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第28話 許さないッ!

 正人が回復に専念している間、女性の三人がオーガを囲い、誠二が遠距離から攻撃する方法で戦っていた。


 だが、全員が同時に攻撃しているわけではない。

 オーガの一撃が重すぎるため、積極的な行動に出られないのだ。


 ヒナタは武器のリーチが短いこともあり、かく乱と回避が中心。敵の攻撃を分散させていた。正人が生きていることに気づいていない里香は、仇をとれない苛立ちを抱えたまま、じっと相手の動作を観察して機会を狙っている。


 冷夏は肉を切り裂くような一撃は入れられず、ナイフを抜いたオーガの右目が、じわじわと回復していく。


「グォォォッォ!!」


 ちょろちょろ動き回る人間に苛立ったオーガが叫び声をあげて、暴風のように動いていた腕が止まった。


 里香はその瞬間を狙って剣を横に振るう。力が足りず、太ももを薄く切れるだけだったが、痛みに意識がとられて、オーガの自己回復のスキルが一時的に中断された。


「グォォ!! グォォ!!」


 足踏みをして、さらに激しく暴れまわるオーガに鳥肌が立つが、里香たちは逃げ出さない。この場にいる全員が、目が見えない今が、最初で最後のチャンスだと考えていたからだ。


 だが気持ちだけではどうしようもないほど、戦力に差がありすぎた。


 本人たちは倒すつもりだが、時間稼ぎにしかならない攻撃を続けていると、ついに回復が終わり、オーガの右目に視界が戻る。


 それを見た四人の対応は、様々だった。

 里香は捨て身の攻撃をする覚悟を決め、冷夏とヒナタが苦々しい表情を浮かべている。誠二は絶望のあまり手が止まってしまった。


 だが、悪いことばかりではない。ちょうどその時に、正人も最低限の魔力は回復できたのだ。


 正人は『肉体強化』のスキルを使い、一瞬にして目的の場所まで移動すると、恨みをぶつけるために、攻撃する隙をうかがっていた里香の隣に立った。


「剣を貸してもらえるかな?」


 ウィンクでもしそうなほど軽い口調だった。


「は、はい……えっ!? ケガは大丈夫なんですか?」


 急に人が現れて驚いているが、オーガと戦っていることを思いだすと、すぐに別の感情へと塗り替わる。


 戦闘に復帰するのは絶望的だと思っていた。むしろ、死んでいたと心のどこかで諦めていた。最後は玉砕して後を追おうと考えるほどの想いを秘めていたのだから、その驚きようは言葉では表現できない。


「皆のおかげでね! 時間を稼いでもらって助かったよ」


 正人は里香の頭を撫でてから、剣を受け取る。


「本当に大丈夫なんですか?」


「オーガの動きを見て覚えたからね。完全に治ったよ」


「あっ! なるほど、そういうことですか」


 その一言で、オーガの自己回復をスキル昇華で覚えたのだと察した。

 ありえない速度で回復し、無傷の状態になったことも理解できると同時に、里香はこの絶望的な戦いに勝機を見いだした。


 正人が無事なら、戦い続けられるのであればスキル昇華によって、戦況を覆すことも不可能ではない。生き続ける限り学び、勝てるまで成長を続ければいいのだ。


「生きて帰りましょうね」


 里香は万感の思いを込めて剣を渡すと、後方に下がった。


「もちろんだよ」


 受け取った剣を軽く振るう。

 普段は使わない武器だが、その動きはよどみなく、慣れているように見えた。


 正人は奇襲するのに大きい武器は使いにくいという理由でナイフを選んでいただけで、槍や剣など一般的な武器の扱いは一通り学んでいたのだ。


「で、どうしようかな」


 短距離瞬間移動を使って、一気にたたみ掛けたいところだが、そうしてしまうと魔力が底をついてしまう。ある程度、回復したからといっても余力はないのだ。


 絶望的な気持ちをしながらも心折れることなく、冷夏が薙刀でオーガを攻撃しているが、片目が回復したオーガにあたることはない。ヒナタも背後からレイピアで刺してはいるが、すぐに回復されてしまい効果はなかった。


 足りないのは、圧倒的な攻撃力。


 一時的に魔力を多く消費して『肉体強化』の効果を高める。


 冷夏が一歩引き、オーガの横薙ぎの一撃を避けた瞬間。正人は死角になっている左側から回り込み、切り上げの一撃を放った。


「グォォォ!?」


 オーガの左腕がクルクルと舞い、驚愕の表情を浮かべていた。


『剣術、剣を使った動き、攻撃をサポートする』


 それと同時に、スキルを手にれた。


「いまだ!!」


 冷夏が頭を狙った突きを放つ。

 オーガは首を傾けて頬を犠牲にしてやり過ごす。背後から襲うレイピアがブスリと左胸に刺さるが、威力がたりない。心臓代わりに使われている魔石を傷つけることは出来なかった。


 ――剣術。


 魔力によって光る剣がオーガに迫る。剣術スキルの効果によって威力は向上しているので、先ほどよりも容易に切り刻むことはできたはずだった。


「グォォォォォオオオオ!!」


 危険を感じ取ったオーガは、自己回復に使っていた魔力を咆吼のスキルに使う。たっぷりと魔力が込められおり、物理的な衝撃が発生。攻撃が当たる寸前で、正人を数メートル吹き飛ばした。


 他のパーティーメンバーも同様に吹き飛ばされており、さらに体が硬直して動けない状況だ。


 マズイと直感した正人は、オーガの目が周囲に向かないように、大声を出す。


「こっちだ!!!!」


 下段からのすくい上げるような斬撃を、オーガの金棒が防ぐ。ガンと金属同士が衝突する音がなり、お互いの武器が反動で離れる。


 再びオーガが振り下ろされる金棒を受け流して、腹部を突き刺す。醜い悲鳴が耳に届くが気にせず、前蹴りと共に引き抜いた。


『格闘術、素手での攻撃をサポートする』


 激しい出血と痛みを伴いながらも、オーガの闘志は衰えない。

 金棒に描かれた模様が光るとドリルのように回転を始めた。


 正人が振るう剣を回転する金棒が受け止める。ギャリギャリと、不快な音を立ててダンジョン鉄で作られた刃を削り折った。


 オーガの隠し玉に驚いた正人は、目を見開き唖然とするが、すぐに意識を切り替える。正人は使いもにならなくなった剣を手放すと、素手で戦うことにした。


 恐怖心をかきたてる回転する金棒の一撃が迫っても、正人はひるまない。


 ――格闘術。


 覚え立てのスキルを使い、金棒を持つ右手を握り、ねじる。

 普通であれば人間に力負けすることなどあり得ないオーガだったが、大量の出血で本来の力が出せず、さらに『肉体強化』と『格闘術』を同時に使う正人の前では、抵抗は無意味だった。


 腕から力が抜けて、金棒がポロリと落ちる。

 床に落ちると、光が消えて、回転も止まった。


「うぉぉぉ!!」


 オーガに背を向けて、持ったままの腕を肩に乗せると、一本背負いを決めた。


 受け身が取れず、頭から地面に叩きつけられると、ドンと大きな地響きがして仰向けに倒れる。ピクリとも動かない。脳しんとうによって意識を失っていた。


 バックステップで距離をとってから、正人はファイアーボールを使う。火の玉が頭上に現れた。残ったすべての魔力を総動員して、温度を高めていく。


 景色がゆがみ、ボス部屋の温度が上がり、見守る里香たちからも大きな汗が流れ落ちていた。


 小さい太陽のように見える火の玉――ファイアーボールが、ゆっくりとオーガの顔面に落ちる。


 ジュッと、焼ける音がすると、蒸発してなくなった。しばらくすると体は消えていき、こぶし大の魔石と一枚のカードだけが残っていた。


 武器とスキルカード。残念ながら、その両方を手に入れられるほどの幸運は持ち合わせていなかったが、それでも特殊個体のボスを倒した成果としては、悪くはなかった。


「た、倒したのか?」


 咆吼の効果が切れた誠二がつぶやくと、ヒナタ、里香、冷夏が続いて歓喜の声を上げる。

 出会った瞬間に感じた死。それを覆すことが出来たのだ。今までの人生で最大の開放感だった。 


「正人さんッ――」


 里香は最後まで戦い続けていた正人に駆け寄ろうとして、途中で力が抜けて膝をつく。


 強烈な熱を体内から感じ、体の芯から燃えていくような感覚が続いた。

 ハァ、ハァと呼吸が浅くなり、次第に意識が薄まる。体が作り替えられていく不快感とともに全身のコントロールがきかなくなり、自分が自分でないものに無理矢理に変えられていく。


 暴れだそうとする体を必死に抑え込んでみるが、時間が経過するほど困難になる。


 泣きそうな顔をしながら走る正人を見ながら、里香はとうとう意識を手放してしまった。

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