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街を駆けるラパン
朱宮あめ
ミステリー警察・探偵
2024年07月24日
公開日
30,021文字
完結

 赤い瞳を持つ黒ウサギを見つけたときは、よく目を凝らすべきだ。

 それが敵なのか味方なのか、はたまたそのどちらでもないのか、きちんと見定めなくてはならない。

 黒ウサギが微笑んでいるのか、それとも嘲笑っているのか……。

 もしも影が嘲笑っているのなら、追いつかれる前に必死に逃げた方がいい。
 その赤い瞳にとらわれてしまったら、もうおしまいなのだから。

 黒ウサギは、可愛い草食動物などではない。愛でるべきものでもない。それは、笑顔で誰かの血肉を貪り喰らう、冷酷で獰猛な獣なのだ。

 みなさん、街中で美しい瞳の黒ウサギを見かけたら、くれぐれも気を付けて……。

第1話

 四角く切り取られた画面上に、赤い瞳の小さな黒ウサギがいる。黒ウサギは狭い真四角の部屋の中を行ったり来たり、ときおり毛繕いをしたりしていた。

 この黒ウサギは、スマートフォン向けSNSアプリ『HAKONIWA』のアバターである。

 このアプリでは、アカウントを作成すれば自分のアバターを自由に作ることができ、同じアプリを使用する日本中の人たちとコミュニケーションをとることができるのだ。

『HAKONIWA』上で黒ウサギを名乗るその人物は、くるぶしまである黒のロングパーカーワンピースを着て、ソファに寝そべっていた。パーカーのフードには、画面の黒ウサギと同じふわふわのうさ耳がついている。

 アプリ画面とよく似た真四角の空間を支配するのは、大音量で流れるラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』。

 音楽に紛れて、ピコン、という機械音がした。見ると、黒ウサギの元に一件のメッセージが届いていた。

『ミカワさんにフォローされました』

 細く長い指先が、通知をタップする。画面が切り替わり、泣き顔のピエロのアバターが現れた。すぐに新たなメッセージが届く。

『あなたが噂の黒ウサギさんですか?』

 その問いかけに、黒ウサギは『いかにも』と、短く答える。

 会話は続いた。

『実は、お願いがあるんです』

 その文字を見て、黒ウサギはにんまりと口角を上げて笑った。

 数度のやり取りを終えると、泣き顔のピエロは退室した。

 それまで画面上でくつろいでいた黒ウサギの耳が、ぴんと立った。赤い瞳が怪しげにすうっと細められる。

『さぁ、ショータイムの始まりだ』

 黒ウサギは、部屋の隅にあったカラフルなおもちゃ箱を漁り、真っ赤なボウリングボールを取り出した。黒ウサギの赤い瞳によく似た、深い色をしている。まるで、動脈から抜いたばかりの鮮血のような。

 黒ウサギは、まんまるの手でボウリングボールを掴み、かまえる。

 画面上には、『LADY』の文字。

 黒ウサギは、持っていたボールを素早くスライドさせた。

『COROCOROCORO……』

 黒ウサギの手から離れたボールは、画面上をまっすぐに滑り、やがて……。

『BAN!!』

 ビィーッというけたたましいアラーム音とともに、画面上に真っ赤な文字が浮かび上がった。

『おめでとう! ジャックに成功したよ!』

 黒ウサギは赤い瞳を嬉しそうに細めて、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。

 直後アラーム音は消え、画面は真っ暗になった。

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