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第6話 インターホン

(つ、着いた……)


 悠一ゆういちの家の前まで来た私は、息を切らしながらインターホンを押す。


 思ったより反応が遅いので、もしや……と内心、ヒヤヒヤしながらも冷静に待つ。

 インターホンを押してから十数秒。やっと彼の声が聞こえた。


『どうしたんだ?』

「ええっと……」


 私は、ここに来たもっともな理由が思いつかず口ごもる。


『そうか! 遅れてくるって言ってたのは新井あらいのことだったんだな』


 悠一が言ったことは、私には何のことだか分からなかったが「そうそう」とだけ頷いておいた。


『新井がいなくて、物足りない感じがしてたんだ』

「そうなのね」


(三人だけでは物足りず、私まで!?)


 何て贅沢な男なのだろう。


 三人もの女子に囲まれていても満足できていないというのだ。

 私は戦慄する。


(何でこんな男を好きになったのかな?)


 私は、ゆっくりと私自身を見つめ直してみようと思った。

 今は、そんな時間はないのだが。


『み、美沙……たちが待っているから二階の俺の部屋に……。突き当りの右にあるから……』

「…………」


(もう名前で呼び合う仲なの!? 私はずっと名字呼びなのに……)


『どうした新井?』


 そう言われ、現実に引き戻される。


 私は沈んだ気持ちで彼の家に上がった。



 ◇



「まだかなぁ」


 俺は一階のリビングで腰掛けていた。

 なお、勉強会は終わっていない。


 なぜ一階にいるかというと、美沙に下に行くように言われたからだ。

 それも、突拍子もなく言われた。


 呼ばれるまでは二階には来ないように言われている。


(どれくらい待てばいいんだ……? スマホは部屋に置いたままだから、暇を潰せないな……)


 何もすることがないので、ぼうっとしながら呼ばれるのを待っていると、インターホンが鳴った。


 宅配便だろうか。親が頼んでいたのかもしれないな、と思いつつ、印鑑を探す。

 極力待たせないように、素早く見つけ、モニターに駆け寄る。


 そこに映っていたのは、花菜かなだった。


「どうしたんだ?」


 思いがけぬ訪問だったので、インターホンに出て、理由を尋ねる。


(今日は土曜だよな……。用事もなかったよな……?)


『ええっと……』

「そうか! 遅れてくるって言ってたのは新井のことだったんだな」


 思い出すのは、勉強会が始まってすぐに聞いた美沙の話。


 それから一時間以上経過しているものだから、忘れかけていた。

 それは花菜のことだったのかと納得する。

 何か事情があって、遅れてきたのだろう。


『そうそう』


 それを裏付けるように、彼女は頷く。


「新井がいなくて、物足りない感じがしてたんだ」


 俺はたびたび、勉強会に花菜もいたら良かったなと思っていた。

 今まで、花菜と勉強会をしたことはなかったが、やってみてもいいのではないかと思っていた。

 美沙たちとやるのはもう勘弁だが。


 俺の気が持たない。

 やはり花菜のほうが気楽に接することができる。


『そうなのね』


(花菜なら上に行かせても大丈夫だよな?)


 ずっとこのまま話しているわけにもいかないので、俺の部屋に行くように言うことにした。

 もっと話していたいという気持ちはあるが……


「み、美沙……たちが待っているから二階の俺の部屋に……。突き当りの右にあるから……」


 美沙の名前を言うときに少しどもってしまった。


 やはり、名前で呼ぶのは慣れない。

 美沙から名前で呼ぶようにと言われたから呼んでみたものの、おかしくなってしまった。


「どうした新井?」


 問いかけに反応はない。何かあったのだろうか。

 その後も、しばらくの間、花菜はインターホンの前で何も喋らずに、ただ立っていた。



 ◆



「…………」


 私の前には、メイド服が三つ。

 それと、メイド服を持った友達が三人。


 とくに目に留まるのは美沙の持っているメイド服。

 一番露出度が高い。


 悠一に指示された通り、悠一の部屋に入ったのだが……


「何を……してるの……?」


(勉強会をやるって話だったでしょ!)


 心のなかで叫ぶ。

 私は『勉強会』と思っていたのだが、美沙たちは『ファッションショー』……いや、『メイドカフェ』をしようとしていたのだろうか。


(何しようとしてたのよ、美沙たちは)

(それとも、もうすでにやってる!?)


 机にノートやら教科書やらが置かれている。だから、違うとは思うのだが。



「そんなことより、花菜がいるのはなんでなのかな〜? 私たちに全部丸投げしておいて。勉強会は私たちだけで楽しんでたのに」


 美沙の言うとおりだ。

 私は、現実を見るのが怖くて……。悠一に彼女がいると言う現実を受け止められそうになくて……。


 だから、彼女たちに頼んでいた。


「私が頼んだのは『勉強会』であって、コスプレ大会ではないわ! なんで勉強会でコスプレをしてるのって聞いてるの!」


 だから、「勉強会」と称してコスプレが行われているなんて思いも寄らなかった。

 しっかりと「勉強会」をやると報告していてやっているのだから、余計にたちが悪い。


(騙された。そこまでして悠一と…………)


「そんなの、決まってるでしょ。悠一くんを楽しませるためだよ。私たちは悠一くんからを教えてもらったから、そのお返しをと思って。悠一くん、そういうの好きらしいし……」

「ってことは、悠一に彼女はいなかったのよね」

「そういうこと。現時点で彼女はいなくても、これからはいるけどね」

「それが美沙ってことかしら」

「どうだろうね〜」


 完全に舐められている。


 私には、悠一を誘惑することはできないと思っている。

 その魅力がないと思われている。


(私には、その魅力が……あるはず! 絶対にある!)


 そう言い聞かせながらも、が思いつかない。

「そうだ。どうしてもって言うなら、今日教えてもらった、悠一くんの理想の女性について教えてあげてもいいよ? ヘタレな花菜にできるのなら、だけどね」


 わかりやすい挑発。

 だからこそ、受けて立とうと思った。


(美沙のことなんて視界に入らないまでにメロメロにしてやるわ!)


 私は決意を決めた。が、美沙からを聞いた途端に、私の決意が揺らいだ。


「タイムリミットはあと五分。五分後に悠一くんが来るからね〜。私たちは一階で悠一くんと待ってるね〜」


 美沙たちは、不穏な笑みを浮かべて、1階に行ってしまった。

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