(つ、着いた……)
思ったより反応が遅いので、もしや……と内心、ヒヤヒヤしながらも冷静に待つ。
インターホンを押してから十数秒。やっと彼の声が聞こえた。
『どうしたんだ?』
「ええっと……」
私は、ここに来たもっともな理由が思いつかず口ごもる。
『そうか! 遅れてくるって言ってたのは
悠一が言ったことは、私には何のことだか分からなかったが「そうそう」とだけ頷いておいた。
『新井がいなくて、物足りない感じがしてたんだ』
「そうなのね」
(三人だけでは物足りず、私まで!?)
何て贅沢な男なのだろう。
三人もの女子に囲まれていても満足できていないというのだ。
私は戦慄する。
(何でこんな男を好きになったのかな?)
私は、ゆっくりと私自身を見つめ直してみようと思った。
今は、そんな時間はないのだが。
『み、美沙……たちが待っているから二階の俺の部屋に……。突き当りの右にあるから……』
「…………」
(もう名前で呼び合う仲なの!? 私はずっと名字呼びなのに……)
『どうした新井?』
そう言われ、現実に引き戻される。
私は沈んだ気持ちで彼の家に上がった。
◇
「まだかなぁ」
俺は一階のリビングで腰掛けていた。
なお、勉強会は終わっていない。
なぜ一階にいるかというと、美沙に下に行くように言われたからだ。
それも、突拍子もなく言われた。
呼ばれるまでは二階には来ないように言われている。
(どれくらい待てばいいんだ……? スマホは部屋に置いたままだから、暇を潰せないな……)
何もすることがないので、ぼうっとしながら呼ばれるのを待っていると、インターホンが鳴った。
宅配便だろうか。親が頼んでいたのかもしれないな、と思いつつ、印鑑を探す。
極力待たせないように、素早く見つけ、モニターに駆け寄る。
そこに映っていたのは、
「どうしたんだ?」
思いがけぬ訪問だったので、インターホンに出て、理由を尋ねる。
(今日は土曜だよな……。用事もなかったよな……?)
『ええっと……』
「そうか! 遅れてくるって言ってたのは新井のことだったんだな」
思い出すのは、勉強会が始まってすぐに聞いた美沙の話。
それから一時間以上経過しているものだから、忘れかけていた。
それは花菜のことだったのかと納得する。
何か事情があって、遅れてきたのだろう。
『そうそう』
それを裏付けるように、彼女は頷く。
「新井がいなくて、物足りない感じがしてたんだ」
俺はたびたび、勉強会に花菜もいたら良かったなと思っていた。
今まで、花菜と勉強会をしたことはなかったが、やってみてもいいのではないかと思っていた。
美沙たちとやるのはもう勘弁だが。
俺の気が持たない。
やはり花菜のほうが気楽に接することができる。
『そうなのね』
(花菜なら上に行かせても大丈夫だよな?)
ずっとこのまま話しているわけにもいかないので、俺の部屋に行くように言うことにした。
もっと話していたいという気持ちはあるが……
「み、美沙……たちが待っているから二階の俺の部屋に……。突き当りの右にあるから……」
美沙の名前を言うときに少しどもってしまった。
やはり、名前で呼ぶのは慣れない。
美沙から名前で呼ぶようにと言われたから呼んでみたものの、おかしくなってしまった。
「どうした新井?」
問いかけに反応はない。何かあったのだろうか。
その後も、しばらくの間、花菜はインターホンの前で何も喋らずに、ただ立っていた。
◆
「…………」
私の前には、メイド服が三つ。
それと、メイド服を持った友達が三人。
とくに目に留まるのは美沙の持っているメイド服。
一番露出度が高い。
悠一に指示された通り、悠一の部屋に入ったのだが……
「何を……してるの……?」
(勉強会をやるって話だったでしょ!)
心のなかで叫ぶ。
私は『勉強会』と思っていたのだが、美沙たちは『ファッションショー』……いや、『メイドカフェ』をしようとしていたのだろうか。
(何しようとしてたのよ、美沙たちは)
(それとも、もうすでにやってる!?)
机にノートやら教科書やらが置かれている。だから、違うとは思うのだが。
「そんなことより、花菜がいるのはなんでなのかな〜? 私たちに全部丸投げしておいて。勉強会は私たちだけで楽しんでたのに」
美沙の言うとおりだ。
私は、現実を見るのが怖くて……。悠一に彼女がいると言う現実を受け止められそうになくて……。
だから、彼女たちに頼んでいた。
「私が頼んだのは『勉強会』であって、コスプレ大会ではないわ! なんで勉強会でコスプレをしてるのって聞いてるの!」
だから、「勉強会」と称してコスプレが行われているなんて思いも寄らなかった。
しっかりと「勉強会」をやると報告していてやっているのだから、余計にたちが悪い。
(騙された。そこまでして悠一と…………)
「そんなの、決まってるでしょ。悠一くんを楽しませるためだよ。私たちは悠一くんから
「ってことは、悠一に彼女はいなかったのよね」
「そういうこと。現時点で彼女はいなくても、これから
「それが美沙ってことかしら」
「どうだろうね〜」
完全に舐められている。
私には、悠一を誘惑することはできないと思っている。
その魅力がないと思われている。
(私には、その魅力が……あるはず! 絶対にある!)
そう言い聞かせながらも、
「そうだ。どうしてもって言うなら、今日教えてもらった、悠一くんの理想の女性について教えてあげてもいいよ? ヘタレな花菜にできるのなら、だけどね」
わかりやすい挑発。
だからこそ、受けて立とうと思った。
(美沙のことなんて視界に入らないまでにメロメロにしてやるわ!)
私は決意を決めた。が、美沙から
「タイムリミットはあと五分。五分後に悠一くんが来るからね〜。私たちは一階で悠一くんと待ってるね〜」
美沙たちは、不穏な笑みを浮かべて、1階に行ってしまった。