ちなみにだが、球磨川の従兄はアクジキジハンキに喰われて以来、めっきり反抗を起こさなくなったという。親への過剰な反抗心という悪いものを喰われたのだろう。おかげで球磨川の従兄宅は今では平穏になっているという。
アクジキジハンキに悪いものを喰われるのも一概に悪いことではないのだ。
蓮はこうして、レポートをいくらか書き足し、無事に仕上げた。
「ありがとね、球磨川くん」
「いえいえー。やっぱり名付け親だからね、それなりの情があるわけよ。八月一日くんが興味を持ってくれただけですごく嬉しい」
じゃあまた夏休み明けにねー、と球磨川と別れた。
少し賑やかだったのが静まる。裕がちゅう、とストローで麦茶を吸う音が響いた。
「なんだかんだ、球磨川もいいやつだよな」
「裕?」
鉄面皮な裕にしては珍しく、顔には悔しさが表れていた。そんな裕に蓮は首を傾げる。裕は少し溜め息を吐いて告げた。
「お前、相当落ち込んでたからさ。俺じゃ上手い言葉かけられなくて。でも、球磨川はあっさりお前を復活させて、幼なじみなのに情けないやら悔しいやら……」
感情を露にする裕は珍しかった。険しい顔つきになる彼の頬を、蓮は人差し指でふに、とつついた。
「何すゆんらよ」
「今度は裕が悩んでどうするのさ」
蓮が微笑む。
裕が幼なじみとして蓮に何もできないなんて、とんだ勘違いだ。
「裕は僕を戻すために、わざと球磨川くんと二人にさせてくれたんだろ? そんな気回しができるだけで、充分裕は僕の力になってるよ」
「……そうか」
少しだけ裕の鉄面皮が緩んだのを、蓮は見逃さなかった。
蓮のレポートは次の通りにまとまった。
アクジキジハンキについて
アクジキジハンキとはつい最近この街に現れた都市伝説で、自販機の姿をしており、お釣があると食べてしまうという怪異である。
☆都市伝説とは
ぽっと出で全国的に広まった「メリーさんの電話」や「口裂け女」などの有名な怪談のことを呼ぶ場合もあるが、地域に根差した怪奇現象もその「都市」の「伝説」ということで都市伝説と呼ばれることがある。
・アクジキジハンキとはどんな都市伝説か?
アクジキジハンキは見た目は自販機で、多種多様な品揃えをしている。昨今では自販機の販売価格が高騰する中、百円から百五十円という破格の値段で飲み物を売っている自販機である。
自販機としてのラインナップは独特で、普通のスポーツドリンクから、今や幻と言われる缶のオレンジジュース、イチゴミルクのペットボトル、果てにはキウイ豆乳ミルクなど謎の飲み物が販売されている。
この自販機が怪異として特徴的なのは、飲み物を買った後に聞こえる「お釣、いただきますね」という女声。一概に特徴は何かと問われると返答に困る特徴のない女声だが、機械を通したような音声である。
そのまま放置していると、お釣が落ちて来ず、自販機にお釣を食べられてしまうと考えられる。
・お釣がないときはどうなるか?
釣り銭がないようにぴったりの金額で買うと、女声が今度は「お釣、くれないんですか」という。どうやらアクジキジハンキはお釣に執着を持っているらしいことがわかる。
・お釣をあげないとどうなるか?
お釣をあげないと、喰われます。
具体的に言うと、アクジキジハンキはそのときだけ姿と空間を変え、文字通り食べる。その姿は黒くどろどろしたへどろの塊に口がたくさんついていたり、大きな口がついていたりする。
その時々によって口の数を変えている模様。丸飲みするときは大きな口が一つついている。
目や鼻、耳などは見受けられない。
・空間について
アクジキジハンキが怪異としての正体を現したときには、辺りの景色が白黒になる。その空間の中では外より時間の流れが遅いらしく、その空間から出るとかなりの時間が経過している。
また、夜中にアクジキジハンキに遭った際はこの空間というのが現れないらしい。夜中で丑三つ時が近いのが怪異であるため、関係しているのかもしれない。
・アクジキジハンキは何故お釣を食べるのか?
アクジキジハンキはかつては神であったと考えられ、神だった時代にお賽銭をもらえなかったことが原因と考えられる。
・アクジキジハンキにはどういうときに食べられてしまうのか?
基本的にはお釣をくれる人は食べない。
お釣をくれない人を食べる。
また、アクジキジハンキは神だったと考えられるので、失礼な態度を取る(例えば無遠慮に叩いたり、蹴ったりする)と喰われる。
・アクジキジハンキは人食いではないのか?
アクジキジハンキが怪異姿で人を丸飲みしたり、咀嚼したりしていても、実際にその人を食べているわけではなく、その人の悪いものを食べたり、不敬な態度のお仕置きに骨やら何やらを食べているだけ。
アクジキジハンキに喰われても唾液などはつかないし、血も流れない。
アクジキジハンキという名前になったから、人食いにならずに済んだという説もある。
・アクジキジハンキは元々神様だった?
アクジキジハンキが出現する坂の辺りには昔、小さなお社があって、そこに神様がいたという伝承が僅かながらに残っている。
そこにいた神様は、お賽銭を置いて拝むと悪いものを食べて、幸運をもたらしてくれるという言い伝えがあったらしい。
神様時代の伝承を振り返ると、現在のアクジキジハンキの性質に反映されている部分があるように感じる。もしかしたら、神様時代の能力を引き継いでいるのかもしれない。
といった感じだ。
「そういえば、アクジキジハンキはアクジキジハンキになってから前より知名度が上がったって言ってたような」
「ああ、僕が色々広めてるからね」
球磨川がスマホを弄り、とある画面を蓮たちに見せる。そこには「怪奇譚の集い」と黒字に赤いおどろおどろしい書体の文字で書かれたページが表示されていた。
「僕が愛用しているサイト。結構色んなとこのローカルな都市伝説の情報が集まっている掲示板なんだ」
球磨川がリンクをクリックして、ページをスクロールすると、やはり、赤いおどろおどろしい書体で「みんなの掲示板(みんなって誰だろうね)」と書かれていた。ブラックジョークみたいなものなのだろうが、人間以外も書き込んでいるみたいなことを示唆しているようで、ちょっと鳥肌が立った。
球磨川は使い慣れているからか、けろっとした顔で、「こういう見出しだから、都市伝説になりすました人たちが時々書き込んでくるんだよねぇ」と言っていて、蓮と裕は二人して球磨川を二度見した。
都市伝説になりすますって……物好きがいるものだなぁ、と思うと同時、世界が広いことを実感するのだった。
「面白いよ。最初に現れたのはメリーさんだったかな。確かね、『私、メリーさん。貴方の後ろに書き込みするの』ってつきまとい事案」
「うわぁ」
アクジキジハンキという怪異を受け入れた少年たちは、こうして面白おかしく日々を過ごしていく。