「そういえば、あなたの名前は何というのですか?」
私は少年に訊ねる。すると少年は実という名前だと言った。「実る」と書いて「まこと」と読む。……つくづく私は植物関連の名前に縁があるらしい。
「実、あなたは何故私を都市伝説にするんです?」
「んー? 面白いからだよ。人間はね、夏にはちょっとの
「夏に?」
「そう。夏は暑いからね」
夏が暑いと何故怪談が楽しいのか、と私が疑問に思っていると、実は訥々と説明してくれた。
「最近の猛暑はシロクマも悲鳴を上げるくらいだからね。人間は納涼を好む。冷たいものを食べたり飲んだりって嗜好もあるけれど、人間はね、これでいてわりと怖いもの知らずで怖いものが好きなんだ。本当の恐ろしさなんて遭ってみないと本当にはわからないからね」
実は楽しげに「『風鳴さん』と『手押し車のおばあさん』は経験済みだよ」と語った。実は本当に怪談が好きらしい。
よく見たら、数年前にトラックに轢かれそうになっていた子どもにそっくりだ……
そういえば実は顔色も悪いが、纏う気も悪い。やはり、怪奇に入れ込みすぎているのだろうか。
「私なんかに関わって、闇を深くしますよ」
「いいんだよ、別に」
飲み物を開けて、実は一口飲む。そのラベルには、「メロンコーラ」と書いてある。味は美味いかどうかさっぱりわからない。
「うっわ、まっず!」
苦笑する実に、私は少々申し訳ない気持ちになった。メロンコーラははずれだったらしい。味の検証も今度からすべきだろうか。
そう口にしたところ、実はまじまじと私を見つめ、それからからからと笑った。
「別にいいんじゃない? アポカリプスな品揃えの方が人間は怖いもの見たさで来ると思うし」
「でも、どうせ買うなら美味しい方がいいでしょう?」
ちっちっちっ、と実は人差し指を立てて横に振る。
「たまにははずれに当たって痛い目を見る方が人間の教訓になるでしょう」
「ふむ……」
「ま、僕は学ばないんだけどね。また来るよ、アクジキジハンキさま」
実は懲りないタイプの人間であるらしい。都市伝説相手に「また来る」とは。まあ、それくらいでなきゃ、私のようなものに名前をつけるなんて突飛なことは思いつかないだろう。
少し、微笑ましかった。
実が来たのは、その翌日であった。早いというか。今回は友人だろうか、二人連れている。実と同じく顔色の悪い人物と、鶯の眼が特徴的な男の子だった。
「へぇ、確かにこんなところに自販機なんてなかったねぇ」
顔色の悪い髪の長い少年が言う。鶯の目の子はきょとんとしていた。
「え? なかったの?」
「うん」
「だから言ったじゃない。最近現れた怪奇だって」
なんだ、この二人にはもう私のことを話しているのか。
私は思わずわきわきしてしまった。これから三人分飲み物が買われるのか、と思うと。
実は二人に示して言う。
「僕のおすすめはずばり、メロンコーラだね!」
おい、こないだ思い切りまずいと言っていたものを友人に勧めるとは、なかなかの悪である。
「えっ、じゃあ、僕メロンコーラにする!」
鶯の子の純粋さが眩しい。
「僕は、申し訳ないけど、オレンジジュースを飲むよ」
同じ雰囲気を纏う少年は実に慣れているのだろう。無難なところを選んだ。
どうやら私が真似たオレンジジュースは今や幻と言われるものらしく、一般に人気商品らしい。
「じゃあ、僕もオレンジジュースにしようかな」
「え? 球磨川くん、おすすめって君が言ったんでしょ? メロンコーラ飲むんでしょ?」
「か、香久山くん……」
実が顔色の悪い香久山? という少年の言に笑みをひきつらせる。腹黒い戦いが繰り広げられているのがわかった。
鶯の子がこてんと首を傾げる。
「実くんは飲まないの?」
純真無垢な瞳には抗いがたいものがあった。実も悟ったのだろう。諦めが完全に顔の全面を覆い尽くした状態で「飲むよ」と告げた。人間風に言うなら「ドンマイ」というやつだろうか。
最初に実が私にお金を入れ、メロンコーラを死んだ目で購入する。……そんなにまずいのだろうか。
と、私はお釣を飲み込んだ。
「お釣、いただきますね」
私が声を出すと、香久山は感嘆の声をこぼし、鶯の子は目を丸くした。
「お釣を食べる都市伝説なんだ。なかなかトリッキーだろ?」
ああ、こんな風にして私は広まっていくのだな、と私は思った。
その後、香久山と鶯の子からもお釣をいただいて、私はそこそこの充足感が出る。
鶯の目をした子は、どうやら何年か前にこの街に来たばかりで、この街のことを調べたいらしい。殊勝なことだと思う。
学生には宿題というものがあるらしく、それを片付けるため、と鶯色の目の子は帰っていった。
そこで実が口を開く。
「そういえばさ、アクジキジハンキさまは、お釣がないときはどうするの?」
香久山がえっ、という顔をするのをよそに、実は普通に私に話しかけてきた。省エネと思ってだんまりを通そうと思ったが、無理らしい。
香久山は見た目通り、実と同じ部類の人間らしく、喋ると思われる怪異の私に好奇心を多分に含んだ目を向けてきた。……期待されても困るのだが、子どもの好奇心に満ち満ちた目というのは、どうしてこうも抗いがたいものなのか。
仕方なく、私は喋ることにした。私を覗き込む香久山に向かって、ばっさりと。
「喰います」
「……え」
「喰います」
大切なことは二度言うべきだと昔誰かがどこかで言ったらしい。というわけで、私は二度言った。
とても大切なことだ。
「お金をくれない心の狭い人は喰います。もちろん、私は人喰いではありません。食べるのはその人の『悪いもの』。まあ、死なない程度に喰うのはセーフでしょう」
私が説明を終えると、実はただでさえよくない顔色を更に悪くして、ぼそっと呟いた。
「今、アクジキジハンキさまがすごい怖い」
それはそれは。
「怪異として光栄なことです」
一日二日で馴染みすぎでしょ、と実が突っ込んできたのは余談だ。
それから数日して、鶯の子が友人らしき子どもを連れてきた。ちなみに鶯の子は相楽と言い、人間で言うところのイケメンに属するであろう顔をしている子どもは蓮というらしい。
やはり私は、植物由来のゆうな名前に縁があるらしい。
蓮は私の行動に怯え、飲み物を買ってはくれなかったが、それから数日、良い獲物を連れてきてくれた。
世間知らずなお嬢様、虎の威を借る狐、暴力少女、悪親等々。
私は悪いものをたんまり食べて元気いっぱいだ。自販機の見た目を少し弄ったりして、今日も都市伝説生活を楽しんでいる。