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第25話 ボーンで、ドーン!!

 巨大なスケルトンはいくつものファイアーボールを宙に浮かべて攻撃をしていた。であれば、正人が覚えたファイアーボールも同じことができる。


 火の玉に追いかけられ場面を思い出しながら、正人はスキルを発動する。体内から魔力が抜けていく代わりに、火の玉が一つ、二つ、と周囲に浮かび上がった。だが、すぐに放つことはせず、時間をかけてコントロールできるギリギリまで粘り、その数を増やしていく。


 極度の集中と緊張により、汗が噴き出て、したたり落ちた。


 里香とヒナタに迫っていたオークどもが立ち止まり、宙を見上げたまま後ずさる。


 背後からの熱気を感じた二人が振り返ると、無数の火の玉に囲まれた正人がいた。


「す、すごい……何個あるの?」


 これが一気に放たれれば、ここにいるモンスターは全滅するだろう。しかし、部屋にいる里香たちも無事では済まない。ダンジョンで手に入るスキルに、フレンドリーファイアーを切る設定などないのだ。かといって、現在の正人に「他人を巻き込まないようにする」といった気遣いができるようには見えなかった。


「ヒナタちゃん! ここにいたら危ないから! 退避!」


 里香は大声を出しながら走り出した。

 警告によって、ようやく身の危険に気づいたヒナタは、ワンテンポ遅れてモンスターハウスと化した部屋から出る。その直後、花火が打ち上がったようなドンという低い音とともに、熱風が吹き荒れた。


 オーク、ゴブリン、グリーンウルフの叫び声が聞こえ、真っ赤になった灼熱の部屋から、焦げた臭いが漂ってくる。ここが地獄だと錯覚してしまうほど悲惨な現場だ。


 そんな状況下で、正人も無事なはずはない。

 爆風によって、階段下の小部屋まで吹き飛ばされていた。


 レベルアップと肉体強化によって大きな傷は受けていないが、それでも打ち身や擦り傷などはいくつもある。体内の魔力も使い切っていて、ボロボロの状態だ。


「大丈夫……ですか?」


 心配そうな声を出しながら、里香が駆け寄る。

 膝をつき抱き寄せた。


「うっ……」


 意識を失ったのは数秒。正人はすぐに覚醒すると、痛みをこらえながら目を開く。里香の顔が目の前にあった。


「どう……なりました?」


 ファイアーボールを放ってモンスターを燃やしたところまでは覚えていたが、全て倒せたのかまでは分かっていない。最期を見届ける前に吹き飛ばされてしまったからだ。


 ピンチを脱したのか、それともまだ続いているのか。その答えを待っていた。


「部屋にいたモンスターは全滅しています。また、助けてもらいましたね」


「違います。私の方こそ、また、助けてもらいました」


 里香は、正人を助けようとして穴から飛び降りたが、逆に巨大なスケルトンに殺されそうになった。だが、彼女がいなければ、正人が死んでいたのも間違いない。お互いに助けあい、救いあった関係といえる。それも一度ではなく二度。その経験が、二人だけの、出来たばかりだが強固な信頼関係に繋がっている。

 過ごした時間だけが長いパーティーでは、手に入れることは出来ない。金銭では手に入らない、探索者にとって価値のあるものだった。


「お互い様ですね」


「そうだね」


 緊張から解き放たれた二人の表情が緩む。

 親友、幼なじみ、兄弟、そういった気の置けない仲でしか出せない空気が、二人を包んでいる。


「うふふ、正人さんは年上なんですから、今みたいな口調でも良いんですよ?」


「そうだね。じゃぁ、お言葉に甘えようかな」


「ええ、お願いします」


 出会ったころからずっと、敬語だったのを気にしていた。

 里香にとって正人は年上で、探索者として先輩であり、同時に恩人だ。


 もっと気軽に話して欲しいと、ずっと前から思っていた。探索中に誠二と話していたのも、彼の会話のテクニックを参考にしようとしていたからだったのだが、結局、そんな努力は必要なかった。


 モンスターとの戦闘がきっかけというのが、何とも探索者らしいが、一気に心理的な距離が近づいたことで、心が喜びに満たされていた。


「正人さんは、こんがり焼けちゃいましたけど――」


 二人がまだ話を続けようとしたところで、元気の良い声がした。


「仲がいいんだね!!」


 正人がバッと起き上がる。

 ここがダンジョンだというところまでは覚えていたが、他のメンバーの存在を忘れていたのだ。それは里香も同様で、二人とも顔を真っ赤にさせながらも、何もなかった風を装う。


「ヒナタさん、ケガはありませんか?」


「うん! 正人さんのおかげだね! 姉さんと誠二君も元気だよ!」


 視線を奥に向ける。

 弓を構えたまま階段の奥を見つめる誠二と、薙刀を肩に乗せて正人と里香を見つめる冷夏がいた。


「階段の方は大丈夫でした?」


「はい。私と誠二君で倒せる数でしたから。時間がかかってしまい、ごめんなさい」


 退路の確保に時間がかかったことと、モンスターハウスで戦う正人の手助けができなかっこと。この二点に対しての謝罪だった。


 だが今回については、探索スキルの存在を黙っていた正人が悪い。先に伝えていれば「逃げよう」と発言したときに、すぐ行動できたからだ。しかし、階段の途中でモンスターと鉢合わせしたのは間違いなく、部屋を出て地上に上がろうとしたオークと挟み撃ちされていたので、戦闘は避けられなかっただろう。


「あれは不運な事故だったから謝る必要はありません。もちろん後で反省は必要ですが、まさかモンスターが階段を使って降りてくるなんて、誰が予想できました? それより、今回はパーティー全員が出来ることをして、困難を乗り越えたことを喜びたいですね」


 戦いでは頼りになり、仲間を無駄に責めることもしない。冷夏は、そんな正人のことを理想的な先輩と感じていた。双子なのに姉の役割を任せられていた彼女にとって、頼れる存在は何よりも求めていたものだった。

 同級生や誠二が持っていない安心感は、冷夏にとって麻薬のような魅力を持っている。


 後続がこないと確信した誠二が警戒を解くと、そんな二人を割って入るように正人に話しかけた。


「これ以上は来ないようですね。正人さんの言うとおり不運な事故でしたが、おかげで連携の確認は出来たと思います。それより――先ほどのスキルは、何を使ったんですか?」


 探索者は覚えたスキルを公にしないこともあるため、覚えているスキルを聞くことはマナーに反する。なぜなら、優秀なスキルを持っていると、ダンジョン内で他の探索者に狙われる可能性があるからだ。


 スキルを覚えた人間をダンジョンの中で殺害すると、一定の確率で覚えたスキルカードが、体から排出されるときがある。正人も最近になって知ったことだった。


 もちろん、積極的に人を殺そうとする探索者はいない。だがダンジョンで死亡した場合、人が殺したと立証するのは非常に困難。そもそも死体が見つからない可能性もある。いつ襲われるのかビクビクして過ごすのであれば、人に殺される理由――優秀なスキルを隠して自衛する方が安心できる。


 誠二はそのことを理解しつつも、若さ故の好奇心は抑えられなかった。


「ただのファイアーボールですよ。常オークションで出品されているので、手に入りやすくて、便利なんです」


「ファイアーボールですか……使い方次第では、あそこまで強力なスキルになるんですね。勉強になりました」


 深く考え込んでいるのか、顎に手を当てて動きが止まっている。

 地上の戦いに続き、地下での戦いでも誠二の予想を大きく上回る能力を発揮した正人に、対抗心や野心は完全に吹き飛んでいた。


 その後も雑談は続く。


「この部屋は……モンスターが待機する所があるなんて聞いたことありません。モンスターの中で特殊な個体が出るのと同じで、部屋にも特殊なものがあるのでしょうか?」


 冷夏が疑問を言うと、


「一部の学者はモンスターを生み出す部屋があると言っていました。もしかしたら、ここがそうだったのかもしれません」


 里香が過去に調べた情報から、もっともらしい答えを返す。

 モンスターがどこから出現するのか、誰もポップする瞬間を見たことはない。二十五年間、モンスターを狩り続けても絶滅することがないことから、どこかで発生しているのは間違いないと考えられていた。


「それ、知ってるー! ゲームで同じのあった!!」


 気楽に答えるヒナタ。脳天気な答えに里香と冷夏は同時に笑ってしまい、会話の方向性が完全に変わってしまった。この後は、ヒナタが好きなゲームの話題ばかりだ。


 しばらくして、正人がパンと手を叩いて注目を集める。


「話したりないと思いますが、後は安全なところに戻ってからで。皆で大量の魔石を回収しましょう」


 正人の発言に反発する者はなく、全員が魔石が敷き詰められた部屋へと入っていた。

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