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アクジキジハンキ
九JACK
ホラー怪談
2024年07月24日
公開日
150,260文字
完結
人通りの少ない坂道にぽつんとある自販機。品揃えが変わっていて、見る者の好奇心をそそるその自販機には、ある秘密があった。



「お釣、いただきますね」



そんな女声の声を聞いたなら、貴方はどうする?



これはお釣を求める不思議な「アクジキジハンキ」の物語。

 中学二年生、夏休みの課題。

 それを前に八月一日ほづみれんは悩んでいた。

 夏休みの自由研究をどうしようか、と。

 蓮はあるときから夏休みになると気落ちするようになっていた。きっかけは同級生が目の前で死んだのを見たから。蓮は真面目ではあるが、夏になるとどうも、その亡くした同級生のことが思い出されて、勉強にも身が入らなくなる。

 ただ、やはり蓮は堅実派であるため、夏休みの宿題は七月のうちに終わらせておきたい質だった。証拠に、自由研究以外の課題は既に片付いている。

「……自由研究か……」

 自由というのが蓮にとってネックだった。何かテーマを決められていれば、蓮は恙無く勉強を進めることができる。それが自由研究と来たもんだ。……ただでさえやる気の出ない夏に。

 はあ、と自室で溜め息を吐き、畳の上にごろんと転がる。近所で寺をやっている友人の八坂やさかゆうと交友が深いこともあり、蓮はフローリングやカーペットより、畳の和室を好んでいた。藺草の匂いが胸に心地よい。しかし、名案は一向に浮かばない。

 そんなとき、蓮が卓袱台に置いていた携帯電話が震える。寝転んだばかりで多少の倦怠感があったが、蓮は起き上がり、電話を手にする。着信は珍しい人物からだった。

 みぎわ相楽さがらと表示されている。小学四年生からの付き合いのクラスメイトだ。

 蓮は倦怠感を振り払うように首を横に振ってから、電話に出た。

「はい」

「蓮くん、こんにちは、相楽だよ」

「うん、こんにちは」

 相楽は四年生のときに転校してきた変わった色の瞳を持つ人懐こい性格の人物だ。あまり交友を深くした覚えは蓮にはないのだが、相楽はいつの間にか、蓮のことを下の名前で呼ぶようになった。

「今日、暇かな?」

 相楽の朗らかな声が問いかけてくる。暇かと言われると自由研究という宿題のことが脳裏をよぎる。だが、いざ机に向かっても題材が決まらないというのが何時間も続いているため、そろそろ不毛を感じてきたところだ。蓮は一息置くと、「暇だ」と返した。

「じゃあさ、公園で遊ばない? 夏休みだよ? いっぱい遊ばなきゃ損だよ!」

 相楽の楽天的な考え方は呆れもするが、今の蓮にとっては救いのような気がした。それに気紛れな相楽が自分を選んだというのは少なからず嬉しかった。

「じゃあ、公園に集合か?」

「うん、じゃあまたね」

 元気な相楽の声がぷつりと切れる。ツーツーツーという電子音を三回ほど聞いてから、蓮は通話終了ボタンを押し、重い腰を上げた。

 持ち物は……携帯電話と財布くらいでいいか、と軽い身支度をして外に出る。外は真夏の炎天下だったが、どこか清々しいような心地がして、少し晴れた気分で蓮は公園へ歩き出した。

 快晴とは雲が空の一割までしかない状態のことを気象観測的観点から言うらしいが、今日は一般人的に言うと今日は雲は空を三割ほど覆っているが、快晴と言いたいくらいの爽やかな青空だった。

 まあ、暑いことに変わりないのだが、少し風が吹くと爽やかな心地になり、蓮は目を瞑る。隣にいる存在の影響もあるだろう。

「いいお天気だね。やっぱりこういう日はお散歩日和だよ!」

 蓮を呼び出した相楽は空と大差ないような鶯色の瞳をにっこり微笑ませて告げる。子どもらしい解釈だと思う。ちなみに瞳は変わった色をしているが、相楽は日本人だ。先祖に外国人がいるそうだ。

 相楽とは小学四年生からの付き合いであるが、なんとなく彼の性質というのがわかってきた。基本、楽天家なのだ。それに付け加え、中学に上がってから相楽には爽やかさが追加された。爽やかさの定義は何かわからないが、晴れ渡った夏の空に彼はとてもよく映える。

 何故蓮を散歩のパートナーに選んだのかはいまいちわからないが。人当たりのいい彼は小学四年生の途中から転校してきたにも拘らず、自分たちのクラスの二大巨頭の洗礼を受けずに済んだ。正確に言うと、洗礼——いじめを受けていたのだが、信じられないくらいの楽天思考で両者のいじめをスルーしたのだ。

 相楽は尊敬できるがある意味恐ろしい、と蓮は思う。これは知らないうちに他者に不幸を与えるかもしれない、と心のどこかで予感していた。

「蓮くん、どうしたのさ? なんか、深刻な顔しちゃって」

「え? ああ、なんでもないよ」

 まさか相楽のことを考えていたとは言えない。まあ、相楽のことを考えていようが、蓮の勝手だし、相楽はそれを悪くは思わないだろうが……蓮は、相楽の性格がいつか誰かに悪い作用をもたらす、という考えを本人に伝えないことにした。こんなのは、自分の想像にすぎず、本当にそうなるかなんてわからないではないか。

「ところでなんで急に僕を散歩なんかに誘ったの? 相楽なら他にも友達いっぱいじゃん」

「んー?」

 相楽はその性格から一癖二癖もあるクラスメイトの多くから好かれていたし、先輩からは可愛がられ(普通の意味で)、後輩からは尊敬された。故に散歩の駄弁り相手には事欠かないはずである。何故あまり接点のない自分を選んだのか、蓮には疑問だった。

「あー、実はね、僕は僕で自由研究をしているっていうか。毎日違う人と町中を歩いて、その人には町がどう見えてるのかなーって。だから帰りに今日の散歩の感想もらうよ」

「はあ……結構突飛なことを思いつくんだな、相楽って」

 自分が消化できていない「自由研究」という言葉を出されて、蓮は少し悔しかったが、相楽の語った自由研究の内容はとても蓮には思いつかないようなものだった。きっとそれは、蓮は生まれた頃からこの町にいて、相楽は途中から引っ越してきたという違いがあるからだろう。十三年も過ごしていれば、町の大抵のことはわかってしまって、興味とか好奇心とかは湧かなくなる。そうなると、相楽が羨ましかった。

「いいな、自由研究の課題が見つかって。僕なんか全然。そういうのでもいいんだ」

「そうだよ。だって、『自由』研究だよ? お題が自由であってこそじゃない」

「まあ、そうだね」

 蓮が十三年は歩いた町を相楽は知りたいと興味を抱いたのだ。

五月七日つゆりさんとか面白かったよ。夏になると人が多くて困るわって」

「いや、尚架なおかさんは、絶対違う意味だぞ」

 五月七日尚架はクラスメイトの一人で霊感が強いことで有名だ。そんな人物が「人が多くて困る」というのは……おそらく、普通でないものまで見ているからだろう。けれど相楽はそれを怖がる様子もなく、うきうきと話を続ける。

「その後に山川くんと一緒になったとき楽しかったなぁ」

「おいこら、二人の人物を一纏めにして呼ぶんじゃない」

 確かに、クラスメイトに山川と呼ばれる人物はいる。だが、それは「山川コンビ」と呼ばれる二人組だ。

 あはは、ごめんごめん、と笑う相楽が話を続ける。

「それで、この町の色んな都市伝説とか聞かせてもらって、今度は五月七日さんも一緒に巡りたいね、なんて話した」

「やめろよ。本物が出たらどうするんだ」

「出るからいいんじゃないって香久山かぐやまくんが」

「うわ、言いそう……」

 香久山かぐやま瑠色るい。クラスメイトにして山川コンビの一人だ。もう一人の球磨川くまがわまこと共々、オカルト好きで名を馳せている。

 おまけにあの二人は霊感はないものの、霊やら都市伝説やらを呼び寄せる邪法を知っているとかで、蓮の友人、裕は少し頭を悩ませている。裕の家は寺であるため、あまりそういう邪法で霊を呼び出すとか、蘇らせるとかは推奨できないのだ。しかも、山川コンビの場合は面白半分が大半だ。そういうのが特にいただけないというのは、裕と幼なじみである蓮もよく知っている。

「まあ、香久山と球磨川の言うことも冗談半分なんだろうけどさ。なんかあの二人がオカルトの話すると冗談に思えないんだよな……」

「あはは。でもあれも個性じゃない?」

 個性の一言で済ませられてしまう相楽を少しだけ尊敬する。あれを個性というなら、自分たちのクラスは個性だらけの連中だ。

「で、今日蓮くんに来てもらったわけだけど……本当はね、ちょっと元気づけたいなって」

「元気?」

「うん、ほら……蓮くんこの時期になると落ち込むじゃん」

 言われて、蓮ははは、と軽く笑った。相楽は思ったより人をちゃんと見ているらしい。

 蓮はそう、この時期になると気分が暗くなってくる。それはかつて、この季節に目の前で同級生を亡くしたからである。故に、夏になるたび思い出しては悔やむのだ。

 それは命日が近づくほどひどくなる。それを相楽は短い付き合いながらに察してくれていたのだ。

「なんか、ありがとう」

「ううん、僕も悪いことしちゃったしね」

 その死んだクラスメイトと入れ替わりに転校してきたため、当初、クラスメイトが死んだことを知らず、机に供えられた花を「いじめはだめだよ」と言ってしまったのだ。知らなかったこととはいえ、真実を知った今、相楽はそれを悔いているらしい。

「みんなのこと知らない分、もっとちゃんと知って、仲良くなれたらなって思ってるんだ」

「なんか、相楽らしいな」

 蓮がそう評すると、相楽は照れたようにこめかみを掻いた。

 そうかな、と照れくさそうな彼は、話を逸らすためか、近くにあった自販機に目を向ける。

「あっ、自販機あるよ。何か飲み物買わない? 熱中症に注意しなくちゃだし」

「ああ、そうだな」

 蓮はふと首を傾げた。こんなところに自販機なんてあっただろうか。人通りの少ない坂道に。……まあ、あるものはあるとしか言い様がないが。

 見てみると、ラインナップが変わっていた。スポーツドリンクがあるのは不思議ではないとして、イチゴミルクのペットボトルなんかが置いてある。あんな甘ったるい飲み物を500mlボトルで飲み干すやつなんているのだろうか、と思った。他にも、今や幻と言われる破格の値段のオレンジジュースやら何やら、珍しいもの揃いだ。その道のマニアが見たら泣いて喜びそうだな、と思いながら見ていると、相楽が「決まったから先に買うね」とコインを投入する。端数がなかったのだろうか。破格の値段の自販機に対し、二百円を投入していた。

 それで相楽は「キウイ豆乳ミルク」なる謎のドリンクを購入した。キウイなのか豆乳なのかミルクなのかはっきりしてほしい。何故それを選んだのか聞くと、相楽は爽やかに笑って「見たことなかったから」と至極あっさり答えてみせた。

 蓮には「相楽は冒険家」という情報が追加される中、一つ不審に思った。釣銭がなかなか落ちてこないな、と思ったのだ。まあ、他人のお金だからいいか、と思いかけたそのとき。

「お釣、いただきますね」

 そんな声が、した。たまに自販機にある機能だ。喋る自販機。都会なんかによくあると聞いていたが、まさかこんな片田舎にあるとは……ではなく。

 今、自販機の声はなんと言った?

 蓮が疑念を抱く中、ボトルのキャップを捻った相楽はあっさりこう返した。

「いいですよー」

「えぇっ!?」

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