目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第22話 正しい判断なんだけど……ね

 土曜日の本日、合同パーティー初の探索を行うことになった。


 しばらくはお互いの能力の把握と、戦いの経験を積んで、実力を上げることが目的となっている。ただ一つだけ問題があった。


 レベル二の正人がいると、他のメンバーが手を出す前に、一人で全て倒せてしまうのだ。彼がいるだけで連携など無意味で、他のメンバーの成長を妨げてしまう。これは誠二だけでなく、正人も同様の判断を下している。


 解決策は非常にシンプルだ。正人の役割は斥候――モンスターの発見だけで、戦闘には参加しないという取り決めになったのだ。


 戦闘に参加するのは誠二、冷夏、ヒナタ、里香の四人。

 誠二はコンポジットボウを使って後方から戦うタイプだ。冷夏は刀身がうっすらと青い薙刀、ヒナタの方はうっすらと赤くなっているレイピアを使う。台湾のダンジョンから手に入る熱石、冷石を使っており、ダンジョン鉄より強度、切れ味は高い。普通の鉄板ならバターのように両断できるほどだ。正人や里香よりワンランクは上の素材を使っていた。


 さらに防具も上等なものだ。誠二はアラクネがドロップする糸で編まれた鉄より丈夫な、美しい緑色の服をきている。冷夏とヒナタは、リザードマンがドロップする皮で作った、おそろいの鎧やブーツをつけている。


 装備に何千万円使ったのか、正人は予想すら出来ない。武具の質に大きな差があり、買いそろえたばかりの頼もしいと感じていた装備が、弱々しく見えてしまった。


 資金力の違いにより持ち物に差が出てしまっている。正人の中には、羨ましいと感じる思いは、当然ある。しかし全てが劣っているわけではない。むしろお金では手に入らない、戦闘経験、実力、何よりこの前手に入れたスキルによって総合的には負けてないと思い直し、気持ちを高めていた。


◆◆◆


 ――東京ダンジョン三層。


 最初に訪れた頃と変わらず、あたり一面は草原で、見通しは良く、隠れる場所はほとんどない。


 正人は他のメンバーより十メートルほど先を歩き、オークの痕跡を調べている。索敵のスキルは封印中だ。使ってもよいのだが、頼るほどでもないと思ったのだ。


 スキル昇華のことは口外するつもりはないが、それ以外のスキルは、積極的に広めることはないが、逆に探索では隠すつもりもなかった。

 周りを気にして使用を控えていたら、覚えた意味はない上に、使いこなすこともできないからだ。


 かすかに聞こえる音や足跡といった痕跡を入念に調べながら、進む。その後ろでは、女性陣の楽しげな会話が聞こえた。最低限の警戒はしているようで、四人とも周囲の様子は確認している。


 だがそれも長くは続かない。見通しも良く、遠距離から攻撃される心配がなければ、気は緩んでしまうもの。誠二が会話に参加してからは、会話はさらに盛り上がり、ピクニックをしているような雰囲気に変わっていた。


(なんだか、私ばかり働かされている気がする……)


 正人が内心で愚痴を吐きたくなるのも無理はない。合同パーティーを組んでいるのにもかかわらず、心理的にはソロと状況が変わらないのだ。むしろ、近くに楽しそうに話している集団がいるだけ、たちが悪い。


 オークから不意打ちされることはないだろうが、それでも発見が遅れて、準備が整う前に攻撃されてしまう危険はある。正人は注意することも考えたが、誠二が会話の中心にいる限り再発するだろうと、諦める。


 他のメンバーは頼りにならない。全員の安全を確保するため、しかたなく、索敵のスキルを使うことにした。


 脳内にレーダーマップが浮かび上がる。周囲一キロメートル以内にある地形が表示され、高低差や障害物などが分かるようになっていた。生物はマーカーとして表示されており、青は正人が味方だと認識している生物、赤はモンスターなのだが、大きさや種族までは分からない。


 ちょうど範囲ギリギリの前方に、赤いマーカーが二つ浮かんでいた。


 警告するか悩んだのは一瞬。この状況に耐えられそうにないのと、何よりモンスターが近くにいるので、早めに意識を切り替えて欲しいと考えたのだ。


「この先に、オークがいます。数は……恐らく二匹」


 正人の声でようやく、おしゃべりが止まる。


「場所は特定できそうですか……?」


 四人を代表して誠二が聞く。

 正人は無言でうなずくと、ピクニック気分が吹き飛び、意識を切り替えたパーティー一同が歩き出した。

 もう先ほどのような、おしゃべりはない。武器を持つ手に力が入る。正人は、いつでもサポートできるようにと、二本のナイフを鞘から抜いていた。


 一分も経たずにモンスターの姿が見えた。予想通りオークが二匹。武器は持っていないうえに、イレギュラーな個体には見えない。正人たちに気づいているが、油断しているようで、ゆっくりと歩いているだけだ。


 いつも通りに戦えば余裕をもって処理できる。


「僕たちに任せてくれてますよね?」


「分かっています。周囲を警戒しておくので、四人で戦って下さい」


「ええ、練習台には良い相手です。冷夏、ヒナタは右側のオーク。里香は左側を任せました」


 探索中は呼び捨てと決めている。双子の二人は同時に飛び出す。里香は正人を見た。


「危なくなったら助けます。安心して下さい」


「はい!!」


 今の一言で里香は笑顔になり、走り出した。

 その間に誠二が弓を構えてギリギリと弦を引き、放った。矢は走る三人を追い越し、左に立つオークの目に刺さる。


「グォォォォ!!」


 あまりの痛みにオークは顔を押さえて、うずくまる。里香は躊躇することなく、冷静に脳天に剣を叩きつけた。ビクンと痙攣してから絶命する。


 倒したことを確認した里香は、隣を見た。

 いくつもの切り傷を作り、薙刀で喉を貫かれたオークが消えているところだった。


 二匹の死体は魔石だけを残して消えていく。


「姉ちゃん、やっったね!」


 ヒナタが姉の冷夏に抱きつく。クルクルとコマのように回ってから、ゆっくりと地面に足が着いた。


「もう、はしゃぎすぎ」


「だってー! 今回は理想的な倒し方が出来たじゃん!」


「まぁね……」


 そう答える冷夏の口元は薄く笑っていて、表向きはともかく心の中では同意しているように見える。


 次にヒナタは里香の方にかけより、健闘をたたえる。彼女としては倒れているオークを叩き潰しただけなので、大げさに喜ばれてしまい、戸惑っているのだが、それでも裏表のない笑顔と言葉につられて笑っていた。


「みんな、ケガはありませんか?」


 そんな中を、拍手しながら歩く誠二が入っていた。


「見て分からない!? 僕は大丈夫だよ!」


「オーク一匹なら普通に倒せましたね」


「弓のおかげで楽に倒せました」


 三者三様に返事をすると、狩りの成果を褒め合う。一瞬にして、和気藹々とした雰囲気に戻ったのだ。


「他に敵がいないから、いいんだけどね……」


 索敵スキルを使って周囲を警戒し続けている正人は、すぐに消えてしまうような声で、つぶやいた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?