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第2話 レベル1から始めるダンジョン探索

 探索者試験の一つに、モンスターを一体殺す、という項目がある。たいていの場合、ウサギ型のモンスターで攻撃力はほぼ皆無。武器を持っていれば子供でも勝てるレベルだ。だが殺しに慣れていない日本人にとってハードルは高く、脱落する人は多かった。


 そんなハードルを越えて無事にモンスターを殺すと、魔力で作られた体は霧となって消えていき、近くにいる生物――人間の身体に吸収される。そうすることで体が強化されるのだ。モンスターを一匹でも殺せば手の甲に一本線の痣が浮かび上がり、レベル一になる。


 強化の段階は手の甲にあらわれた痣を見ればわかる。魔力が一定量蓄積され試練を乗り越えると二本、三本と線が増えていき、強化の度合いも上がるのだ。世界中で「レベル」と呼ばれており、一本線であればレベル一といった言われ方をする。


 むろん、免許取りたての正人は当然レベル一だ。


「よし、当面の目標はレベルを上げることだ。頑張ろう」


 東京ダンジョンの入り口につくと、気合を入れるためにつぶやいた。


 大型のナイフ二本を腰に装着。ダンジョンから産出された鉱物を使った金属の胸当て、ガントレット、ブーツを身に着けている。リュックにはペットボトルと軽食が入っており、半日ほど探索する予定だった。


 周囲の様子を警戒しながら探索者の免許を出して入場ゲートをくぐり、中へと入っていく。


 緊張しているわけではない。心の中のアイドル、宮沢愛がいないか探していただけだ。正人は初探索の割には、女性に意識を割く余裕があった。


 細い通路を抜けてさらに進むと、一気に景観が変わる。広大な空間に自然が再現された森林が目の前に広がり、遠くから獣の鳴き声が聞こえ、青臭いにおいが鼻にこびりつく。作り物とは思えない生々しさがある。


 東京ダンジョンの一層は自然フィールドだった。


「まずは、一角ウサギかゴブリンを探そう」


 腰につけた大型のナイフを両手に一本ずつ手に持つ。トゲのついたナックルガードがあり、見た目からして威圧感があった。


 モンスターに見つからないように気配を絶った歩き方は、ベテランの狩人のような動きだ。日本各地にある森林で、実地訓練を何度も繰り返した成果がようやく発揮されたのだ。


 地面や木々の傷を調べて痕跡を探すが、特に発見はない。入り口は探索者の出入りが多いので、一層に出現するような弱いモンスターも近寄らないのだ。


 木々をかき分けて森の奥へと入っていく。ダンジョン内は電子機器が使えないので紙の地図で現在地を確認しながらだ。当然、歩むスピードは遅く、数分歩いては止まって地図を見るといった行動を繰り返していた。


「グギャギャギャ!!!!!」


 突如、モンスターの叫び声が聞こえた。


「あの声はゴブリン、絶叫に近かったな。誰かが戦って止めを刺したのか?」


 好奇心を刺激され現場を見に行こうと、正人は声がした方向へ転換する。

 慎重に歩いて一分も経たずに戦場に到着した。木の陰からこっそりと様子をうかがう。


 緑色の肌をした鷲鼻の子供がいた。服は腰蓑のみ、1mはある太いこん棒を持ったゴブリンが二体、探索者四人に囲まれてリンチを受けているところだった。


 先ほど悲鳴を上げたゴブリンは正人が到着する前に倒され、霧になって消えている。


「オラぁ。さっさと死ね!」

「スキルカードだせや!!」


 スキルカードとはモンスターを倒したときに稀に落とすアイテムだ。トランプのカードと同じぐらいの大きさで、手に入るスキル――特殊能力にあった絵が描かれている。またスキルは体内に溜め込んだ魔力が変化して固有のものを手に入れることも可能だが、こちらも確率は高くない。スキルを一切持っていない探索者の方が大多数を占める。


 ゴブリンの場合は『蛮勇』のスキルカードをドロップする。使うと知能がやや下がる代わりに恐怖心が消えて好戦的になるので、特に初心者は狙うことが多い。あまり使い道のないカードだが、それでも数十万で取引されるほど貴重なものではあった。


「全員レベル一か。動きからしても初心者だな」


 四人とも戦闘技術は皆無で、防具は身につけていない。力に任せて剣を振り回しているだけだった。盗み見た手の甲にある痣は一本線しかない。


 正人は、ストレス発散や副業目的で一層を探索しているエンジョイ系の人たちだと判断。見る価値がないと興味が失せる。


「それにしてもひどい戦い方だ。私の師匠が見たらブチ切れそうだな」


 正人に接近戦の技術を叩きこんだ師匠は、元探索者でレベルは三だった。言われたとおりに体が動かせなければ、あとは残らないが激しい痛みを伴う指導をしてもらっていたものだと、苦笑いしていた。


 厳しい訓練の成果もあり技術と度胸は磨かれ、たった一人でダンジョンに入っても気負うことなく常に自然体だ。


「あ、ゴブリンが全滅した」


 ほどなくして一匹が倒れ、最後も三本の剣がゴブリンの頭と腹に突き刺さって、消滅した。これで全滅だ。「死んでも役にたたねぇなぁ」と四人は悪態をついている。


「ドロップ品は魔石のみ。順当だな」


 四人の姿を見送ってから立ち上がる。

 戦闘技術はゴブリンの方が高かったが人数差によって人間側が圧勝した。

 正人は自分が戦った場合どうなったのか、脳内でシミュレーションをする。


「あのレベルの戦いで勝てるなら、私でもなんとかなりそうだ」


 結果は問題なし。油断ではない、純然たる事実だった。


 思わず現地での戦闘を観察できたことに正人はさらなる自信をつけた。


 再び慎重に歩き出すと、幸運にも数分でゴブリンを見つけることができた。すぐにまた木の裏に隠れて様子をうかがう。


 二匹の内、一匹が木の根を掘っており、残りが周囲を警戒するように見渡していた。武器はこん棒のみ。一層ではゴブリンの標準装備だ。


 正人は左手に持っているナイフの刃の部分を持つと、何千回も繰り返された動作で投擲した。


 空気を切り裂く音を出しながら、吸い込まれるようにして警戒しいていたゴブリンの喉に突き刺さる。と同時に、正人は走り出した。声を上げるような愚行は行わない。静かな移動だ。


 ドサっと音を立てて倒れる。地面を掘っていたゴブリンが振り返った。


 目を大きく見開き、自身に危険が及んでいることを理解する。だが一歩遅かった。正人が後ろから忍び寄ると、左手で口を押え右手に持ったナイフで喉を一文字に切り裂く。


「――!!」


 哀れなゴブリンは悲鳴を上げることすらできず絶命して、消えていく。

 戦闘の余韻に浸ることはない。増援がこないか全神経を集中させる。


「……ふぅ、大丈夫か」


 警戒態勢を解いて唯一残った魔石を拾い上げる。小石程度の大きさで、うっすらと赤く色づいている。宝石のように中は透けているが、透明度が低いので、向こう側の景色が見えるほどではない。


「一個千円。命を懸けた値段として釣り合うのか……?」


 税込み価格だ。アルバイトで考えれば効率は良いだろう。ただし自分の命をチップにして手に入れたことを無視すれば。戦い続ければケガはするし、何より病気で動けなくなれば収入はなくなってしまう。個人事業主の辛いところだった。


 正人は魔石をリュックに投げ込んで、水分を補給してからモンスターを探すために歩き始める。その後、二時間かけてゴブリンを五匹倒すと、早めに切り上げてダンジョンから出た。

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