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「じゃあ、さ」

 蓮は恐る恐る口を開いた。

「じゃあ、球磨川くんは悪いもの……佐伯さんたちも喰われてしまえばいいって、思ったの?」

 答えは間髪入れなかった。

「もちろん」

 当然のような答えが返ってきた。

 真顔で言ってから、球磨川はにやりと笑って続ける。

「僕も大概だろ?」

 狂っている、と言いたいのだろうか、薄情だと言いたいのだろうか。球磨川はそんな自分すら、喰らってほしいのかもしれない。

「悪いもの……今回佐伯さんたちが喰われたのは仕方がないことだし、因果応報ってやつだと思うよ。君は止められる立場にいたから、罪悪感に苛まれているかもしれないけどね、これでよかった面だってあることを忘れないでほしいな」

「だとしたら、次に僕が喰われてしまえばいい」

「そういう自棄な考え方は感心しないね」

「別に感心してほしいわけじゃないよ」

「わかっているとも」

 裕のベッドにぼふん、と遠慮の欠片もなく倒れ込んで、球磨川は言った。

「ただ、君は佐伯さんたちとは違うし、アクジキジハンキという元神様のことを知ろうとしてくれている。その姿勢だけは変えないでほしいなって、僕は思うよ」

「でも、人を死なせたり、人生を狂わせたりするのは間違ってる!」

 仰向けに寝転がった球磨川が苦笑する。

「それを自分の責任だと思うところが、君のいいところであり、悪いところだよ」

「悪い?」

「ああ。怪異が引き起こしたことを自分のせいだと思うのは、お化けトンネルに連れていった友人が気狂いを起こしてしまったのを自分の責任だと思うのと一緒さ。自分の管理不足で友達が幽霊に惑わされてしまった! なんて、君は思うのかい?」

「……」

 肝試しで痛い目を見て、それに罪を感じるか、と言われると、そこは微妙なところだ。

 肝試しをするというのはみんなが同意して行うことだ。責任は同意した全員にある。

 要するに、球磨川は一人で背負い込むな、と言いたいのだ。

「それに今回の件、八月一日くんが悪いのだとしたら、回り回って僕も悪いことになる。何せ、アクジキジハンキを見つけてみんなに広めた張本人だからね」

「そんなことは」

「ないっていうなら、自責の念に駆られるのも程々にしておきなよ」

 考え込みすぎていたらしい、というのがほんのりだが蓮もわかってきた。

「それで、僕に自由研究を続けてほしいその心は?」

「もちろん、僕の知的好奇心さ」

 ……胸を張って言うようなことではないと思うが。

 球磨川らしいといえば球磨川らしい。

「それに、あの神様を知ってくれる人が多い方がいい。僕はアクジキジハンキを広めて、この淀んだ街を変えたいのさ」

「結構壮大なことを計画しているんだね」

「僕はいい人面がしたいわけじゃないけどね」

 球磨川はこれで信心深い方らしい。蔑ろにされている神様が放っておけなかったのだろう。

 見た目は不気味だが、球磨川も悪いやつではなかったのである。


「さて、改めて情報交換といこうか」

「おい球磨川、何勝手に人のベッドに寝てんだ」

 裕が麦茶を三人分持って入ってくる。球磨川を睨みながら、真ん中の小さい卓袱台にお盆を置いた。

 球磨川は悪びれた様子もなく、あははと笑って起き上がり、ベッドから降りる。

「八坂くん随分ふかふかなベッドで寝ているねぇ、羨ましい」

「布団は大体ふかふかだろうが」

「手入れが行き届いてるってことだよ」

「あ、褒めてたの」

「むしろ褒め言葉以外の何に聞こえたのさ」

 球磨川がけらけらと笑う。その間に、裕がさりげなく、蓮の頭をぽんぽんと撫でた。しかし、球磨川が目敏く見つけ、仲良しだねぇ、と微笑ましく言う。仲良しだが、何か、と裕が言い返すのに思わず笑ってしまった。


 蓮は球磨川にレポートを見せた。


 アクジキジハンキについて


 アクジキジハンキとはつい最近この街に現れた都市伝説で、自販機の姿をしており、お釣があると食べてしまうという怪異である。

☆都市伝説とは

 ぽっと出で全国的に広まった「メリーさんの電話」や「口裂け女」などの有名な怪談のことを呼ぶ場合もあるが、地域に根差した怪奇現象もその「都市」の「伝説」ということで都市伝説と呼ばれることがある。

・アクジキジハンキとはどんな都市伝説か?

 アクジキジハンキは見た目は自販機で、多種多様な品揃えをしている。昨今では自販機の販売価格が高騰する中、百円から百五十円という破格の値段で飲み物を売っている自販機である。

 自販機としてのラインナップは独特で、普通のスポーツドリンクから、今や幻と言われる缶のオレンジジュース、イチゴミルクのペットボトル、果てにはキウイ豆乳ミルクなど謎の飲み物が販売されている。

 この自販機が怪異として特徴的なのは、飲み物を買った後に聞こえる「お釣、いただきますね」という女声。一概に特徴は何かと問われると返答に困る特徴のない女声だが、機械を通したような音声である。

 そのまま放置していると、お釣が落ちて来ず、自販機にお釣を食べられてしまうと考えられる。

・お釣がないときはどうなるか?

 釣り銭がないようにぴったりの金額で買うと、女声が今度は「お釣、くれないんですか」という。どうやらアクジキジハンキはお釣に執着を持っているらしいことがわかる。

・お釣をあげないとどうなるか?

 お釣をあげないと、喰われます。

 具体的に言うと、アクジキジハンキはそのときだけ姿と空間を変え、文字通り食べる。その姿は黒くどろどろしたへどろの塊に口がたくさんついていたり、大きな口がついていたりする。

 その時々によって口の数を変えている模様。丸飲みするときは大きな口が一つついている。

 目や鼻、耳などは見受けられない。

・空間について

 アクジキジハンキが怪異としての正体を現したときには、辺りの景色が白黒になる。その空間の中では外より時間の流れが遅いらしく、その空間から出るとかなりの時間が経過している。

・アクジキジハンキは何故お釣を食べるのか?

 アクジキジハンキはかつては神であったと考えられ、神だった時代にお賽銭をもらえなかったことが原因と考えられる。

・アクジキジハンキにはどういうときに食べられてしまうのか?

 基本的にはお釣をくれる人は食べない。

 お釣をくれない人を食べる。

 また、アクジキジハンキは神だったと考えられるので、失礼な態度を取る(例えば無遠慮に叩いたり、蹴ったりする)と喰われる。

・アクジキジハンキは人食いではないのか?

 アクジキジハンキが怪異姿で人を丸飲みしたり、咀嚼したりしていても、実際にその人を食べているわけではなく、その人の悪いものを食べたり、不敬な態度のお仕置きに骨やら何やらを食べているだけ。

 アクジキジハンキに喰われても唾液などはつかないし、血も流れない。

 アクジキジハンキという名前になったから、人食いにならずに済んだという説もある。


 蓮がレポートにまとめたのはこんなところだ。ふむふむ、と球磨川が関心を示す。

「空間についての点とか面白そうだね。僕も白黒空間は行ってみたいな」

「えぇ……」

 さすが球磨川。物好きである。何度もあの空間で喰われる瞬間を見てきた身としては、もう見たくない場面であるが。

「僕の知らない情報が圧倒的に多いね。これがさっき失われるところだったと考えるとぞっとするよ」

 いや、それは球磨川が知りたかっただけだろう。



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