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第36話 一つ、警告をしておきましょうか

「ここからは、少しだけ話がズレますが良いですか?」


 探索協会に訪れた目的はオーガの特殊個体に関する報告だったので、打ち合わせも終わるはずだったのだが、谷口は何故か二人を引き留める。


「え、ええ。私が答えられる範囲であれば。里香さん、時間は大丈夫?」


「はい。この後は家に帰るだけですから」


 二人は怪訝な表情をしつつも同意すると、谷口が続きを話す。


「ボスが取り巻きを召喚するといった話は、聞いたことありますか?」


 取り巻き自体は珍しくない。それこそ五階層のオーガですらオークが数匹ひきつれている。だが、その場にいるのではなく、召喚となってしまえば正人には分からなかった。


 思わず里香の方を見る。

 彼女は小さくうなずくと、代わりに答えることにした。


「確か十階層のボス――アイアンアントクイーンが、稀に使用するみたいですね」


 三メートル近い巨体に金属のように固い外殻に守られており、スキルではない攻撃は通りにくい。さらに毒をもっていて、後ろに回ると腹部からの毒霧を噴射してくるのだ。当たれば肌が溶けてしまう。


 取り巻きのアイアンアントのサイズは、一メートル前後と小さく毒は持っていないが、強靭な顎は健在だ。ダンジョン鉄ていどであれば容易にかみ切ってしまう。人間の体であれば、さらに簡単だろう。


 取り巻きのアイアンアントを全滅させてもアイアンアントクイーンは、全長一メートルはあるジャイアントビーを召喚をする。


 非常に強力なボスであり、発見当初は多くの犠牲者を出したことで有名だった。


「よくご存じで。その通りです。ちなみに、その召喚がアイアンアントクイーンのスキルではない、といった話は聞いたことはありますか?」


 これは里香も知らない情報だった。

 探索者が更新しているSNSや記事には、アイアンアントクイーンのスキルによって召喚されていると書かれていたからだ。


 ジャイアントビーの召喚がスキルではなければ、どうやっているのか?

 里香は想像できなかった。


「・・・・・・どういうことでしょうか?」


「取り巻きの召喚はボスの固有能力ではなく、ダンジョンの機能でしかない。そういった仮説があるんですよ。もちろん、全く根拠がないということではありません。アイアンアントクイーンを何度倒しても、召喚のスキルカードを落とさないからです」


 ボスを倒せば魔石の他に高確率で武具か素材、スキルカードを落とす。しかもボスが使っていた物を、だ。


 オーガでいえば自己回復のスキルカードや振り回すのに使っていた金棒が該当する。ちなみにボスを一度でも倒したことがある人間がいると、戦わずに済むため五階層のオーガだけを繰り返し倒して、スキルカードを手に入れると行ったことは出来ない。


 アイアンアントクイーンも毒針といったスキルカードは手に入るが、召喚のスキルカードを落としたことは、ただ一度もなかったのだ。


「もしかしたら神宮さんが立ち入った部屋みたいな所がいくつもあって、ダンジョンがそこから召喚しているじゃないかって、一部で話題になっているそうですよ・・・・・・まぁ、話がぶっ飛びすぎて、信じている人はほとんどいませんけどね」


 最後は笑いながら話していた谷口は、正人から見ると仮説を信じているようには思えなかった。


 笑い声が急にピタリと詰まる。

 先ほどまでの和やかな雰囲気が一変。声のトーンが一段階落ちると、真剣な表情に切り替わった。


「召喚部屋の真偽についてより、ダンジョンが意思を持っている可能性がある。そっちの方が重要かもしれません」


 ――警告。

 これは探索協会側の谷口ができる、精一杯の善意だった。


「あはは・・・・・・それは最悪ですね」


 本気で受け取らない正人。谷口はもう一歩踏み込む覚悟を持った。

 声のトーンはそのままボリュームは小さくなる。


「探索協会の老人どもは、ここまでの情報は公開するつもりはありません。もっと情報が集まるまで、言い換えると"犠牲者が増える"まで、様子を見るとのこと」


 吐き捨てるように言い放った。

 谷口の態度から探索協会の方針に反対しているのは間違いない。もう隠そうともしていなかった。


「こういった話は珍しくない。あいつらは、若者の犠牲――血をすすって生きる吸血鬼どもだ。公開された情報だけでなく、噂話にも注意を払うんだぞ」


 探索協会の上層部は全員、高齢者だ。自身の地位を守ることだけには敏感で、数十年先の未来すら見ていない。少しでもリスクがある行為は取りたくないのだ。


 利権によって常に多額の報酬が手に入り、苦労はほとんどない。あっても若者に押しつければ良いとあれば、進歩より停滞を選ぶ。


 もちろん、探索協会の利権を侵すような存在には一切の容赦はない。そのため、探索者協会に所属していない探索者は、ダンジョンから手に入れたアイテムは、合法的な手段で売却できる道はほとんどなかった。


 正人と里香が重要な話をしてもらったと理解したところで、谷口の声や口調が元に戻る。


「まぁ、悪いことだけではありません。仮説が正しいのであれば、先に部屋のモンスターを倒しておけば、ボスは取り巻きを召喚できませんからね」


 わははっと、豪快に笑って席を立つ。

 打ち合わせは終わりだ。二人も同様に立ち上がった。


「今回の件で数字を見直したところ、特殊個体や全滅するパーティーが年々、僅かながら上昇していることまで分かりました。これは事実です。気を付けるに越したことはありませんね。ということで、打ち合わせは以上です」


 最後まで探索者である二人を心配した発言は、職員として正しい。惜しむらくは、そういった人間は圧倒的な少数派であることだろう。一部を除けば探索者など掃いて捨てるほどいる。大切にする必要はないといった考えが広がっているのだ。


 そういった状況下で、谷口と出会えた正人は幸運だった。


「「ありがとうございました」」


 お礼を言い終わった二人は、谷口の案内でエレベーターまで移動して、一階に到着した。


 出口に向かって歩いていると、入ったときより人が多いことに気づく。


「閉館直前だと人が増えるのかな?」


 正人がのんきなことを言っていると、里香が人が増えた原因に気づく。


「あれ、宮沢愛さんでは?」


 騒ぎの中心には、アイドル探索者の宮沢愛がいた。


 スチール撮影をしているようで、カメラマンやレフ版を持ったスタッフが周りにいる。彼らの首には探索者協会の職員を表すカードをぶら下げているので、正人は広報活動に使うのだろうと予想した。


「さすがトップ探索者ですね。すごい人気……」


 探索者としての実績だけではなく、その美貌や資産、誰にも縛られない生き方は、日本に住む若者にとって憧れの存在だ。


 ファンである正人だけでなく、里香も目が離せない。


 撮影は順調に進んでいると思われたが、宮沢愛が撮影を中断させると、後ろに控えていた職員に話しかける。


「協会ではなく探索者のために仕事を受けたの。だから、指示されたとおりのことはしない。私は、私が正しいと思うことを伝えるわ。もし改ざんしたら、そのことを言いふらすし、もう二度と仕事は受けない。おじいちゃんたちに伝えておいてね」


 探索協会のビル内で、ここまで言い切れるのは宮沢愛か道明寺隼人だけだろう。

 それほど二人の影響力は強く、探索協会であっても無視はできない存在だ。


 生活のために探索者を続けている正人や里香とは、立っているステージが違いすぎた。嫉妬すらおこらない。あるのは憧れ、もしくは、そうなりたいという願望だろう。


 宮沢愛と職員のやりとりは続いているが、終わるまで待っているわけにもいかない。正人は後ろ髪を引かれる思いで探索者協会のビルを出るのであった。

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