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 それを聞いてしまうのか、と私は思った。全て知っている風な口を聞いてしまったのが失策だったか。いや、まあ、全て知っているのは確かだからいいのだが。

「知りたいですか? それ」

 まだ十つほどの少年に過酷すぎやしないだろうか、と味わった真実を思い出しながら少年に問う。

 少年は神妙な面持ちをしていた。その顔でちら、と咲々を見る。本来なら、村八分である咲々のせいにしておきたいのだろう。だが、好奇心もあるようで、彼は葛藤していた。

「……知りたい」

 しばらくの間をもって、少年はきっぱり言った。

「母ちゃんは自慢の母ちゃんだった。それが突然、米泥棒なんていうとんだ理不尽で殺されたんだ。納得いくはずないだろう!?」

 叫んだ少年の言葉に、私は嗚呼、と声をこぼした。これだからこの少年は私の姿が見えるのだ。

 この誰かを人身御供にするような荒んだ村で育ちながら、澄んだ目を持って私たちの姿を捉えるのだ。

 母を殺すような父を持った子が、よくもまあ、こんな純粋さを失わずに育ったものだ、と私は少し遠い目をした。

「私はそもそも、悪いものを食べる神なのです。土地に悪影響をもたらす川の水やら、時には人の悪意やら。悪いものならなんでも食べます」

「……悪いものを食べるって、悪食だね」

 悪食とは失礼な。私は神だ。節度くらい弁えている。

 というのはさておき、ちょっと長い前置きを進める。

「私はあの日のことをちゃぁんと覚えておりますよ。私が初めて悪いものを食べた日のことですからね。祈られたからではありませんよ? 祈りも何も、意味がないから食べたんです。

 私は神様ですから、悪意のように形のないものも食べることができます。神様の前では形のあるなしは関係ないのです。正確に言うと、私の前では形あるものに変換されて目に映ります。

 あの日、私が見て、食べた悪意は、黒い靄のような形をしていました。殺意ともいうのでしたか。その残留です。そうしたら、すぐにわかってしまったんですよ。その靄と同じ殺意を抱いている人が、犯人なんですから」

「御託はいいよ」

「ええ、御託はこのくらいにしておきます。ただ、一度だけ問います。あなたはこれを知っても後悔しませんか?」

「はあ……」

 後悔ってなんだよ、と少年は口の中でぶつくさと呟いた。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。後悔するかどうかなんて事が起こる前ではわからないものなのだ。

 やがて、少年は頷く。その瞳に迷いはない。迷いのない瞳が、私の中にずんと痛みをもたらした。

 私は深く息を吸って、全ての口を動かして、異口同音でこう答えた。

「あなたの父親です」

 そのとき、時間は凍りついたようになり、咲々は現実を直視できないとでも言うように俯き加減になった。咲々は何も悪くないのに。

 私は、言ったことに後悔はなかった。これで、長い間溜め込んできたのだ。咲々が理不尽に殺されたことを知っていたから。少年は母が理不尽に殺された、と語っていたが、私の中では咲々こそが最も理不尽に殺されていた。

 だから少し、語気は荒かったかもしれない。少年に罪はないことはわかっているが、やはり、許せるようなことではなかった。

 と、様々な感情を飲み下しながら待っているのだが、少年からは何の反応もない。少年を見ると、彼は呆然としていた。無理もないだろう。とんでもない真実を目の前に突き付けられたのだから。

 母殺しの父を持つと告げられたのだから。その心の傷は如何程か。察して余りあるだろう。

「そんな……」

 やっとのことで少年が出したのは、そんな吐息のようなか細い声だった。

「ひどい話もあったものです」

 私は他人事のようにそう締めくくる。まあ、他人事なのだが。少年を哀れむ心がないわけではない。ただ、私の優先順位としては、少年より咲々の方が上であるわけで。

 それに、少年は清らかな心を持っている。私が心配しなくとも、この困難一つくらいは易々と乗り越えていけるだろう。それくらいには。

 何せあの腹黒い人殺しに育てられた上で、私が見えるほどの清い目を持ち合わせているのだから。清らかさ……否、元々持つ力に関してはそう簡単に失われることはないだろう。

 少年はぽろぽろと涙をその両目からこぼした。

「そんな、父ちゃんが、なんでそんなこと」

「優秀だった奥方への妬み嫉みが原因だったようですね。人間はすぐに憎んでいけない」

「……そんなことまでわかるの?」

「そりゃ、神様ですから」

 神様とは全知全能というわけではないが、専門の分野になれば長けた知識を持っている。

 私の場合、悪意なんかは食べれば直感的にどのような感情から生まれたかもわかる。

「……母ちゃんは、そんなに優秀な人だったの?」

 ああ、そういえば幼かったのだから、この子は母を知らないのか。

「そうですよ。自他共に厳しい人でありました。生きていたならきっと、良妻賢母になり得たでしょう。惜しまれることです」

「いい人、だったんだ……」

「ええ、少なくとも、私から見れば」

 人間から見てどうだったか、というのは神様である私には断定できない。ただ、彼女の死を惜しむ人は多かったから、きっと心象は悪くなかったはずだ。

「……そんないい人をなんで父ちゃん、殺しちゃったんだろう……」

「考えたらきりがありませんよ。人間の悪意というのは、それこそ息をするように生まれるものなのですから、理由なんていちいち考えていたら、頭がこんがらがってしまいます。

 あと、場合によってはあなたも殺されかねませんから、今聞いたことは胸に秘めておいてくださいね」

 人間とは不思議な生き物で、子どもを愛おしむと思ったら、不都合があれば簡単に殺してしまったり、奴隷のように扱ったり、と不確定で不安定な部分がある。せっかく私を見つけてくれた子どもが殺されるのは忍びない。

 少年は神妙な面持ちをしたものの、すぐにわかった、と頷いた。物分かりがよくていい。

「あなたがすべきことは、私の存在を広めることです。天に祈るより、身近な土地神に祈った方が早いことは多いですからね」

 というか、祈りを叶える速さとしては、土地神の方が確実に速い。これだけは間違いない。

 ただ一つ、私が気がかりだとすれば……

「あまり、こういう容姿だというのは広めないでいただけると嬉しいです」

「……ははっ、神様でも見た目を気にするんだな」

 少年に笑われてしまった。

 だが、仕方のないことだ。人間は大抵、げてものを好まない。

 故に土地神がへどろまみれの口まみれ、というのは、あまり心象によくないと思うのだった。



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