く、思考停止した。
こいつは今、何と言った?
伝わっていないと判断したらしい女性が繰り返す。
「トリックオアトリート」
二回聞けば、さすがに実感が湧いてくる。が、確認せずにはいられない。
代表して真琴が問う。
「……今、なんて?」
「だから、トリックオアトリートと」
どうやら聞き間違いではなさそうだ。この自販機、ハロウィーンの合言葉を言った。間違いなく。
「ううむ? 確か、神無月の末日にはこう言って甘味をねだるものだと
「……怪異に何教えてんだ、じいちゃん……」
がっくり肩を落とす真琴。あー、と苦笑する瑠依。芽がきょとんとして聞く。
「まことって、真琴くんのことじゃないんですか?」
「うん、僕の名前、じいちゃんから音だけもらったやつだから」
「ちなみに私の瑠依って名前もおじいちゃんの名前が由来なのだ!」
「! そこの男児は実の孫ですか」
「はい」
真琴が頷くと、少し考えてから、アクジキジハンキが説明した。
「さっきはつい本業をやってしまいましたが、毎年神無月の末日は『お菓子くれないと食べちゃうぞ』で楽しませていただいているんです。すると皆さん多種多様な甘味をくれるので、この日ばかりは人を食わないことにしているのです。あなたたちが何か甘味をくれるのであれば、先程食べた者たちを元に戻しましょう」
「さっすがアクジキジハンキ! 話が早いね」
「でも、僕たち甘味なんて……」
「あっ、私、今日給食で出たカボチャプリン持ってます」
「なんでだよ」
カボチャプリンと言われて、そういえば今日はハロウィーンだったという実感が急に湧く。
芽が恥ずかしそうに、ランドセルからカボチャプリンのカップを出す。
「カボチャプリン美味しいので……家で食べようと思ったんです……とてつもなく情けない顔になるらしいので、家で一人きりのときに食べようと……」
「まあ、うちの学校給食のデザート、やたら美味しいからね。わかるけど」
「何はともあれナツメグちゃんナイス!」
「ぷりん、ぷりんと言いましたか!?」
アクジキジハンキがやたら食いついてくる。アクジキジハンキだけに……?
「ぷりんは甘味の中の甘味、至高の品です。それに南瓜ですと? はたまた面妖な。けれど、冬至南瓜で南瓜の甘味との相性は立証されています。ぷりんと合わさったら……嗚呼、想像しただけで涎が出そうです……!」
涎が出る自販機などないだろうが。
「むっ、カボチャプリンを知らないのはアクジキジハンキさん
わけのわからない熱意と熱意のぶつかり合い。置いてきぼりの真琴と瑠依は遠い目をした。
「……これ、本当にアクジキジハンキ?」
「じいちゃんの名前知ってる自販機の姿をした怪異なんて他にいないだろうからたぶんそうなんだよ」
そして芽よ、先程までのアクジキジハンキへの恐怖はどこへ行った?
「では、怪異姿になりますので、口に放り込んでくださいませ」
「え、カップごとですか? スプーン持ってきたんで、せっかくですから、一口ずつじっくり味わって食べませんか?」
スプーンも持ち帰っている芽にツッコむ者は、この場にはいなかった。
「アクジキジハンキ、楽しそうで何よりだなぁ」
「僕たちの子孫が絡むなんて、感慨深いね、球磨川くん」
「本当だね、香久山くん」
遥か彼方でそんな会話がされたとか云々。