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第8話 好条件

(昨日は押せたのに――)


 私は悠一ゆういちの家の前で、弱気な自分と格闘していた。

 なかなかインターホンを押す踏ん切りがつかない。


 昨日は迷う暇すらなかった。

 今日も、「告白する」と決めて来たのだから、いけるだろうと思っていたら。

 そこまで逃げ腰だったとは。


(美沙と約束したんだから。今日告白するって。こんなことで日和っててどうする!)


 自分自身に喝を入れる。


(大丈夫。大丈夫――)


 大丈夫だと自分に言い聞かせて、押す。

 今日もまた十数秒の間が空いたあと、悠一の声が聞こえる。


『どうした? 昨日、忘れ物でもしたか?』

「違う。他の用事」

『家まで来るってことは、何かあったのか……?』

「そこまでではないのだけど……。とにかく入れて」

『そうか。鍵なら開いているから……』


 私は自分を鼓舞して、家の中に足を踏み入れる。


 玄関で見かけたのは思いも寄らないものだった。


(えっ……。どういうこと……)


 玄関で見かけた靴は、どう考えても悠一のものとは思えなくて――



「あっ! もしかして、悠一の彼女さんかな……? 悠一もやるねぇ」


 声の主は、階段から降りてきた、パジャマ姿の女性。


(か、彼女なんて……。なりたいなーとは思ってるけど)


 口が滑っても、そんなことは言えない。


「いや……そういうわけでは……」

「ふーん」


 彼女の「ふーん」は色々な意味で受け取れた。


「悠一はリビングにいるはずだから……」

「そう……ですか」

「もしかして、二人きりで話したい感じ? それなら、私は二階にいるけど」


「一つ聞いていいですか……? もしかして、悠一のお姉さん……?」


 昨日聞いた、美沙みさの話を思い出す。


「そうだ、自己紹介がまだだったね。悠一の姉の、夏樹なつきです! 悠一とは四つ違いの大学生ね」

「私は、新井あらい花菜かなです。悠一のクラスメイトで……」


「姉さん、起きてたのか。二日酔いは大丈夫か?」

「うん。それより、花菜ちゃんの相手をしてあげなさいよ。悠一と二人きりで話したいんだってさ。もしかして、何かビッグイベントでも?」

「?」


 悠一はきょとんとしていた。


「えっと……」


 何のことかよく分からない様子の悠一。

 出来ることなら悠一に説明してあげたいが、私は言い淀んでしまう。

 ここで「告白をしにきた」とは当然言えないのだから。


 鋭い指摘に狼狽えていると、

「私は二階で静かにしてるから、二人はリビングでごゆっくり」と気遣ってくれた。


 悠一のお姉さんは、二階へと行ってしまった。


「とりあえず、リビング、行くか?」


 悠一に言われ、リビングへと入っていった。



 ◇



「…………」

「…………」


 気まずい。


(姉さんを追い返したはいいが、何を話せば……)


 昨日みたいに、沈黙が流れる。


(というか、今日の服装、際どくないか?)


 昨日の私服とは違い、あるいは昨日のメイド服のような際どい格好に困惑。

 昨日よりは強調されていないものの……


(目線が……)


 俺は、下にいってしまった目線をなんとか引き上げる。


(昨日のことは忘れるように言われたけれども……)


 そんな、俺の気持ちを汲み取ったように花菜が言う。


「ねぇ、昨日のことは忘れるように言ったよね」


(そうです! すみません!)


 脳内で謝るが、開き直ることにした。


「そう言われましても……」

「何?」

「ふ、服が……いつもと違う気が……」


 いつもの花菜なら絶対に着ないような服。

 昨日から、彼女の様子がおかしい。


「どう?」

「どうって言われましても……」

「可愛いかって聞いてるの!」

「可愛い……ってみんな言うと思うぞ」


 直接伝えるのははばかられるので、一般論ではぐらかす。


「悠一の感想を言って!」

「いや……」

「いいから!」


 このまま続けても押し問答が続くだけなので、勘弁して、全部ぶちまけることにした。


「可愛いに決まってるだろ! 昨日の私服だって、メイド服だって! 今日も可愛いと思ってるよ! それに――」

「ストップ! ストップ! もうおしまい! ……私の心が持たないよ……」


 花菜が遮ってきた。


(もう終わりでいいのか?)


 もっと言えというなら言えたが。


「…………」

「…………」


 やり取りが終わったあと、またもや沈黙が。


(そういえば、何か用があるとかだったな)


 俺は話題を振って、状況を打破しようとする。


「なあ」

「なに……」

「今日の、俺への用事って?」

「それ……ね」

「教えてくれ」

「分かった。でも……ちょっと待って……。心の準備が」


 何か話しにくいことなのだろうか。

 直接会って話すようなことだ。薄々勘づいてはいたが。


(何の話だろうか……。俺にできる範囲のことなら協力できるが……)


 彼女の迷いがある様子に胸が締め付けられて……


「俺は……頼りないかもしれない。でも、何かあるなら言ってくれ。できるだけのことはするから……」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

「そうなのか」

「うん」


 それなら良かった。

 自分の中で、事を重大にしていただけのようだ。


「じゃあ、なんだ? 話しにくいならゆっくりでも……」

「それじゃあ、言うね」

「ああ、何でも話してくれ」


 数秒の間が流れる。


 花菜は決意を決めたかのような様子で言う。


「――私と付き合ってくれますか?」


 聞き間違いだろうか。

 彼女の口からは「付き合ってほしい」という言葉が聞こえた。


 彼女の様子からすると、本当に言ったとも思えなくはないが……

 それでも、耳を疑うほどには信じがたいことだった。


「なん……で」

「勇気出して告白した女の子に、そんなこと聞く?」


 俺もそう思った。

 そう思ったが、自然と溢れた言葉がこれだった。


「まあ、いいや……。悠一みたいにぶちまけちゃうと、優しくて、格好良くて、それでいて謙虚で――」

「もうやめてくれ」

「やだ! さっきの仕返しも込めて告白してるんだから!」


 それは悪かったと思っている。本当に……

 褒められると気恥ずかしいというのは、今、身を持って体験した。


「分かった。花菜が付き合ってからいっぱい言ってくれ」

「……ってことは、付き合ってくれるってこと?」

「本当は、即答したいほどに魅力的な提案だが……」


 本当に魅力的だ。

 花菜と付き合えるのだなんて。


「だが……?」

「正直、花菜のことは、本当に魅力的だとは思うが……付き合えることになるとは思っていなかったから、気持ちの整理がつかない」

「整理がつかなくても付き合っちゃえ!」


 口から出かけた言葉、「そうしよっか」を押し退け、彼女に言う。


「いや、ちゃんと花菜に向き合いたい。本当に好きなのかどうかを見極めたい。だから、時間をくれ」

「テンプレみたいな返しだね」

「しょうがないだろ……」


 俺もそう思ったが。

 でも、それが正直な思いでもあるのだ。


「まあいいや、それでも」

「良いんだ」

「ええ。でも……、一つ条件があって……」

「条件?」



 ◆



「今までの関係のままだと分かりづらいとでしょ。だから、お試しに

……付き合ってから決めない?」 


 これが私の提案だった。


(告白しちゃった! 告白しちゃった!)

 と大騒ぎの脳内の、冷静な部分が提案していた。


 本来私は、あのとき、意識的に告白しようとしたわけではなかった。


 言葉が溢れたのだ。

 悠一に思いを「伝えたい!」と思った。

 自分の気持ちを言葉に出していたのだ。


 失敗したかもと思ったのもつかの間、悠一はきちんと向き合うことを約束してくれた。

 その瞬間、「告白しても断られるのではないか」という私の不安も消え失せた。


(まあ、それだけでは寂しいからと提案したんだけど)


「お試しで付き合う」

 この条件は、私の一方的な願いだったけれど、「そうするか」と了承してくれた。


「じゃあ、今日から、お試しとはいえ、恋人だね」


 私の浮かれて言った言葉に、悠一は反応してくれた。


「そうだな! !」


 私には、このたった一言が、嬉しかった。

 私の胸の中は幸福感でいっぱいだった。


 悠一もそうなってほしいと思うのは、おかしいことだろうか――

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