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第8話 え、私に用があるんだ

 翌日、烈火は通常通り登校すると席に座る。通常より早い時間帯だ。しばらく外を眺めながら待っていると、挨拶とともに次々とクラスメイトが増えていき、人口密度が上がっていく。


 だが、目的の人物はこない。ホームルームが始まる十分前になって、ようやく入ってきた。予定より人が多い。そんなことを考えながら烈火は、すっと立ち上がって、座ったばかりの女性――立花里香に声をかけた。


「よ、よう」


 高校に入って初めて女性に声をかけた烈火。最初の挨拶がどもってしまった。女性に慣れていないため、非常に緊張しており、いつも以上に不審な動きをしているように見える。


「えーっと……おはよう」

 里香は、クラスの不良がいきなり話しかけてきて戸惑っていた。さすがに身の危険を感じるほどではないが、悪だくみに巻き込まれるのではないか、そんな印象を受けているように見える。


「神宮君、何か用事があるの? もうすぐホームルームがはじ――」


 クラスメイトの視線が気になり、すぐに会話を終わらせようとした里香だったが、烈火に遮られる。


「探索者の仲間探しているのか? もしそうだったら紹介できる」


 里香の目がすーっと細くなり、警戒心をあらわになった。揺れていた瞳は、貫くような視線に変わる。


 クラスメイトには話していない悩みだからだ。なぜ知っているのか、どうしてこのタイミングで話しかけてきたのか、想像ばかりが広がっていく。


「えっと、どういうことかな? なんで私が探していると思っているの?」


 相手を探るような視線を向けながら質問で返す。事情をしらない相手がピンポイントで欲しいものを与えられると言っている。慎重になってしまうのは当然だろう。


 クラスメイトだからといって無条件で信じられるほど、里香は幼くない。相手の思惑を見極めようとしていた。


「偶然話を聴いていただけなんだが、小泉に"探索者の免許は持っている"、"仲間にして欲しい"と言ってただろ。どうやら断られたみたいだからな。俺が紹介しても問題ないと思った」

「ふーん」


 里香は周囲の女子に紛れて上手く話しかけていたつもりだったが、烈火が気づけるほどの稚拙な行動だったと反省する。


「馬鹿なように見えて周囲の状況を観察して推測できるぐらいには頭が回る男」なのか? と、評価を改めようとしたが、烈火は常にヘラヘラした表情を浮かべ、だらしない顔をしているので、それはないだろうと思う。


 頭が良いのではなく、直感が優れているだけなのだろうと結論を出した。


「で、どうするんだ?」


 返答を催促する烈火。里香が迷ったのは一瞬、


「ここだと人が多いから後で」


 探索者の話を出されて、逃げるわけにはいかないのだ。


 とはいえ、クラスメイトに聞かれたくない内容なので、会話の場所としては適切ではなかった。


「おう」


 周囲の視線が自分に向いていることに気づいていた烈火は、提案を受け入れた。


 そそくさと席に戻ると、威嚇するように厳しい表情を浮かべてホームルームが始まるのをまっていた。


◆◆◆


 昼ご飯の時間になると、空腹を満たすために多くの生徒は売店や食堂に駆け込むが、そんな流れに逆らうように烈火と里香は体育館の裏に行き、弁当を広げていた。


「意外ね。菓子パンばかりだと思ってた」


 烈火の弁当は正人が作っている。冷凍食品を使うこともあるが、ほとんどは夜ご飯の残りだ。


 唐揚げに卵焼き、サラダといった定番の食べ物が入っている。見た目にそぐわず家庭的なラインナップで、烈火のイメージと大きなギャップがあった。


「兄貴の手料理だ。やらねーぞ」

「別に、欲しいとまでは思ってないから」


 そういって、里香は菓子パンを一口食べる。食べ物を丁寧に扱いゆっくりと味わっているのだ。それに比べて、烈火は唐揚げを口に入れてから白米もかきこむ。粗暴な印象を与える食べ方だった。


 しばらくはお互いをけん制するように、たわいもない会話を続けながらお腹を満たしていく。時間がゆっくりと進むなか、しびれを切らした里香が、最後の一かけらを口に放り込むと、本題を切り出した。


「で、紹介してくれる人って、どんな人?」

「詳細を聞くってことは、立花は探索者の免許を持っていて現状はソロ。仲間を探しているってことでいいよな? 違っていたら教えてくれ」


 烈火は里香の状況を確認するために質問をした。話を進めるうえで、自らの予想があっているのかどうか、確認しておく必要があった。


「……間違いないわ。探索者の集まりにも参加してみたけど、高校生を仲間に入れようなんて、奇特な人は見つからなかった」

「まぁ、そうだな。高校一年の俺らじゃ仲間を見つけるのは難しい」


 同意しながらも、烈火は内心では驚いていた。


 里香が学校外でも積極的に行動していた事実から、遊びではなく本気で探索者として活動する決意を感じ取る。これは正人の仲間になる可能性が高いと考えると、全てを話すことに決めた。


「無謀、バカだと言いたいの……?」

「いや、事実を言っただけだ。で、紹介する探索者だが……俺の兄貴だ」

「ふーん。で?」


 里香は内心の焦りを無理やり抑えつつ、さっさと先を話せと言わんばかりの視線を向ける。


「うちの兄貴だが、ソロで活動を始めてから一ヶ月ちょいで、東京ダンジョンの三層までいってる。一層、二層は問題なかったんだが、オークの脂肪を切るのが大変らしい。兄貴の獲物はナイフだから致命傷を与えるのが難しいんだろうな。ずーっと悩んでたみたいだけど、ようやく本格的に仲間を集めようと動こうとしたみたいだ。ただなかなか良い相手が見つからないみたいで苦戦している。そこで俺がおせっかいを焼こうと思って、お前に声をかけた。って所だな」


 ソロで三層までいけることである程度の実力は分かる。活動を始めたばかりだと考えれば優秀な部類に入ることは里香でも容易に想像がつく。さらに戦闘スタイルがかぶることもないので、里香は大きな問題は見当たらないと判断した。


「へー。お兄さんはプロの探索者なの?」

「そうだな。兼業ではなく専業。一般的にプロと呼ばれるスタイルで探索している」

「なるほどね、お兄さんはどんな人?」


 経歴だけを見れば正人は優秀な探索者に見える。それなのにソロで活動していることが気になった里香は、性格に問題があるのではないかと思い質問をした。


 身内なので正確な答えは返ってこないと理解していたが、それでも事前情報を仕入れたかったのだ。


「あまり慌てない人だな。責任感は誰よりもあるし、何より面倒見が良い。ピンチになっても見捨てることはないだろう……ちなみにレンジャーの講習も受けてたみたいだから、戦闘以外のこともできる」

「話を聞く限りだと、何でソロで活動しているのか分からないほど優良な人って印象。なんでなの? 言わずに隠していることある?」

「…………友達がいないんだよ、兄貴には言うなよ」

「あッ…………ごめんなさい」

「「…………」」


 気まずい沈黙が場を支配する。

 しばらくして、それを打ち破ったのは里香だった。


「せっかくのチャンスだし会いに行く。いつなら大丈夫?」悩む必要はない。目の前にぶら下がった優良人材を見逃す手はなかった。

「明日の放課後で。場所は後で指定するから連絡先を教えてくれ」


 その会話を最後に探索者の話題は終わる。教室に戻り授業を最後まで受けた烈火は、帰宅後、正人に事情を話す。


「烈火の紹介なら安心だね」の一言で、面談が実現されることとなった。

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