正人の索敵スキルのおかげで必ず先に発見できる。さらに周辺のマップも手に取るように分かるため、モンスターを探す無駄な時間も極力排除してだ。見渡しが良いので奇襲とはいかないが、誠二の弓で先制攻撃を仕掛ける余裕はあり、オークが近づく前に倒せてしまうこともあった。
探索は順調。お互いの実力は十分に把握でき、予想より早く、三層で肩慣らしは終わってしまった。
ここで稼ぐのも悪くはないが、一方的に攻撃する状況では連携の確認にはならず、ボス戦の練習にもならない。さらにもっと効率よく魔力を吸収して、早く体を強化したいと考えた正人らは、四層へ向かうことにした。
出現するモンスターはオークとゴブリン、たまにグリーンウルフといった具合だ。それも集団で出てくる。多彩な攻撃を仕掛けてくることもあり、オークとの戦いで自信をつけた探索者でも、油断をしていると逃げ帰る羽目になるか、もしくはダンジョンで死ぬことも多い。死亡率が大きく上がる階層で、探索者にとって、大きな関門になっている。
石造りのらせん階段は、広いが手すりはなく、足を踏み外してしまえば、簡単に落ちてしまう。全員が壁側によりながら四層へと向かう。
一層、二層は森林、三層は草原で、四層目は遺跡だった。
フロア全体が巨大な都市の跡地で、レンガで作られた建物の一部だけが残っている。壊れた石畳や水の止まった噴水。さらには、ひび割れた樽に放置された馬車まである。昔は、ここで誰かが生活していたような痕跡が、いくつもあるのだ。
ダンジョンが出現してから長い時間がたったが、モンスターの脅威もあって、こういった謎については思うように研究は進んでいない。なぜ階層が変わると環境も大きく変わるか、そんなことすらも解明されず、時間だけが過ぎている。
「モンスターが住んでいた都市なんだっけ!?」
先頭を歩く正人の後ろから、そんな声が聞こえた。
本当かどうか、確認するすべはない。だがここでは、多くのモンスターが集団行動を行い、巡回するように通りを歩いているのは事実だ。他にも粗末な家を作って生活をするような動きまでする。朽ちてしまった故郷にしがみつく、亡国の亡者のように。
モンスターが住んでいた都市といった噂が流れるても不思議ではなかった。
「元々は人が住んでいたけど、モンスターが滅ぼした噂もあるんですよ」
「へー! 里香さんって物知り!」
「そ、そんなことないですよ。たまたま知っていただけです」
階層も深くなり、緊張した空気は戻ったが、やはり、どこか部活動のようなノリが残っている。一部の高校ではダンジョン探索部があるので、仮に「部活なんですよ」といっても彼女らには違和感はないだろう。
この状態のまま進んでしまうのはマズイと感じた正人が振り返り、注意をする。
「ここは隠れられる所が多い。周囲の警戒は怠らないようにお願いしますね」
さすがに初めて訪れた場所なので、言わずにはいられなかった。
これで関係が悪くなってしまっても、それまでだろう。
そんなことまで、うっすらと考えていたほどだ。
「「「ごめんなさい!」」」
だが、そんな覚悟など必要はなかった。誠二を除く、三人が一斉に謝罪をする。
その後、すぐに意識を切り替えて物陰などに視線を移す。
彼女たちも注意されて当たり前。油断をしてしまったことは理解できているのだ。
これでようやくいつも通りに戻る思い、安堵とともに正人は正面を向く。
一歩踏み出して、ピタリと動きが止まった。
脳内のレーダーに赤いマーカーが四つ。急に浮かんだからだ。しかも距離は近い。正人の前方。もともとの進行方向の先にある柱の陰から、オークが地面からにょきっと出てきた。
足元を見れば階段が見える。地下から上がってきたのだ。
三層で遭遇したオークのような隙は一切見当たらない。それぞれ、刃渡り二メートル以上ははある大鉈のような武器を持っている。錆ついているので切れ味はないが、使い込まれたように見え、見る者に恐怖を与える。
同じ種族でも別だと思った方が良い。他人に任せるには状況が悪すぎる。
「オークだ! 私が戦う!」
正人は瞬時に判断すると、全身に魔力をみなぎらせる。
――肉体強化。
――短剣術。
スキルを使い、力、耐久力、持久力など全てが飛躍的に向上。ナイフに魔力が付与され、最適な動きをアシストする。
石畳を砕いて走る。一秒後には、先頭にいるオーク前に立っていた。胸元をナイフで一突き。目を見開いたまま膝から力が抜けて倒れる。
だがオークは仲間の死を気にすることはない。動きの止まった正人に二本の刃が振り下ろされた。
それを両手に持ったナイフで、それぞれ弾く。キーンと金属音が鳴り、オークが持つ大鉈が地面を叩いた。
その隙を逃すはずはない。
――投擲。
軌道補正のかかったナイフは、オーク二匹の眉間を突き抜けて背後の壁に刺さった。
残り一匹。戦意は衰えず、果敢にも向かってくる。
大鉈が横薙ぎに振るわれた。
「ダメッ!!」
里香から悲鳴のような声が出た。後ろから見ると、当たってしまったように見えたのだ。実際には、正人がオークの懐まで入り、大鉈を持つ腕をつかんで動きを止めたに過ぎなかった。
「使わせてもらうよ」
オークの腕をねじり、力任せに大鉈を奪い取ると、天高くかかげる。そのまま地面までを両断する勢いで振り下ろした。
大鉈の刃がオークを両断。血を吹き出しながら倒れ、消えていく。
四匹の死体が転がる凄惨な現場は、キレイになくなっていた。
正人が後ろを振り返ると、四人は固まって立ち止まっていた。
「……」
戦闘が終了したのに、会話が生まれない。仕方なく、ナイフを回収しようとしたところで、冷夏がぼそりとつぶやく。
「す、すごい!!」
正人にしてみれば意外だと感じるほど熱のこもった声だった。妹のヒナタと一緒に駆け寄ってくる。
「レベルは、一つの差が大きいって聞いていましたが、オークのパワーに打ち勝つなんて……ここまでだとは、思いませんでした」
「アニメのヒーロー的な動きだったよね!!」
先ほどの戦闘で二人の評価が爆発するほど上昇しているのだ。これが”本物の探索者”だと思い込み、キラキラと輝くような目をしながら迫る。二人の女子高生パワーに圧倒されて、正人はたじろいでしまう。
助けてを求めるようにして里香を見た。
「戦闘が終わった時ほど、周囲を警戒しないと、ね。近くにモンスターがいないか、一緒に探しに行かない?」
正人の意図をくみ取って、里香が双子の姉妹に声をかけた。
探索中の会話で仲がよくなり砕けた口調になっている。
「そうですね。行きましょう」
「はーい!」
女性陣に開放された正人は一つ、大きく息を吐いてから壁に刺さったままのナイフを抜き取り、刃こぼれがないことを確認してから鞘にしまう。
ようやく落ち着いた正人は、先ほどの出来事を思い出すことにした。
オークが階段を使って地上に出たところで、マーカーが表示された。そのことから、索敵スキルだけでは、地下にいるモンスターには気づけない。そういった制限が、あることが判明したのだ。
スキルは万能ではない。そんな当たり前のことを再認識させられるとともに、もっと実践で使い、慣れていかなければいけないと、正人は反省する。
もう少し思考を深めたいところだったが、視線が煩わしくて中断した。
「ずっと見てますけど、何か用でもありますか?」
ずっと立ったまま、驚きに満ちた表情で、正人を見ていた誠二に話しかけたのだった。