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第15話 骨と殴り合って勝てるんですか?

 相手が無手になったからといって、対等な殴り合いになるはずがない。


 無限の体力を誇るスケルトンは、休まず長い腕を使って攻撃する。正人は、上から振り下ろされる左腕をバックステップで回避すると、着地の瞬間を狙われて右手で捕まれそうになる。しゃがんで回避すると、髪の毛が数本、刈り取られてしまった。


 再びスケルトンの懐に入ろうとするが、正人の頭部を狙った、強烈なサッカーボールキック――前蹴りが襲い来る。


「グッッ!」


 かろうじて動く右腕で受け流すが、衝撃を完全になくすことはできず、後方に吹き飛ばされてしまい、再び距離が開いてしまった。


 ポールアックスに比べれば威力は低く、技術は正人の方が上回っている。だが成人男性の倍以上ある身長とパワーが全てを覆す。多少の実力差など無いようなものだ。


 全身、特に左腕が強く痛む。正人は、一瞬、このまま意識を失えば楽になれると考えてしまうが、里香や地上に残した弟たちのことを思い出すと、最後の意思を振り絞って誘惑をはねのけた。


 壁を支えにしながら立ち上がり、スケルトンを見る。瞳に赤みが帯びていた。時間とともに色は濃くなっていく。ファイアーボールを使う兆候だ。


「使わせるかッ!」


 すでに体力・気力は限界に近い。長期戦は不可能。正人は勝つために全速力で走り出した。


 体の動きは鈍く、いつもよりスピードは出ない。だが確実に前に進み、踏み潰してくる足を転がってかわし、スケルトンの足下に向かい、ラージシールドでたたき落とされたナイフを拾ったのだ。


 そのまま走り抜けて、後ろを振り返る。その瞬間、動きが止まってしまった。


 スケルトンがその隙を見逃すはずがない。


 瞳が赤く光り、上空にファイアーボールが浮かぶ。数は一つ。だが熱量は通常の倍以上ある。ゴクリと正人の喉がなったのと同時に放たれた。


 肌を焼くような熱気が近づいてくる。外に出たと錯覚するほど、目の前が明るい。空気をゆがめ、焦がしながらも勢いは止まらない。


 腕でたたき落とすには高温すぎる。ダンジョン鉄とはいえ、溶けてしまいそうだ。残された選択肢は一つ。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 声を上げて全力で逃げる。

 横に飛んでギリギリのタイミングで回避したかと思うと、爆風が背中を襲った。


「グッ」


 壁にたたきつけられ、飛んできた岩が胸を直撃。胸当てが大きくへこみ、口から血が流れ落ち、目がかすむ。


 ダンジョンを探索してから最も死の気配が近い。

 かろうじて体は動く。だが心が先に折れかけていた。


 ここで生きることを諦めても誰も責めないだろう。生きる努力はした。運がなかったと諦めることも出来るだろう。痛みによって動けないと言い訳しても良い。


 実際に兼業探索者であれば、ここまで生き延びられなかったのは間違いない。

 正人は死に抗う覚悟があり、生への執着も強い。全力で生き残ろうとしたのは間違いない。


 そんな彼の心が現実に負けそうになっていた。


 スケルトンが近づいてくる。正人は目を閉じて全てを受け入れようとする。


「・・・・・・違うね」


 春と烈火の顔が浮かんでいた。

 ここで正人が死んでしまえば次は弟が探索者になる番だ。同じ道を歩き、そして結末まで変わらないだろう。


 それは、それだけは、許されない。


 残っていた気力をかき集め、時間をかけながらも体に力を入れて立ち上がる。

 ふと、攻撃が来ないことに正人は疑問を抱いた。

 踏み潰されたカエルのような死体になっていても不思議ではないほど、時間をかけていたから。


 顔を上げる。スケルトンから逃げ回る里香が目に入った。


「正人さん起きてくださいーーー!!」


 涙声で叫んでいる。

 それが、奇しくも注意を引くことになり、正人への攻撃を中断させていたのだ。


 スケルトンに負けそうであれば、見捨てる選択肢もあった。出会って間もない関係だ。普通ならそちらを選ぶ。


 だが里香は、違った。助けて欲しいときに助けてもらった。必ず恩を返す。それは彼女なりの矜持であった。だから逃げるわけにはいかないのだ。


「最高の相棒だね」


 背中を後押ししてもらった正人は、投擲の構えをする。

 助けたい気持ちを無理矢理抑えて、機会を待つ。


 逃げ回っていた里香が、ついに足が動かなくなり、膝をつく。

 スケルトンは足を上げて踏み潰そうとした。


 ――シュッ。


 空気を切る音を立てて必中のナイフが飛び、次の瞬間、ヒザの骨が砕け散った。


 何が起こったのか分からないまま、支えを失ったスケルトンは背から倒れる。偶然ではない。狙い通りだ。


 正人は残る全ての力を総動員して骨を駆け上り、左胸まで行く。右手を突っ込むと魔石を握った。引きちぎるように抜き取る。


「――――!!」


 最後の抵抗とばかりに咆吼を放って正人を吹き飛ばした。魔石を握りしめたまま転がる。もう立ち上がる力は残っていないが、その必要もなかった。


 動力源となる魔石を抜き取られたスケルトンは、姿が薄れていき消えていく。魔力へと還った。


 それと同時に、正人は強烈な熱を体内から感じる。体の芯から燃えていくような感覚が続き、背を丸めてじっと耐える。そうしなければ気を失いそうだ。異変に気づいた里香が近づいて声をかけるが、正人は何を言っているのか理解できない。それほどに意識は体内へと集中していた。


 しかし、そんな危険な状態は長くは続かなかった。始まりが唐突であれば終わり方も同じだった。先ほどまでの熱が錯覚だったかのように、急速になくなる。


 その代わりに、体内に溜め込んだ魔力が一段と強くなり、生物として一つ格が上がったことを確認する。手の甲を見れば縦線が二つに増えていた。


「レベルが……上がった」


 強敵と戦い打ち勝つ。命を賭けた戦いは試練と呼ぶにふさわしく、祝福するかのように体がつくり変わったのだ。いつの間にか全身の痛みはなくなっている。万全とまではいかないが、ゴブリンと戦う程度であれば問題ない状態だ。


「それに、これは、スキル……?」


「レベルにスキルまで!?」


 正人と共に里香も驚く。レベルアップと同時にスキルを覚えることはあるが、確率は低く、実際に経験することはほぼありえない。だがレベルアップで手に入るスキルは、どれも強力。今回手に入れたスキルも例外ではない。


「どんなスキルなんですか?」


 興奮した声で里香が問いかける。


「スキル昇華……これは使える」


 スキルの名前、使い方は、覚えたときに脳内に刻み込まれる。

 強制的に脳内にインストールされるような感覚だ。


「経験がスキルに変わる。そんな能力らしい」


「それって……」


「スキルカードもレベルアップも不要。自動でスキルになるみたい」


 一流の探索者でもスキルは数個しか保有していない。それほどスキルカードはレアであり、スキルを持っていること自体が有能で実力がある証でもある。


 それを正人は経験さえすれば手に入るようになったのだ。破格の能力と言える。さらに、今まで経験から既にいくつかのスキルも獲得していた。


「魔力視、隠密、索敵、短剣術、投擲術を手に入れた」


「冗談……ですよね?」


「だと思うよね・・・・・・ちょっと、試してみようか」


 スケルトンの膝を打ち砕いたナイフを手に取る。短剣術のスキルを意識すると、刃が青く光った。ナイフを振るうと、今まで以上に体が軽く、スムーズに動く。地面に突き刺すと、抵抗はなく、吸い込まれるようにして入っていく。


 スキルを使うと魔力の恩恵が得られるのだ。効果は様々。戦闘系の技術の場合は切れ味や威力、耐久力の向上、動作補助などがある。岩を豆腐のように切ることも可能なのだ。


「うぁー。本当にスキルが発動していますね」


「自分でもビックリしてる」


 未だに現実感がないものの覚えたスキルを試していく。魔力視は魔力の流れが分かるようになり、隠密は気配が薄くなる。目の前にいた里香が一瞬見失うほどだ。索敵はレーダーのように生物の位置が分かるというもので、試しに周辺を調べてみると、二人しかいないことが分かった。


 スキルの検証で興奮していた二人だったが、しばらくすると落ち着く。


 後回しにしていた、スケルトンが残したドロップ品について話し合うことにしたのだ。

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