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第6話 春の高校生活

 烈火と違い、春は比較的充実した高校生活を送っている。立ち位置としては誠二に近く、カーストの上位に入りクラスメイトから慕われる存在だ。少なくとも烈火のようにクラスメイトの女子や普通の男子生徒から敬遠されるような存在ではない。教師からの評価も高く、クラスにうまく溶け込み、それとなく良い立場を得る。そういったコミュニケーション能力に長けていた。


「今日も一緒にお弁当を食べない?」


 春の問いかけを断る人はいなかった。男二人、女二人。バランスの良いいつものメンバーでお昼休みを過ごす。放課後になるとカラオケなどに行き一緒に遊ぶ仲間ではある。だが、恋バナといった一歩踏み込んだ会話はあまりしなかった。お互いに学校で連むだけの関係であり、表面上の付き合いにとどまることを最善としている関係だ。


 当然、会話もプライベートに踏み込まない話題ばかり。今日選ばれたのは、東京ダンジョンの十五階層突破のニュースだ。正人がすれ違った大型パーティーは十五層最後のフロアを守っていた「キラーマンティス」を撃破。数人の死傷者を出したが、見事十六層にまで到達した。


 ドロップアイテムは、こぶし大の魔石と二本の鎌、スキルカードと言われている。一般的に公開されている情報はここまで、詳細は明かされていない。また魔石はオークションにかけられる予定だ。世界中のコレクターから注目が集まっている。純度の高いボスの魔石は、エネルギー源としてではなく、コレクションとして集められることが多いのだ。


 色、形、透明度、そういった観点から価格が評価され、今回のボス魔石は二千万円以上の値が付くと予想されている。実用性もある宝石。市場ではそんな評価をされていた。


「たった三人の犠牲だけでボスを倒すなんてすごいよね」


 春は他の兄弟に比べて探索者に興味はない。とはいえクラスで話題になることも多いので、最新の情報は当然のように抑えていた。


 会話のネタを提供すると、女性二人が食いつくように反応する。


「すごいよね! 特に隼人様カッコイイーー! あの凜々しい姿で戦っているところを見たいわー!」

「なんでダンジョンの中はカメラ動かないの! 本当に残念……。お近づきになるためには探索者になるしかないのかなぁ」

「ダメダメ。仲間は恋愛対象にならないって、この前インタビューで行ってたよ! 狙いはダンジョン管理職員かアナウンサーじゃないかな?」

「両方とも競争率が高そう……。こうやって眺めているしかないのかなぁ」


 ボスの討伐に死者は三人発生しているが、誰も気にしていない。探索者がメジャーな職業になってから長い時間が流れ、人々の感覚が変わっているのだ。人の死は珍しいことではない。特に今回のような、戦争や犯罪といった理不尽な死に方ではなく、自らの意思で命を賭けると決めて戦い、死んだのであれば誰も気にしない。数字として処理される。もちろん親族であればその限りではないが、日常として組み込まれてしまい、二十五年かけて若者の常識が変わっていったのだ。


 死は、ダンジョンが出現する前よりずっと身近なのだ。


「でもさー、戦いの中で恋が芽生えるって話もあるだろ?」


 春の隣に座っていた男子生徒――クラスでよくつるんでいる三島大介が、話に割り込んだ。彼は正人と同じく、宮沢愛に憧れている。探索者の免許を取得しようと日々勉強をしているものの、叶わない夢と無意識に思っているため声に力は入っていない。


「頼りがいがあったらねー。大介君みたいに体の線が細いと逆に不安!」

「確かにー! 悪い意味でドキドキしそう!」

「おいおい、それはないだろ……」


 大介は大げさに肩を落として落胆する。

 仲の良い女子二人から否定されて、心は折れそうだ。


「じゃぁ、春はどうなんだよ? 俺と同じぐらい細いぞ」

「え? 僕?」


 ただでは死なない。道連れにしてやる。

 そんな気持ちを込めて巻き込んだ。


「「春君は何とかしてくれそうー!」」

「何とかって、なんだよ!」

「大介君より要領いいでしょ?」

「まぁな」

「ちゃんと準備をして無謀なことはしない。仮に危険なことがあっても"ここは俺が食い止めるから先逃げて!"って言ってくれそうなんだよねー。大介君の場合は、ビビって私をおいて先に逃げちゃいそう。もしかしたら私をエサにして逃げるってこともあるんじゃない?」

「さ、さすがに、そんなことはしない!」

「この前、四人で帰ったときに不良に絡まれたでしょ? 大介君はビビって一番後ろに下がったじゃん。春君が何とかしてくれなかったら、助けてくれてたの?」


 大介の信頼感はゼロだった。想像ではなく事実に基づく結果だからこそ、何も言えなくなる。


 ちなみに春が相対した不良は烈火の友人であり、顔見知りだ。絡まれたのは事実だが、挨拶程度の会話で終わっていた。春からすると勇敢な行動、守ってくれたという評価は過大すぎると感じていた。ただ自分にとって都合の良い流れなので、あえて指摘することもしないが……。


「まー、まー、そこまで。僕は、こうやって外から眺めているのが一番だと思うよ。近くなればなるほど、嫌な部分も見えてきちゃうからね」


 食べかけの弁当をおくと、大介と女子との間に割って入った。


「確かにねー。隼人様はモテるから、色んな女性に手を出してそうだし……」

「それに、仲良くなったら周りの嫉妬もすごそうだよね。もし付き合ったらイジメられそう。ダンジョンにいたら守ってもらうことも出来ないし……」


 憧れではなく現実を見たとき、上手くいったとしても困難が多く、長く続くには相応の覚悟が必要だと理解した。急速に恋の熱が下がる。アイドルとして愛でるの一番だと、納得したのだ。


「あーあ、彼氏欲しいなぁー。大介君、いい男紹介してくれない?」

「俺じゃダメか?」

「冗談にもならないよ」


 大介は苦笑いしつつうっすらと涙を浮かべていた。常に三枚目キャラを演じているが、ここまでハッキリと否定されてしまうと、傷つくものは傷つくのだ。この後家に帰ったら春と何が違うんだと、一人で反省会するのは間違いない。


「もうすぐお昼ご飯の時間が終わるよ。午後は体育だったよね。早く戻らないと間に合わなくなるよ」


 せっかく矛先を変えたのにまた刺さりに行く無謀な大介を不思議に思う春だが、いつものことだったので気にすることを止めた。


 春の一言で全員が残っていた食事をかきこむ。慌ただしく立ち上がると、教室まで全力で走る。遠くから「廊下は走るなー!」といった声が聞こえた。

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