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「つまりはお釣を食べちゃう怪異なんですか」

「んー、場合によっては悪縁とかも食べてくれる、悪食な自販機だよ」

「へぇ……」

 相楽もこういう風に説明してくれたらよかったのになあ、と思いながら、蓮は塞に説明する。ちょっと慎重になりながら。塞は元々味方側の人間だ。アクジキジハンキに食べられてしまうのは嫌だと思った。故に正しい知識を身につけてほしかった。

 塞はとても聞き分けがよく、蓮がここ数日で調べ上げたアクジキジハンキに関することをすんなりと信じてくれた。目の前で見たから、というのが大きいかもしれないが。

 申し訳なさそうな表情をしながら、塞はこくりとオレンジジュースを飲む。短時間の簡単な説明だったが、この暑さでは結露ができるのもあっという間だった。

「本当なら教えたアクジキジハンキの怪異を譲るべきなんだろうけど、ちょっとアクジキジハンキは譲れないなあ」

「いいですよ。僕は僕で探しますって」

 代わりに、と蓮は滝行であった水からこちらを見上げる女の顔という話を教えた。塞は怖がっていたが、最終的に有難く受け取っていった。


 そんな七月三十一日にとんでもないことが起こったと知ったのはその翌日——ちょうど蓮の苗字と同じ、八月一日のことだった。

 まず入ってきたのは、佐伯の訃報だった。

 佐伯はあれ以来ずっと入院していたらしい。しかし、四十四物語が佳境を迎える頃合いに、息を引き取ったらしい。ショック死だったそうだ。

 死ぬ直前まで、悪夢にでも魘されていたのか、「ごめんなさい、ごめんなさい、わたくし、わたくし……」と泣いていたそうだ。

 それから夜中の頃、佐藤嗣浩が自殺したという。遺書が残されていて、「父ちゃん、母ちゃんごめんなさい。俺はいじめをしていました。その罪は死んでも詫びきれない」と書かれていたらしい。葉松の派閥であった彼の遺書は葉松のそれによく似ていた。

 それに、吉祥寺。アクジキジハンキに喰われたことで片足が使い物にならなくなり、切断という形になったそうだが、足を失ったショックからか錯乱し、狂乱の果てに家の二階から飛び降りたらしい。打ち所が悪かったらしく、死亡。

 更に茂木。何を思ったのか、彼女も首吊り死体で発見されたらしい。部屋には机に丁寧に置かれた遺書。その遺書はローカルニュースをかっさらった。

「お父さん、お母さんへ

 私は今まで間違っていました。その間違いをこの命であがなうために私は命を絶つのです。

 私は元々少々気性の荒い人間でした。女版のガキ大将みたいにクラスメイトには思われていたんじゃないでしょうか。まあ、そんなことを実際に聞くような性分ではありませんでしたから、クラスメイトの本心は私にはわかりません。

 けれど、振り返ると、とても心象がいいとは言えないようなことばかりをしていた気がするのです。

 有り体に言ってしまえば、いじめです。

 お父さんとお母さんがご存知かわかりませんが、私たちの学年には小学校の頃からいじめが巣食っていました。男子は六年生のときに亡くなった葉松隆治くんを筆頭に、女子は佐伯瑠璃花お嬢様を筆頭に。私は佐伯お嬢様と一緒になって、陰湿ないじめと暴力と脅しのようなこともしていましたね。

 名前は伏せますが、私のいじめのせいで別クラスになったり、保健室登校になったり、苦労をかけました。

 他にも、私はいじめにより、とんでもないことを仕出かしてしまったのです。そのことを今、ここに告白します。

 何年か前——小学四年生のときでしょうか。電車事故で亡くなった子がいたことを覚えていますか? 彼のことも、私はいじめていたのです。

 最初は転校生という物珍しさからでした。ですが、それで許されていいということはありません。あの頃傲慢だった私は、いじめに反発してくる彼を生意気だと罵り、暴力を与えました。

 直接的な原因になったかはわかりませんが、あの日、あの子が死んだ要因の中には、もしかしたら、私のいじめも入っているのかもしれません。

 これまで私は、たかがいじめくらいで人が死ぬものか、と思っていました。今は……何故でしょうね、頭の中が洗われたようにすっきりとして、そしてはっきりと、自分が悪かったのだと思えるのです。

 あの子にも、それから、未だにいじめに悩む子たちにも、私は申し訳なく思うのです。そして一人の死を招いたことを後悔し、懺悔の代わりになるかどうかはわかりませんが、こうして、命を絶つ所存に至ったわけでございます。

 命の償いは命で——私一人の命くらいでは足りないのでしょうが、まず一つ、私の命を捧げてみようと考えました。

 親を置いていく不孝をお許しください。


 私がいじめてきた方々へ

 ごめんなさい。




 茂木冴」

 あの茂木が、丁寧な文章でもって、謝罪を残していたのだ。どういう心変わりがあったの——を蓮は知っている。あれは心変わりではなく、矯正、といった方が近いのかもしれない。

 茂木が遺書の中で述べている「頭の中が洗われたようにすっきりとして」というのはおそらく、アクジキジハンキに悪いものとして、人をいじめる「悪い心」を喰われたからなのだろう。

 この遺書がきっかけにいじめ問題について、様々な方面から追及していくというのが、ローカルニュースの主な話題となった。

 ニュースで騒ぐのは別にかまわないのだが、実際問題——自分たちのクラスで改善が見られなければ、こんな遺書なんて何の意味も持たないのだ。

 クラスメイトたちがどうこの状況を受け止めるか、がこの遺書が示す実質的な問題である。

「はあ……」

 憂鬱な中、喪服代わりに制服に袖を通した。夏だから、あの馬鹿みたいに暑い学ランを着る必要はないが、何が悲しくて、学校でもないのに制服を着なければならないのだろう、と思う。

 それはクラスメイトが一気に四人も死んだからである。これから四日間、これを続けなければならない。

 クラスメイトだったんだから、葬式にくらい顔を出してあげなさい、という母の言は一般的な倫理観としては正しい。だが、あの茂木、あの佐伯、あの吉祥寺、あの嗣浩である。いじめっ子たちに同情することなど、とてもできなかった。

 参列した者の中には、やはりクラスメイトも何人かいた。今回の四人が一斉に死んだことを不思議がる者、何を今更、と思う者、ただ悲しむ者……様々だった。

 これが大体、アクジキジハンキの引き起こした事件であることを知る蓮は、悩んでいた。

 夏休みの自由研究のために始めたアクジキジハンキの調査。

 それがまさか、こんなことになるなんて……



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