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第11話 仲間になってもいいですか?

 今度はパーティーの動きを確認するため、東京ダンジョンの二層に到着した。


 先導する正人は、モンスターの痕跡を探しながら森の奥へと進み、里香はアヒルのヒナのように後ろをついていく。


 一層に比べて探索者の数は減り、モンスターの数は増えている。サファリパークを車に乗らず散歩しているような緊張感があった。


 ――パキッ


 少し離れたところから、乾いた音が聞こえた。


 里香は足元を見るが何もない。音の発生源が自分ではないことに一安心する。顔を上げて前を見ると、正人と目があう。その真剣な表情に嫌な気配を感じながら、里香もゆっくりと後ろを振り返ると、三匹のゴブリンがいた。


 距離は二十メートルほど。全員おそろいの斧を持っている。片手で振り回せるほどなので、大きくはない。錆が浮き上がっており、切れ味は悪そうだ。こちらの姿は発見されていて、殺気を放ちながら一直線に向かってくる。


「と、突撃します」


 それが剣士の役目だと。その程度の覚悟がなければ、役に立つと思ってもらわなければ、パーティーを組むなんてできない。里香が瞬時に思い付いたうえでの発言だ。


 ようやく訪れたチャンスを逃すわけにはいかず、恐怖で体が震えそうなのを必死に抑えていた。


「無理はしなくて良いよ。それは私がやる。あいつらをかき乱すから、隙を見つけて攻撃してほしい」


 ゴブリンとの距離は数メートルにまで縮まった。返事を待たず正人は飛び出す。


 両手に持った二本のナイフを器用に使って、三方からの攻撃をいなしていく。攻撃を当てるどころか触れることすらかなわない。身体能力、技術力、そのすべてがゴブリンを上回っている。


「あの中に入らないと……」


 集団が発する殺気に怖じ気づき、自分のミスで仲間を傷つけてしまう不安にかられていた。


「覚悟決めるんだ……。頑張れ、頑張れ、ワタシ」


 ここで立っているだけでは正人に認めてもらえないと、気持ちを奮い立たせる。

 怒り狂うゴブリンは、里香の存在を忘れており、背後を狙うのは簡単だ。奇襲の成功率は高い。


 戦場に飛び込むと、腕を大きく引いて突き出した。


「ギャァァ!!」


 どてっぱらを貫かれたゴブリンが斧を落として暴れる。突き刺さったままの剣を手で抜こうとするが、血でぬれているので滑ってうまくいかない。助けを求めるように他の二匹を見るが、反撃に出た正人によって、動きを止められていた。


 絶望した表情を浮かべながら、次第に抵抗が弱くなり、消えていく。


「遅い! 消えるのを待たない! もっと早く倒すんだ!」

「は、はい!」


 ビクンと一瞬だけ体が硬直してから、飛び跳ねるようにして動き出し、もう一匹を切りつける。


 肩から胸にかけて切り込みが入った。トドメをさした手ごたえを感じると、消えるのを待たずに目標を変える。


 正人に斧を振り回して最後まで抵抗しているゴブリンの背後に忍び寄ると、剣を上段から振り下ろして頭をたたき割った。またしても派手に血が飛び散る。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 里香は体の中に魔力が入ってくるのを感じながら、倒れたゴブリンを見つめ、呼吸を整える。


「お疲れ様。周囲の警戒はしておくから。少し休んでいいよ」


 無言でうなずくと地面に座る。恰好など構っていられない。背中を丸めながら胡坐をかいていた。「制服からズボンに履き替えてよかった」と、そんな取るに足らない思考が脳内をめぐる。極度の緊張と疲労によって、里香の思考が鈍っているのだ。


 一層と違って複数。それも殺気をぶつけられ、本当の戦闘というものの体験をした。殺すことの忌避感はないが、殺されるかもしれない、誰かが殺されてしまうかもしれない、そういった恐怖が今も残り、手が細かく震えている。


 ――探索者を続けられるだろうか?


 後がないのに、続けることを心が少しためらっているように感じていた。もしここで折れてしまったら、二度と立ち上がれないだろうことは容易に想像がつく。


「怖かったよね」


 心情の変化を察した正人が、里香に話しかける。

 見下すような声ではなく、労わるような声色だ。


「パーティーを組むなら、さっきのように一番危険なポジションは私が受け持つ。里香さんは後ろから攻撃してくれればいいんだ。ゴブリン程度じゃ、目を閉じてても避けられるから好きに動いて良いんだからね」

「それだと……」

「不公平とか思ってるのかな? 経験が浅く、ろくに体の強化もされていない人に、正面から戦えとは言えないよ」

「ですが、剣士なんです。真っ先に切り込みに行く役割なんです」

「それは装備を整えて、戦闘に慣れてからチャレンジすればいいよ」

「……え?」

「しばらくは今みたいに、二層でゴブリンを狩って身体能力を強化しよう。それと同時に戦うことに慣れていけば、もっと活躍できるようになるよ」


 先の戦闘でお互いの実力、役割――パーティーとしての動きがハッキリした。


 斥候が真っ先に切り込み、戦闘の中心にいる歪な戦い方になるが、里香が経験を積んでいけば役割も変わり、自然と解消されていくので問題はない。


 二回の戦闘を経て精神面の成長も見られる。人としても信用できそうとそうであれば、正人は安心して仲間に加えることが出来ると考えた。


「それって、明日からも一緒にダンジョンに入ってくれるってことですか?」

「うん。里香さんが良ければ、パーティーを組まない?」

「お願いしますッ!」


 試験をクリアしたと分かり、里香の中から活力に似たものが沸き上がってくるのを感じた。細いながらも、普通に生きる道ができたのだ。感極まって涙が浮かんでいる。


「休憩はこれぐらいにして、もうちょっと狩りを続けようか」


 再び獲物を探すために歩き始める。次はすぐに見つかった。今度はグリーンウルフが二匹とゴブリンが一匹。グリーンウルフは飼われているようで、ゴブリンを守るようにして周囲を警戒していた。


「ナイフを投げてから突入する。里香さんは、さっきみたいに隙があれば攻撃して」

「わかりました」


 正人はしっかりうなずいたのを見てから、音を出さずにナイフを投擲する。ゴブリンの脳天に突き刺さると同時に襲いかかった。


「こっちだ!」


 声を出してグリーンウルフの注目を集める。


 予定通り、残った二匹のグリーンウルフは牙をむき出しにすると、正人に向かって走り出した。


 周囲の景色に溶け込むような色をしているため、姿がとらえにくいが、正人には関係ない。口を開いてとびかかってくる一匹を、すれ違いざま切りつける。


「ギャウン!」


 傷を負った痛みによって、着地に失敗して転倒。その隙を狙った里香が、頭に剣を突き刺した。


「ナイス! 残りは一匹!」


 二人に囲まれたグリーンウルフが必死に抵抗するが、正人の一撃で倒されてしまう。一撃の威力を補う里香が入ることによって、今まで以上に安定した戦闘がおこなえていた。


「今日はこのぐらいにしよう」


 里香の疲れが目立ってきたので、正人は本日の探索を切り上げることにした。


 魔石を回収してから地上に上がり、窓口で換金するとちょうど五千円だった。遠慮する里香に押し付けるようにして半額を渡すと、二人は車に乗り込み帰路につく。


 探索者が職業の一つとして認められてはいるが、武器の持ち歩きは厳しいままだ。刃をむき出しにして道を歩くことは禁止されており、袋に入れても場合によっては、危険物を持ち歩いているとして、勾留される可能性もあった。


 そういった事情もあり、探索者の移動は車を使うことを推奨されている。その点においても、里香は正人とパーティーを組んで助けられていた。


「明日は土曜日だから、朝からダンジョンに入ってもいいかな?」

「はい」

「八時に迎えに行くから」


 明日の予定を決めると里香を施設の前に降ろす。

 一人になった正人は、車を動かして家へと向かった。

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