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13話――サイミン×ト×ハンゲキ①

 空を飛ぶこと数分。私たちの前には、小高い丘が見えて来た。どうもここに横穴を掘って、巣を作っているらしい。


「なんとも小癪ねぇ」

「巣穴を掘ってるってことは、割と最初の方にボギーゴブリンが出たんでしょうね。あれは薄暗い場所を好みますから」


 レイラちゃんが解説してくれる。錬金術師ってのは魔物にも詳しいのね。

 私達は空中で浮いたまま、巣穴を観察する。ひっきりなしにゴブリンが出たり入ったりしているが、肝心の上位個体や……いるか分からないけれど黒幕っぽい物も見当たらない。

 こうなってくると、外から様子を伺うだけじゃ何も分からない。私は一つ伸びをして、二人の方を見た。


「じゃあ私、行ってくるわ」

「ちょっ、何言ってるんですか!?」

「……ゴブリンの巣穴に女性が単身で乗り込むなんて自殺行為。ご自身でそう仰ってませんでした?」


 カーリーとレイラちゃんが驚いたようにこちらを見る。レイラちゃんは驚きというより、呆れ顔かしら。 


「だってカーリー、あんたは回復魔法とか使えるでしょ? レイラちゃんは……」

「まぁそういう魔法石もあります」


 緑色の魔法石を取り出すレイラちゃん。太陽光を反射して輝くソレは、なんとも言えない怪しい雰囲気を醸し出している。


「回復手段がある魔法使いに、先行させるわけにいかないわ。もちろん、ひとまず使い魔に偵察させてからだけどね」


 今日の私は戦う準備もバッチリだし、いくら2級冒険者が負けてるとはいえ……逃げるくらいは出来るだろう。

 そう思いながら、私は懐から取り出したメガネをグラッスに変化させた。


「さ、いっといで」


 物を見る使い魔、グラッス。背の羽をはばたかせ、巣穴に向かって飛んでいった。


「これで戻ってくれば、中の様子がどうなってるか分かるわ」

「イザベルさん、魔法使いでもないのに使い魔……うーん、どっちかっていうと式神みたいなやつを使えるんですね」


 レイラちゃんが物珍しそうに私の手を握ってしげしげと眺める。

 そういえば彼女に魔法の説明してなかったわね。

 雇うと明言した以上、隠す必要も無い。グラッスが帰ってくるまでの間、少し話を――


「!?」


 ――私は驚いて巣穴の方を見る。その様子を見たカーリーとレイラちゃんが、緊迫感を漂わせながら生唾を飲んだ。


「どう……しましたか?」


 カーリーの問いに、私は長く息を吐きながら答える。


「グラッスがやられたわ」

「「!?」」


 二人が驚いて目を見開く。グラッスは戦闘向きの使い魔じゃない。しかし、ただのゴブリンに遅れを取るほど弱い使い魔でも無い。

 私達は巣穴の方を見ながら、ゆっくりと下降していく。


「魔力が途絶えたわ。……マズいわね」

「ボクの使い魔を行かせましょうか?」


 カーリーの提案に首をふる。


「私の使い魔は、肉体が破壊されても消滅しないの。グラッスなら、新しいメガネに魔法をかければ同じ使い魔が出てくるわ。本体の意識や経験は、私というクラウドに保存されてるイメージね。だから私のは、こういう使い捨てっぽく使っても良いの」


 でも、カーリーの使い魔はちゃんと生きてる。偵察で死んだら元も子もないわ。


「困りましたね。ちょっと待ってください」


 そう言ってレイラちゃんが魔法石を取り出す。彼女が呪文を唱えると、目の色が白くなった。


「透視?」

「はい。ピントを合わせるのが難しいので、使い勝手は悪いですけど。一応……うわー、アリの巣みたいにいますね。規模だけなら、もうレギオンになっててもおかしくないです」


 心底気味悪そうに顔を顰めるレイラちゃん。彼女が目を閉じると、再び元の色に戻った。


「これもう巣ごと焼き払うことも出来ませんね。焼け死ななかったゴブリンが暴走するだけで町が二、三個落ちます」

「勘弁してよ……私の領地よ……?」


 領地騎士団もいないのだ。私達が食い止めないと、この領地がとんでもないことになる。

 ちょっとだけ緩んでいた警戒感を引き締め直し、私は二人に指示を出した。


「私がやっぱり行くわ。ただ、二人とも後ろに待機しておいて。敵の視界に入らないくらいの距離で。……ただ、何かあったらすぐに助けてちょうだい」


 私は念話とか出来ないので、ハンドサインくらいは決めておくかしらね。


「進む時はサムズアップ、警戒の時はサムズダウン、来てほしい時は手招きするわ。OK?」


 二人が頷く。私も頷き返し、ウインを連れて巣穴の方へあるき出す。


(うっ……わぁ)


 とんでもない臭い。鼻が曲がりそうとはこのことね。

 一歩ずつ近づく度に吐き気が増していく。と言うか臭すぎて涙が出てきた。


「う、ウイン……お願い」


 風を吹かせ、少しでも臭いを向こうへやる。あんまり意味は無いけど、気休めくらいにはなる。

 今すぐ帰ってシャワーを浴びたい気持ちを抑え、巣穴の前へたどり着く。


「キキッ」

「キェッキィーッ!」


 私に気づいたゴブリンが5匹ほどこちらへ襲いかかってきた。

 前から来る4匹はウインの風の刃でずたずたに切り裂き、背後に回ってきた最後の一匹は後ろ回し蹴りで首を飛ばした。

 練度が高いわけでもなければ、個体として強いわけでもない。普通のゴブリンね。

 私が少し眉根に皺を寄せていると――巣穴の中から、さらなるゴブリンが。


「だるいわね」


 とはいえ、この程度なら物の数にも入らない。爪や牙を振り上げて襲い掛かってくるゴブリンたちの首を、蹴りで丁寧に飛ばしていく。

 イザベルの体は、やはりすごいわね。数秒で全てのゴブリンを肉塊に変え、ブーツの爪先で地面を二度ほど叩く。


(取り合えず雑魚なら、素の身体能力だけでどうにかなるわね)


 上半身だけ振り向き、後ろで見ている二人にサムズアップする。そして前を向いた時――なんとも言い難い、異様な雰囲気を感じ取った。


(なにか、いるわね)


 巣穴の入り口付近に、いる。人間の雰囲気じゃないし、ゴブリンなのだろうけど……さっきまでの無知性って感じの連中とは一回りも二回りも違う。

 ってことはおそらく上位個体。私は背後の二人にサムズダウンを見せてから、ウインをそばに寄せる。これで一先ず、逃げるだけは出来るだろう。

 ゆっくりと、顔を顰めながら巣穴に近寄っていく。人が一人……腰を屈めるか、四つん這いになれば入れそうな大きさ。

 ゴブリンは基本は二足歩行だけど、四足歩行で走ることも出来る。たぶん、それを前提に穴を掘られているのだろう。


(人は攻めづらいし、中に入りづらい。これなら、腕利きの冒険者でも苦戦するでしょうね)


 中まで入れば広くなっているのかもしれないけれど、レイラちゃんがアリみたいって言ってたし……望み薄かしらね。

 私は少し屈んで中を覗き込んでみると――中から三体のゴブリンが再度湧き出てきた。

 驚きつつも膝を地面についたまま、上半身だけでそいつらを捌く。ウインとの連携で、全員縦に真っ二つにしたところで……中から杖を持ったゴブリンが現れた。



「ゴブリンメイジ!」


 ご主人様が杖を掲げたのを見て、私ははたと自分が服を着てしまっていることに気づく。

 なんでこんなはしたないことをしているのかしら。目の前にご主人様がいるというのに。

 膝をつき、上半身の服を脱ぐ。今日は脱ぎやすい服装で助かった。

 ああそうだ、まずご主人様にしてさしあげないといけないことが――


「イザベル様!?」


 ――目の前には、カーリーの顔が。あれ、さっきまでご主人様がいたはずなのに。


「ちょっとカーリー、ご主人様は?」

「ごしゅ……!?」

「あー、これヤバいですね。カーリーちゃん、解呪できます?」


 解呪? 何を言っているんだろうか。

 隣でウインがおろおろしている。心配しなくても、変なことは起きていないのに。


「取り合えず寝てくださいイザベル様!」

「何言ってるのよ。私は早くご主人様の子供を産まなきゃ――」


 そう言いかけたところで、私の意識が薄れていく。


「あ、れ……?」


 変ね、どんどんカーリーの顔がおぼろげになっていくわ。


「今から解決しますから、いったんイザベル様はボクらに任せてください!」

「でもイザベルさんがリーダーなんですから、早く起きてくださいね」


 大慌てのカーリーと、優しい表情のレイラちゃん。

 二人に見守られながら、私は意識を手放すのであった。

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