(昨日は押せたのに――)
私は
なかなかインターホンを押す踏ん切りがつかない。
昨日は迷う暇すらなかった。
今日も、「告白する」と決めて来たのだから、いけるだろうと思っていたら。
そこまで逃げ腰だったとは。
(美沙と約束したんだから。今日告白するって。こんなことで日和っててどうする!)
自分自身に喝を入れる。
(大丈夫。大丈夫――)
大丈夫だと自分に言い聞かせて、押す。
今日もまた十数秒の間が空いたあと、悠一の声が聞こえる。
『どうした? 昨日、忘れ物でもしたか?』
「違う。他の用事」
『家まで来るってことは、何かあったのか……?』
「そこまでではないのだけど……。とにかく入れて」
『そうか。鍵なら開いているから……』
私は自分を鼓舞して、家の中に足を踏み入れる。
玄関で見かけたのは思いも寄らないものだった。
(えっ……。どういうこと……)
玄関で見かけた靴は、どう考えても悠一のものとは思えなくて――
「あっ! もしかして、悠一の彼女さんかな……? 悠一もやるねぇ」
声の主は、階段から降りてきた、パジャマ姿の女性。
(か、彼女なんて……。なりたいなーとは思ってるけど)
口が滑っても、そんなことは言えない。
「いや……そういうわけでは……」
「ふーん」
彼女の「ふーん」は色々な意味で受け取れた。
「悠一はリビングにいるはずだから……」
「そう……ですか」
「もしかして、二人きりで話したい感じ? それなら、私は二階にいるけど」
「一つ聞いていいですか……? もしかして、悠一のお姉さん……?」
昨日聞いた、
「そうだ、自己紹介がまだだったね。悠一の姉の、
「私は、
「姉さん、起きてたのか。二日酔いは大丈夫か?」
「うん。それより、花菜ちゃんの相手をしてあげなさいよ。悠一と二人きりで話したいんだってさ。もしかして、何かビッグイベントでも?」
「?」
悠一はきょとんとしていた。
「えっと……」
何のことかよく分からない様子の悠一。
出来ることなら悠一に説明してあげたいが、私は言い淀んでしまう。
ここで「告白をしにきた」とは当然言えないのだから。
鋭い指摘に狼狽えていると、
「私は二階で静かにしてるから、二人はリビングでごゆっくり」と気遣ってくれた。
悠一のお姉さんは、二階へと行ってしまった。
「とりあえず、リビング、行くか?」
悠一に言われ、リビングへと入っていった。
◇
「…………」
「…………」
気まずい。
(姉さんを追い返したはいいが、何を話せば……)
昨日みたいに、沈黙が流れる。
(というか、今日の服装、際どくないか?)
昨日の私服とは違い、あるいは昨日のメイド服のような際どい格好に困惑。
昨日よりは強調されていないものの……
(目線が……)
俺は、下にいってしまった目線をなんとか引き上げる。
(昨日のことは忘れるように言われたけれども……)
そんな、俺の気持ちを汲み取ったように花菜が言う。
「ねぇ、昨日のことは忘れるように言ったよね」
(そうです! すみません!)
脳内で謝るが、開き直ることにした。
「そう言われましても……」
「何?」
「ふ、服が……いつもと違う気が……」
いつもの花菜なら絶対に着ないような服。
昨日から、彼女の様子がおかしい。
「どう?」
「どうって言われましても……」
「可愛いかって聞いてるの!」
「可愛い……ってみんな言うと思うぞ」
直接伝えるのははばかられるので、一般論ではぐらかす。
「悠一の感想を言って!」
「いや……」
「いいから!」
このまま続けても押し問答が続くだけなので、勘弁して、全部ぶちまけることにした。
「可愛いに決まってるだろ! 昨日の私服だって、メイド服だって! 今日も可愛いと思ってるよ! それに――」
「ストップ! ストップ! もうおしまい! ……私の心が持たないよ……」
花菜が遮ってきた。
(もう終わりでいいのか?)
もっと言えというなら言えたが。
「…………」
「…………」
やり取りが終わったあと、またもや沈黙が。
(そういえば、何か用があるとかだったな)
俺は話題を振って、状況を打破しようとする。
「なあ」
「なに……」
「今日の、俺への用事って?」
「それ……ね」
「教えてくれ」
「分かった。でも……ちょっと待って……。心の準備が」
何か話しにくいことなのだろうか。
直接会って話すようなことだ。薄々勘づいてはいたが。
(何の話だろうか……。俺にできる範囲のことなら協力できるが……)
彼女の迷いがある様子に胸が締め付けられて……
「俺は……頼りないかもしれない。でも、何かあるなら言ってくれ。できるだけのことはするから……」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
「そうなのか」
「うん」
それなら良かった。
自分の中で、事を重大にしていただけのようだ。
「じゃあ、なんだ? 話しにくいならゆっくりでも……」
「それじゃあ、言うね」
「ああ、何でも話してくれ」
数秒の間が流れる。
花菜は決意を決めたかのような様子で言う。
「――私と付き合ってくれますか?」
聞き間違いだろうか。
彼女の口からは「付き合ってほしい」という言葉が聞こえた。
彼女の様子からすると、本当に言ったとも思えなくはないが……
それでも、耳を疑うほどには信じがたいことだった。
「なん……で」
「勇気出して告白した女の子に、そんなこと聞く?」
俺もそう思った。
そう思ったが、自然と溢れた言葉がこれだった。
「まあ、いいや……。悠一みたいにぶちまけちゃうと、優しくて、格好良くて、それでいて謙虚で――」
「もうやめてくれ」
「やだ! さっきの仕返しも込めて告白してるんだから!」
それは悪かったと思っている。本当に……
褒められると気恥ずかしいというのは、今、身を持って体験した。
「分かった。花菜が付き合ってからいっぱい言ってくれ」
「……ってことは、付き合ってくれるってこと?」
「本当は、即答したいほどに魅力的な提案だが……」
本当に魅力的だ。
花菜と付き合えるのだなんて。
「だが……?」
「正直、花菜のことは、本当に魅力的だとは思うが……付き合えることになるとは思っていなかったから、気持ちの整理がつかない」
「整理がつかなくても付き合っちゃえ!」
口から出かけた言葉、「そうしよっか」を押し退け、彼女に言う。
「いや、ちゃんと花菜に向き合いたい。本当に好きなのかどうかを見極めたい。だから、時間をくれ」
「テンプレみたいな返しだね」
「しょうがないだろ……」
俺もそう思ったが。
でも、それが正直な思いでもあるのだ。
「まあいいや、それでも」
「良いんだ」
「ええ。でも……、一つ条件があって……」
「条件?」
◆
「今までの関係のままだと分かりづらいとでしょ。だから、お試しに
……付き合ってから決めない?」
これが私の提案だった。
(告白しちゃった! 告白しちゃった!)
と大騒ぎの脳内の、冷静な部分が提案していた。
本来私は、あのとき、意識的に告白しようとしたわけではなかった。
言葉が溢れたのだ。
悠一に思いを「伝えたい!」と思った。
自分の気持ちを言葉に出していたのだ。
失敗したかもと思ったのもつかの間、悠一はきちんと向き合うことを約束してくれた。
その瞬間、「告白しても断られるのではないか」という私の不安も消え失せた。
(まあ、それだけでは寂しいからと提案したんだけど)
「お試しで付き合う」
この条件は、私の一方的な願いだったけれど、「そうするか」と了承してくれた。
「じゃあ、今日から、お試しとはいえ、恋人だね」
私の浮かれて言った言葉に、悠一は反応してくれた。
「そうだな!
私には、このたった一言が、嬉しかった。
私の胸の中は幸福感でいっぱいだった。
悠一もそうなってほしいと思うのは、おかしいことだろうか――