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第16話 うちのパーティーは折半だから

 スケルトンが倒れていた場所に、一枚のカードが残っていた。

 トランプのカードと同程度の大きさに、ツルツルとした光沢感がある。魔力によってうっすらと青く発光しており、本物だと主張していた。


「ドロップアイテムの確認を忘れてたよ」


 レベルアップの騒動で二人とも忘れていたが、普通であれば倒した後すぐに探すべき物だ。特に強力なモンスターになればドロップ率は高く、スキルカードといった貴重品が期待できる。


「スキルカードが落ちてますね……火の玉?」


 里香が拾い上げたカードに文字はない。火の玉がいくつも浮いている絵だけがあった。


 スキルカードには説明文はなく、絵から取得可能なスキルを推測するしかない。未知のスキルカードを発見しても、すぐに効果が分かることはないため、誰かが取得する必要がある。


 予想通りのスキルであれば問題ないが、違った能力であれば「売った方が良かった」といった結果にもなりやすい。未鑑定のスキルカードの使用は博打行為であるが、今回は一般的なスキルカードだったので、何のスキルが得られるのかすぐに分かった。


「ファイアーボールだね」


 スケルトンが使っていたスキルだ。数、威力、スピードは込めた魔力によって変わり、モンスターが強くなっても使える、汎用性が高く人気だ。


 探索者専用のオークションで販売すれば、二百万円以上の値は付くだろう。それは、里香のローンが一気に返済でき、正人の壊れた装備も買い換えられる金額である。


 一方で、使わずにスキルカードを使う方法もある。


 スキルを覚えることで今後の探索は安全になり、効率も上がるのは間違いない。三層のオークなど簡単に倒せる。四層にいっても余裕のある狩りができるだろう。他にもファイアーボールを使えるだけで、色んなパーティーからスカウトされる。スキルを所有した探索者とは、それほど魅力的であり、頼もしい力を持つ仲間であった。


「どうします……?」


 手に持ったスキルカードを正人に差し出す。


「換金して折半にしよっか」


「私が戦場にいたのは一分にも満たなかったと思いますし、遠慮しておきます」


「里香さんがあの時に注意を惹きつけていなければ、間違いなく死んでた。時間の問題ではないよ」


「……でも」


 逃げ回っていた里香は、スケルトンと戦った実感はなく、役に立ったと思っていなかった。一方、正人は唯一無二のタイミングで助けに入ってもらったと、恩に感じている。二人の意識にギャップがあり、それがスキルカードの使い道を悩ませる結果につながっていた。


 独り占めか、折半か、または投資のためにスキルを覚えるか。

 しばらくの沈黙の後、里香が一つの懸念を伝える。


「正人さんが覚えたスキルですが"経験がスキルに変わる"んですよね?」


「そうだけど、何か気になることが?」


「経験を蓄積してスキルに変化する素晴らしい能力なのは間違いありません。ナイフを使っていれば短剣術を覚えるってことですよね。では、ファイアーボールといったスキルは? どうやって経験すれば良いのでしょうか?」


「なるほど、そういうことか」


 ファイアーボールといったスキルは、どうやって経験すればよいのか?

 今の二人には思い浮かばなかった。故にスキルにするための経験がたまらない。里香はその点を指摘していた。


「少し悩むけど……」


 スキル昇華は覚えたばかりで、全ての能力を把握しているわけではないが、正人は覚えられるだろうと漠然とした考えが浮かんでいた。


 楽観的だと切り捨てることも出来るが、スキルの使い方は本能で理解するものだ。直感を馬鹿にすることは出来ない。


「里香さんはファイアーボールを覚えたい?」


「私は剣を使っているので不要です。使うなら正人さんが最適だと思います」


「なら、オークションで売ろう。私には必要ない」


 レベルアップによって正人の身体能力は飛躍的に向上した。さらに、努力すればスキルが手に入る破格の能力付き。将来の備えとしては十分。であれば、目先の生活と装備の補充に充てるべきだと判断したのだ。


「良いんですか?」


「レベルアップとスキル昇華で強くなったからね。それに、ファイアーボールはスキルの中でも手に入りやすい。経験が積めなかったとしても、手に入れる機会はあるさ」


「分かりました」


「あと、スキルカードと魔石の売上は折半するよ。これは譲れない」


「ありがとうございます」


 壊れた装備をリュックに入れると、里香が降りるときに使ったロープを登って、洞窟の外に出る。


「戦わずに戻ろう」


 そういうと、正人は里香の手をつないでから隠密のスキルを使う。魔力が二人を包み込み、二人の気配が一気に薄くなった。


 強力なスキルを使わない限り二人を発見できない。モンスターに出会うことなく、無事にダンジョンから脱出した。


◆◆◆


 魔石の売却は、ダンジョンに併設された買取所で行う。魔石はエネルギー源として使われるため、指定された場所以外で買い取ってもらうのは禁止されているのだ。


 東京ダンジョンから無事に脱出した二人は、受付が空くのを待っていた。清潔感のある白い床に椅子がずらりとならんでいる。剣や槍、弓といった武器を持った探索者が正人たちのように順番を待っており、その手には整理券が握られていた。


「ポーン」


 カウンターの上には液晶モニターがあり、軽快な音とともに表示される番号が変わった。席に座っていた探索者が一斉に顔を上げて、整理券を確認する。


「248番の方、お待たせしました」


 正人が持っている整理券と同じ番号だ。立ち上がるとカウンターの前にまで移動し、受付にあるオフィス用の椅子に座る。一人分の席しかないので、里香は後ろで見学だ。


「魔石の買取りをお願いします」


 そう言いながらスケルトンの魔石をカウンターに置く。こぶしよりやや小さい大きさで、透き通るような赤さだ。ルビーだと言われたら信じてしまうほど美しい。


「お預かりします」


 職員の女性は内心で感嘆の声を上げるが、表には出さない。

 幾何学模様が描かれた金属の箱に入れる。ブラックライトのような光が照らされると、パソコンに詳細と価格が表示された。


「魔力濃度は34.2、ランクはCですね。今の相場だと五十万円になります」


 魔石に含まれている魔力量によって買取価格が変わり、ゴブリンだと魔力濃度の平均値は5.0だ。ランクもFと最も低い。


 スケルトンの魔石はランクC。東京ダンジョンだと十層辺りに出現するモンスターと同等の価値だと評価された。日本で最も多く魔石の取引がされている東京ダンジョン付属の換金所でも、あまりお目にかかることのない品質だ。


 スケルトンは、レベル一の正人が一人で倒せる強さではないことが、魔石のランクからでも分かった。


「どうする?」


 後ろを振り返り里香の意見を聞く。


「お任せしますね」


「じゃ、売る方向で進めるね」


 受付の女性にこの場で売ることを伝えると、カウンターの下にある金庫から札束が出てくる。封筒に入れるとカウンターに置かれた。


「五十万円です。ご確認ください」


 枚数を確認した正人は封筒をもう一つもらうと、半分に分ける。そのうちの一つを里香に渡した。


「うちのパーティーは折半だからね」


 再び遠慮しないようにと、くぎを刺す。


「ありがとうございます」


 押しの強さに苦笑しながらも、里香は両手でしっかりと封筒を受け取った。

 正人は再び職員の方を向く。


「それと、これの出品をお願いします」


 リュックからスキルカードを取り出すと、カウンターの上に置いた。


「珍しいものを手に入れましたね。手数料は売上の20%になります」


 スキルカードのオークションも、買取所が仲介している。探索者個人の出品は禁止されているのだ。詐欺と、個人情報保護が目的だ。


 過去に詐欺が横行したのと、貴重なスキルカードを出品した探索者が殺される事件が多発したため、手数料が高くても利用するしかない。


「大丈夫です」


 出品同意書にサインをして作業は終了。

 翌日には落札。数日後には、正人の手元に百六十万円もの大金が入り込んだ。

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