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第10話 ゴブリン殺せるかな?

 お互いに同意を得たら次は実力の確認だ。探索者は実力主義。実力が伴わなければパーティーを組む価値はないのだ。モンスターを狩ることに決めると、烈火と別れた二人は、装備を整えてから東京ダンジョンの一層に移動していた。


 時刻は四時過ぎ。これから探索を始めるには遅く、混む時間帯だ。


 ゲートで入出手続きをしてからダンジョンに入る。正人の姿はいつもと変わりない。金属の胸当て、ガントレット、ブーツを身に着け、大型のナイフを二本持っている。もちろん、魔石を回収するリュックも健在だ。


 一方、里香の装備はシンプル。両刃の片手剣しかない。ダンジョン鉄を使われているが、普通の鉄の混ざりもので、強度はそこまでない。防具は一切なく、上下ジャージに靴はスニーカーという貧弱さだ。


 正人は彼女の姿を見たとき、思わず帰れと言いかけるほどだった。寸前のところで相手の事情を思い出すと、何とかしてあげたい気持ちがわき上がる。装備は後回し、実力を確かめようと考え直す。


 案内するように先頭を歩き、予定通りダンジョンの中へを入っていったのだ。


「本当にダンジョン内に森があるんですね」

「全部、魔力で作られた偽物だけどね。モンスターがドロップしたものじゃないとダンジョンの外に持ち出せないから注意してね」

「分かってますって。免許を取るときに勉強しましたから」


 フィールド内にある植物、鉱物、動物、その全てが魔力で作られた偽りの存在だ。ダンジョンから出すと消えてしまう。


 唯一の例外がモンスターが残すドロップ品だった。正人の武器に使われているダンジョン鉄は、四層に出現するアイアンアントと呼ばれる昆虫型のモンスターから手に入る。地面から掘り出して見つけることは出来ない。


 ダンジョン鉄の入手効率は悪いので、普通の鉄も使われ続けている。


 もしも、ダンジョン内にある全てが資源として大量に用意できるのであれば、日本中はダンジョン産の物であふれるようになり、国はもっと豊かになっていただろう。


「知識は問題ないと。それじゃ、そろそろ本番だ。ゴブリンを一人で倒してもらえるかな? 戦い方を見せて欲しい」

「わかりました」


 里香がうなずくと、二人は歩き出した。


 さっさと目的を達成するためにゴブリンを探すが、人混みの中で見つけるのには時間がかかる。怒号や悲鳴を聞きながら進み探していく。 目の前で繰り広げられる戦闘を目にした里香の視線は落ち着きがなく、あちこちに飛んでいる。他人の戦闘を見ては、喉の渇きが強くなり、うっすらと汗が浮かび上がる。


 十六歳の少女が、敵意をむき出しにしたモンスターと戦おうとしているのだ。緊張するなというほうが無茶な話だろう。こういった状況になると、誰が何を言っても効果はない。結局のところ、経験と慣れが必要不可欠で、一人で乗り越えるしかないのだ。


 正人はあえて何も言わずに、邪魔な草や枝を切り落としながらゴブリンを探していく。二十分以上も歩き続けてようやく、ゴブリンを一匹みつけた。


「任せた」


 小さくつぶやくと、正人は後ろに下がる。自然と里香が先頭に立つことになった。ゴクリと喉がなる。剣を握る手に汗が浮き上がり握り直す。


 ゴブリンは木の実を食べるのに必死で気づいていない。


 里香は浅い呼吸を止めて一瞬だけ目をつぶってから開き、意識を切り替えると、走り出した。


「グギャ!?」


 足と音に気付いたゴブリンは、木の実を投げ捨てて、上段から振り下ろされる剣を棍棒で受け止めた。数センチほど切り込みは入るが、木で作られた棍棒は切断はできなかった。単純に力が足りないのだ。何度かモンスターを倒して魔力を吸収して、肉体の強化が進めば話は変わるが、未強化のままであれば、この結果も仕方がない。


 一瞬拮抗した後は、ゴブリンが棍棒を振り払う。筋力は里香が負けていた。奇声を上げながら棍棒を振り回し始めた。


「ギャ! ギャ! ギャギャ!!」


 ブンブンと風を切る音が里香の耳に届く。それを冷静にかわし続けていた。


「戦闘が始まってからは、落ち着いている。体の動かし方も完全な素人ってわけではなさそうだ。剣術を習っていたってのが、嘘じゃなくてよかった」


 すでに肩入れしてしまっている正人にとって、仲間に入れない理由がなくなり安心した。


 力や技術、経験は後からつけることはできる。だが性格は容易に変わることはない。嘘をつく人間は信用できず、人間性に問題があれば、どんなに後味が悪くなっても別れる予定だった。


 正人が戦闘の推移を観察し続けている。


 里香の息が荒くなり、力の限界が見えてきたところで、ついに大きな変化が訪れる。攻撃を見切った里香が反撃に出たのだ。


 すくい上げるようにして剣を振ると、ゴブリンの棍棒に当たり宙に舞った。クルクルと回転する。それを唖然とした顔をして見つめるゴブリンに、里香は剣を振り下ろした。脳天をたたき割るように力が込められた一撃は、顔を半分に分割する。血が噴水のように飛びだし、息絶えたゴブリンが力なく倒れた。


「お疲れ様。ケガはない?」


 パチパチパチと小さく拍手をしながら、初勝利を祝う正人が近づく。


「はい!」


 背中から声をかけられた里香は、笑顔で振り向いた。


 ゴブリンの血によって、真っ赤に塗られた顔は猟奇的に見える。だが、少しすると血が薄れていき消えていった。


 モンスターを構成していた物質がダンジョンに返還されたのだ。それと同時に、里香の中に魔力が吸収されていく。


「あッ」


 体の芯から温まるような感覚に思わず声が漏れた。

 未知の感覚に恍惚とした顔になる。


「ど、どうでした?」


 ほんのりと、ほほが赤くなった里香が問う。


「初戦闘としては合格点が上げられると思う。次は二層にいこう。そこでも十分に戦えることが分かったら、正式にパーティーを組ませてほしい」


 最初の一撃は防がれてしまったが、後は冷静に対処してケガを負うことなく勝利した。探索者を続ける理由があり、実力は十分。性格も問題がない。さらにカワイイ異性……だが一層のゴブリンを倒した程度では、まだ足りない。正人が下した結論だった。


「わかりました!!」


 先ほどの戦闘は問題なく、次につながるチャンスをもらえた。文字通りピョンピョンとウサギのように飛び跳ねながら喜ぶ。


 愛らしい動作に自然と笑顔になる正人だったが、すぐに険しい表情に変わる。手に持っていたナイフを半回転させて、刃の部分を持つ。


 ガサッっと、大きな音とともに別のゴブリンが出現すると、里香の顔をかすめるようにしてナイフが飛び、通り過ぎていく。


 数瞬遅れてゴブリンの醜い悲鳴が聞こえた。


「え!?」


 新しく出現したゴブリンに気づいてなかった里香は、固まったまま動けない。何が起こったのか理解するのに数秒ほど時間が必要だった。


「後ろにゴブリンがいたんだ。戦闘中だけじゃなく終わった後も周囲に気を配らないと、不意打ちでケガをするよ。勝って兜の緒を締めよ、ってね」


 消えるゴブリンを呆然と見つめる里香は、インターネットで調べた統計情報を思い出していた。探索者が死亡する原因の内、戦闘終了後の不意打ちが15%もあったことに。油断、ケガによる戦力の低下などといった理由によって、死亡率が高まる瞬間だったのだ。


 事前調査で理解していたつもりだったが、初めての経験に知らぬうちに油断していたのだ。


「ありがとうございます」


 里香の声は少し震えていた。危険と隣り合わせの仕事。年齢や性別は関係ない。危険は平等に降り注いでくる職業だと、ようやく実感したのだった。


 気弱な人間ならこの時点で戦闘に対する恐怖心が植え付けられただろうが、後のない里香にとっては無関係な話で、諦める理由にはならなかった。

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