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「百物語、ね……」

 特に意味もなく、机をとん、とつついて蓮は呟いた。

 百物語——別名四十四物語しとしのものがたりはこの学年で行われている呪いの儀式のようなものである。

 毎年、七月三十一日に行われる、小学四年生のときに亡くなった度会夏彦を悼むための儀式であり、度会夏彦の復讐のための儀式である。

 六年生の夏にガキ大将葉松が自殺したのも、実はこれが原因だ。

 度会は復讐を望んだ。自分をいじめた者は当然のこと「傍観者たち」まで。

 いじめに対して何も行動を起こさなかった傍観者たちを含め、復讐するために、蓮たちは度会と共にこの儀式を行っている。度会が満足するまでそうすることになっている。

 四十四物語のあらましはこんな感じだ。——生きているクラスメイトたちで毎年、七月三十一日——度会の命日——に百物語を開催する。集まった四十余人が話し終えると最後、いないはずのもう一人、度会夏彦が降臨して、いじめっ子や傍観者たちを彼らが語った怪異に巻き込ませるというもの。

 いじめっ子でも傍観者でもない十数名は、この儀式を小学五年生のときから続けている。葉松が死んだのは小学六年生のときの四十四物語を終えてからだ。

 度会をいじめていた首魁である葉松には、地獄のような痛み、苦しみを与え、四十四物語の真意と真実を突き付けていた。度会もガキ大将と呼ばれるのをいいことに傍若無人に振る舞い続ける葉松のことはかなり許せなかったらしい。

 小学五年生のときの最初の四十四物語では、その復讐心というのが痛いほどに露になっていた。痛い、許して、もうやめて、という葉松に度会は容赦など一切しなかった。「痛いって言って君はやめてくれた?」「許してって言って許してくれた?」「やめてって言ってやめてくれた?」——度会の容赦ない問いに応じて、葉松を「死なない程度に」痛めつける怪異は恐ろしく、不気味だった。

 そんな怪異と度会の攻撃に葉松は二年で音を上げた。そのとき、いじめ対抗チーム——星川ほしかわ辺りがそう名付けた僕らはなんとなく空虚を覚えた。いじめっ子で傍若無人で人を困らせ続けていた厄介者がこんな程度のものだったのか、と。

 人にやられて嫌なことはするなとはまさしくこのことだ。クラスメイトが死んだのだから、悲しむべきなのだろうが、不謹慎だと思いながら心のどこかで葉松を嘲笑っていた。あんなに偉ぶっていたくせに、と。

 葉松がいなくなると、男子陣のいじめは嘘のようになくなった。葉松の取り巻きだった佐藤コンビや佐々木、稲生などが掌を返したようにいい人ぶるようになって、いじめ対抗チーム一同は呆れたものだ。結局、取り巻き個人個人には何の力もなくて、葉松の暴力に怯えて取り巻いていただけなのだ、という事実に。葉松たちにいじめられていた星川は安堵していたから、それだけでもよかったということになるのだろう。

 全く、無責任な話である。星川は暴力や脅しがなくなったから安心しているが、星川が葉松や取り巻きにされてきたいじめはなかったことにはならない。謝罪の一つくらいしろよ、と思ったが、当の取り巻きたちは素知らぬ顔。もう葉松がいなくなったんだから、関係ないとまで思っているのだろう。醜い罪の擦り付けだ。葉松は死んでいるから反論のしようもない。

 クラスメイトの中でも正義感の強い女の子で星川をよく気にかけていた霜城しもぎ乃愛のあは果敢にも取り巻きたちに向かい「このはくんに謝るです!」と責め立てていたが、相手はのらりくらりとかわして、結局、星川に対する謝罪はないままだ。

 無論、度会に関しても。

 首魁であった葉松が死んだのだから自分たちは関係ない。あるいは被害者とまで思っているのかもしれない。葉松が怖くて従わざるを得なかった、などと主張するかもしれない。面白がっていたくせに……本当に醜いものである。

 当然、そんな対応に度会が満足するわけがない。度会は女子からもいじめを受けていたのだが、直接的な死因に関わったのは、葉松一派の暴力である。話に聞くと、暴力をはたらいたのは葉松だけであるようだが、脇で持て囃したり、恐喝したりしていた取り巻きたちがいたという情報もあった。それに屈しなかったからこそ、度会は暴力に晒され、電車事故に遭うこととなったわけである。取り巻きたちに責任が全くないと言えるだろうか?

 少なくとも、度会はまだ許していないのだ。参加者となるはずの佐伯、吉祥寺、茂木の現状がどうあれ、今年も四十四物語は続けられるだろう。もう、「四十四」ではないが。

「あれは、度会くんを救うための百物語だからね」

 救う……見ようによっては、ただの虐殺にしか見えないかもしれないが。

 いじめっ子と傍観者の惨殺風景が救いになるのか、正直断定しかねるが、胸の透く思いは蓮たちにもあった。

「因果応報って、瑠色くんやまこくんなら言うだろうね。私たちはこうやって、あの百物語が正しいのか、悩み、苦悩し続ける。これが他人を不幸に陥れる代償だとしたら、陥れる側の私たちはちゃんと受け止めなきゃ駄目だよね」

 美濃が前を向いて発言する。事実、美濃の言う通りだろう。あの百物語の道を選んだのは自分たちだ。いつが最後になるかわからないが、最後まで見届けなくてはならない。

「今年も話は用意してあるの?」

「もちろん」

「言わずもがな」

 オカルト部部員二人のさすがな答えに蓮は苦笑いを浮かべた。蓮も新しい怪談を用意しなければならない一人だ。

 いじめっ子と傍観者たちには催眠がかけられていて、毎年同じ話をして、その怪異に襲われるという悪夢を見るようになっている。ただ、催眠をかけられていない、いじめ対抗チーム一同は毎年違う話をしなければならない。それは時が進んでいることを証明するためだ。度会の復讐が進んでいることの。

「……僕は、アクジキジハンキにしようかな」

「いいんじゃない? 最近頻繁に遭ってるんでしょ? 聞きたいなぁ」

 美濃がきらきらした目で蓮を見る。無言だが、四月一日も同様だ。これはアクジキジハンキのことを話さないわけにはいかないようだ。

 蓮は苦笑しつつ、わかった、と頷いた。

 それからふと思い出した問いを口に乗せる。

「そういえば、この辺の土地神様の話とか知らない?」

 そう、アクジキジハンキは元々は神。この土地に根づいていた神という線が濃厚だ。が、オカルト部員二人は首を横に振った。

「オカルト部はあくまで怪奇を取り扱っているからね。神様とか神聖なものとはご縁がないのだよ」

「でも、祟り神とかなら、瑠色くんやまこくんが知ってるんじゃないかな。あと、尚ちゃん」

「それに妹尾姉妹もそういうの調べてるって聞いたよ」

 情報源が少しだが広がった。妹尾姉妹──双子で霊感を持つ悠とシスコン気味なしずくは小学五年生のときに転校してきたクラスメイトだ。付き合いが浅いため、穿ったことは知らないが、霊感のある悠は都市伝説が何かとあるこの街に興味があるらしく、調べているらしい。そんな悠を守るためと称して雫も一緒に調べているのだろう。目に浮かぶ。

「是非とも悠さんには入部いただきたいものだ」

「雫ちゃんという難関があるでしょ。無理強いはしない。無理強いはいじめと似たようなものなんだから」

 美濃の言葉が重々しく響く。美濃がいじめられっ子であるからこそだろう。

 蓮はそろそろ潮時かな、と三時に向かう時計を見て、二人に礼を言う。

「えっ、もう帰っちゃうの?」

「僕は部活してるわけじゃないし」

「だったら入ってくれよ八月一日くん」

「無理強いは駄目だって」

 四月一日が美濃にたしなめられるのを微笑ましく見守る。美濃が顔をこちらに向け、こてんと首を傾げる。

「まだ外かんかん照りだよ? 炎天下の中帰るのはちょっときついんじゃない? 別に夕方までいてもいいんだよ?」

「そんなことしたら根っこが生えちゃうよ」

 蓮は状態半分で笑った。図書室のクーラーは天国のような涼しさを与えてくれるが、いつまでも浸っていては帰る気が失せてしまう。

「じゃあ、またね」

 そう言って図書室の出口へと向かい、ふと足を止めた。カレンダーが目に留まったのだ。

 今日は七月三十日。

 つまり、百物語は明日なのだと今気づいた。



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