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第7話 ヤバい! かわいい!!

(これを――着るの……? 見せるの? えっ、これを……? 悠一ゆういちに?)


 私は、悠一の部屋に立ち尽くしていた。

 美沙みさから受け取ったメイド服を手に持ちながら。


(やっぱりやめようかな……? 悠一をメロメロにするために何か、他の方法が――方法…………あるよね?)


 私は、これを着ることなく、美沙たちに勝つ方法を考える。

 が、結局思いつかず……


(まあ、一旦来てみて、五分経つまでにいい案が思いついたら脱げばいいわよね)


 そういう思考に至り、メイド服を着ることにした。


 サイズはピッタリだった。

 美沙が着ようとしていたものなのに、ちょうど、私の体にフィットするサイズ。


 でも、ピッタリ過ぎて……


(体のラインがすべて分かるんですけど!?)


 私の体格に合うように作られた?

 そう思うほどにはピッタリだった……


(この格好で会うの? この姿を悠一に見られるの!?)


 想像するだけでも恥ずかしい。

 こんな姿を悠一に晒すことになるの?


(美沙たちは、こんな際どい衣装で誘惑しようとしていた。そういうことで間違いないわね……)


 美沙たちの本気度がうかがえる。それに比べて私は……


 私は、美沙たちみたいな勇気は持ち合わせていないし、美沙たちみたいにスタイルが良いわけでもない。

 悠一と名前で呼び合う関係にもなれていないし、勉強会に誘ったこともない。

 やりたいなと思っていても、行動に移せない。

 時間は経っているのに、関係は深くならない。



 悠一とお付き合いしたいのに、いつまで経っても悠一に告白できない。


(だから、負けそうになってるんだろうな……)


 今の――メイド服姿の私を見られるのは恥ずかしい。こんなにも際どいのだから。

 でも、今、メイド服を脱いでしまったら……


(これが最後のチャンス…………)


 そうこうしている間にも時間は過ぎていたらしい。

 セットされたタイマーが残り三十秒になっていた。



 ◇



「悠一くん、そろそろ上に行こっか」


 俺は美沙に連れられ、階段を登る。


 美沙に、急に下に降りてと言われたり、急に彼女たちが降りてきたり……。

 勉強会は中断され、結局、半分と少しくらいしか勉強できていない気がする。

 本当に何がしたいのだろう。


 彼女の行動が不思議で仕方がない。




 部屋の前まで来た。

 部屋の中では花菜かなが待っている。


 先ほど、二人が帰宅する事になり、美沙と花菜と俺だけしかいないこの状況。

 勉強会は中止だろう。

 彼女は、美沙たちと勉強会をするために来たのだから。


 美沙にドアを開けるように促され、俺はドアを開ける。

 現状を知っている俺は、花菜に今の状況を伝える。


「せっかく来てもらったのにわる……」


 花菜を見た瞬間、俺は説明をやめ、開けたドアをすぐさま閉める。


(どういう状況だったんだ? まじで)


 目に飛び込んできたものは、まさかのメイド服姿の花菜だった。

 目を疑った。一瞬、花菜に似た赤の他人かと思った。


 だが、花菜に違いない。

 今見た服装は幻覚。

 先ほどみた花菜はいたって普通の服だったので、幻覚に違いない。


(どういう幻覚を見てるんだよ、俺は)


 説明を再開しようとまたもやドアを開けるも、目の前にはメイド服を着た花菜。


(いや、幻覚じゃなかったのかよ!)


 幻覚を見ていなかったことに安心する反面、疑問しか浮かばない。


 メイド服を来ている理由。そもそも、なぜメイド服を持っているのか。

 もしや、勉強会ではメイド服を着るのが普通なのか――これは絶対に違うな。絶対に。


 こんな感じで脳内は沢山の「?」に埋め尽くされ、疑問が尽きない。

 この状況下で俺たちは固まってしまう。


 それには体だけでなく、目も含まれている。


 俺の目は花菜の胸元をロックオン。

 これはまずいので、なんとか目線を上げようと努力する。

 努力したのに、全然上がらなかった。努力だけはしたから許してほしい。


(メイド服って、こんなに谷間が強調されるのか!?)


 そんな馬鹿なことを考えながら、誰かが喋り始めるのを待つ。

 静寂を破ったのは美沙だった。


「似合ってるね、花菜! やっぱり、花菜に着させて正解だったよ」

「つまり、花菜にこれを着させたのは……」

「そう、私!」

「どうしてだよ……」

「そんなことより感想は? どう思った? 可愛い? それともめちゃくちゃ可愛い?」


(そりゃ、めちゃくちゃ可愛いですよ!)


「そうだな……」

「言い淀むってことは、めちゃくちゃ可愛くて、言葉が出ないということですね!」

「そういうことじゃ……」


 俺は否定しようとする。

 が、完全に否定できない。めちゃくちゃ可愛い、と思っているのだから。

 本心としては

 ただ、建前というものがあって


「(可愛い)」


 最終的には小声に収束。


「めちゃくちゃ可愛いって言ってるよ、花菜! 良かったね」

「いや、そうは言ったな……」

「ってことで、あとは二人でごゆっくり」


 美沙は、俺の話を遮り、ドアを閉めて立ち去ろうとする。


「あ、そうだ、花菜! 後悔しないようにね」

「誰のせいで後悔しそうになってると思ってるのよ……」


 やっと花菜が口を開いた。


「もちろん花菜のせいでしょ……。そんな、自分を捨ててきてね!」


 二人の話は、俺にはちっとも分からなかった。



 俺は翌日、その意味を知ることになる。



 ◆



 私は戸惑いを隠せなかった。

 なぜ、美沙が私の背中を押してくれたのか分からなかった。

 あのときの態度とは様変わりしていた彼女の態度に驚いた。


 悠一の前であの態度をとるのを躊躇ったのか……いや、それだけではない気がする。もっと言えば、そっちのほうが大きい気がする。


 そんな思いを抱えながら、悠一と一緒の空間にいるのは大変だった。

 こんな状態でなかったのなら、何時間でも話せたと思うが。今は気まずい。

 話題が何もない。

 悠一の目線は、ずっと同じ方向――上ないし天井――を向いていた。


 気まずいこの場から、一刻も早く逃げ出したい。


 逃げたら何も変わらないのはわかってる。だから、逃げ出す前に、一つだけ気になることを質問する。

 それが終わったら、速攻で帰る! 絶対に!


「悠一は、いままで、勉強会で何をしていたの?」

「勉強会なんだから勉強をしてた。それ以外にないだろ!」


 言い切るところが怪しい。

 私は、悠一に疑いの目を向ける。


「何だよその目は」

「べつに」

「気になることがあるなら聞け!」

「隠してること、ない?」

「ないけど……」


 怪しい。怪しすぎる。

 悠一への疑念は深まるばかり。


「本当に?」

「本当は――嘘です……」


 やっぱりだ。

 やっぱり悠一は嘘が下手だから、すぐ分かる。


「何を隠してるの?」

「……っ、大変言いにくいのですが――教えている過程で結構、距離が近づきまして……」

「で? 続きは?」


 距離が近づいた結果、何が起こったのだろうか。


「え? これで終わりだけど」

「それだけ?」

「ああ」

「そんなこと?」

「許してくれるのか」

「悠一から近づいたわけではないでしょ」


 距離が近づいてしまうのはしょうがない。

 ただ、悠一から近づいていたと分かった日には――


「それはまあ」

「じゃあ許す! そうだ、許す条件として、今日のことは忘れなさい! 絶対に!」

「分かりました」


(悠一は自発的に忘れようとしてくれると思うけど、一応……ね)



 ◆



 一番気になっていたことを悠一の口から聞けた私は、スッキリした気分で悠一の家を出る。


 もちろん、メイド服から着替えて。

 脱いだメイド服は、今持っている紙袋の中。

 急ぎすぎて、バッグすら持っていなかったが、この紙袋を渡してくれた。

 優しい。



 悠一に彼女がいないということも分かったし良かった良かった。

 それに、「美沙たちが誘惑」というのは、私の早とちりだったのだ。





「どう? 告白できた?」


 悠一の家から少し歩いたところで、いきなり声をかけられた。

 もう帰ったはずの美沙に。


「びっくりした……。心臓に悪いからやめてよね……」

「ごめん、ごめん」

「あと、正直、ずっとハラハラしてたんだからね! 演技が上手すぎて本気になっちゃったでしょ!」


 さすがは演劇部――一応私もだが。

 私は、美沙が悠一のことを本気で好きなのだと思い込まされていた。


 美沙の演技に惑わされたのは、これが初めてではない。

 何度、美沙の演技に踊らされたことか。


「それなら良かった! そういえば……花菜が言ってた人、やっぱり悠一くんのお姉さんだったよ」

「やっぱりってことは、もともとお姉さんだったって、知ってたの……?」

「メッセージでやり取りをするようになって、お姉さんがいることも教えてもらったし、いつも困らされてるって聞いていたから、そうかなって。ただ……確信はなかったけどね」


 そこまで勘付いているなら、なぜ教えてくれなかったのだろうか。

 教えてくれたら、こんな不安に襲われることもなかったのに……


「教えてくれても良かったんじゃない?」

「確信がなかったからって言ったでしょ。それに……お姉さんだと分かったら、ねぇ」

「っ…………」


 図星だった。

 彼女じゃないと分かっていたら、私は……


「やっぱり。それで、どう? 告白できた感じ? もしかして、もう付き合ってる?」

「…………」

「無理だったってことだね」


 事実を言われ、心に来る。

 私は、すぐさま反論する。


「タイミングが合わなかっただけで……」

「せっかく、メイド服まで来たのにねぇ〜」

「…………」

「もしかしたら、誰かが悠一くんを狙ってるかもよ〜 もしかしたら、私かも」


 そんなことはないと思いつつ、不安になる。


 この不安は一時的なものと思いたいが、現実はそうとはいかない。

 このままの関係なら、これからもそんな不安を抱えることになる。


(悠一が他の誰かと付き合ってほしくない……)


 そう思うのは、今日だけではない。

 それならば、やることは一つ。

 彼女になる。


 そのためには……


「明日、告白する!」


 私は、宣言した。

 明日、悠一に告白する。


 もう誰かに取られるかも、という不安をなくすためにも。


「じゃあ、頑張ってね! 成功したら教えてね〜」


 そう言って、美沙は方向を変え、もと来た道へと進んでいった。


(そういえば、美沙の家は反対方向だったっけ)


 私の背中を押すために待っていてくれたのだ。それも反対方向なのに。

 期待に答えないわけにはいかない。


(明日、絶対に告白してやる!)


 私は改めて決意した。



 ◆



「――私と付き合ってくれますか?」


 翌日、私は悠一の部屋にいた。

 悠一と二人っきりの空間。

 そこで私は、告白した。

 ――いや、していた。

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