「……いつの間に、わたしは騎士団になったんですか?」
玄関でそう呟くレイラちゃん。怒っている風でもなく、純粋な疑問といった風体。
「わたし、めんどくさいんで自分のやりたい研究しかしませんよ? 今回みたいに気が乗ったら色々やりますけど」
ある種、牽制のつもりだろうか。彼女は『賢者の石・L』を取り出して私に渡した。
「これが必要ならお売りします。他の魔法石が欲しければお売りします。錬金術師の知恵や知見が欲しければ、都度依頼していただければお受けします。でもたぶん、あなたの命令は……わたし、聞きませんよ?」
今回は戦うと分かっていたから、ヒールじゃなくてブーツを履いてきた。
戦闘できるように、スカートじゃなくてパンツスタイルだし。ホットパンツが良かったんだけど、イザベル(真)は持ってなかったからスキニージーンズだ。
私は玄関に腰を下ろしてブーツを履き、レイラちゃんを見上げた。
「それでも雇いますか?」
何となく垣間見える、闇。人から好かれたいようなタイプには見えないから、寂しいとかそういう方向では無いのだろう。
私はそれを何となく察した上で、口を開いた。
「今ね、凄く忙しいのよ。だから人を雇わないといけないんだけど……どうせなら、可愛い女の子を雇いたいじゃない?」
可愛い子を見ていた方が、モチベーションが上がる。
私の言葉に、ぽかんと口を開けるレイラちゃん。
「わたしを、可愛いから雇うんですか……?」
困惑した様子のレイラちゃんの手を握り、私は立ち上がる。
「顔採用でいいのよ顔採用で。だって人には向き不向きがあるんだし、可愛くてお近づきになりたい子がいたらまず雇うのがベストよ」
世間様は顔採用に対してブーブー言うけれど、顔だって立派な本人の能力の一つ。それだけを活かすように言われたら反発したくもなるだろうが、かといってまるで活かさないんじゃ何のためにあるのかわからなくなる。
適材適所が前提として、そのきっかけは容姿でも性格でも何でもいい。
「そして性格は面白そうだし、可愛いし。そりゃうちで働いてもらいたくもなるわよ」
私の答えを聞いて……なぜか、レイラちゃんが笑い出した。それもかなり愉快そうに。
「ふふふ……! 面白いですね、イザベル様。可愛いんですか、わたし」
「女の子は全員、可愛いわよ。その中でも、あんたは特に可愛いわ」
つま先を地面に何度かたたきつけ、調子を確かめる。今日の私は、いつも通りパーフェクト。
「あと、もうちょっとしたら資金も貯まるだろうし、そしたらここ一番以外は資金提供するわよ。格安金利で」
「あ、金利はつくんですね」
「当然でしょ、投資なんだから」
ただまぁ、ピンチになった時とかは助けて欲しいけどね。一応、騎士団として雇うんだし。
どれくらい好き放題するのかはちょっと気になるところだし、とりあえず館の一室を貸してガンガン研究してもらおう。
私たちが町長の屋敷から出ると、レイラちゃんが何かに気づいたような表情で真上を見た。つられてそちらを見ると、そこには……何故かカーリーが浮かんでいた。
「あ、終わりました?」
「……終わったけど、何してるのよカーリー」
ゆっくりと降りてくるカーリーに声をかけると、彼女はやれやれと首を振った。
「うーん、あの町長さんがちょっとヤバい雰囲気になってたんで。話がまとまるまで外に出てよう思ったんです」
確かに彼女の言う通りヤバい雰囲気というか逝った目つきをしていたし、カーリーは大丈夫なんだと主張するよりもこうしてさっさと外に出てくれた方が話はまとまりやすかっただろう。
とはいえ、速攻で逃げられてちょっと寂しかったのは内緒。
「それにしても、あの町長さんは正気を疑うような雰囲気でしたね。もしかして何か、マズいクスリでもやってたんでしょうか?」
レイラちゃんの疑問に、カーリーが首を振る。
「あれはたぶん、呪術です」
「「呪術?」」
私とレイラちゃんが同時に聞き返す。魔法がある世界なんだから呪術くらいあっても違和感はないけれど、魔法と何が違うんだろうか。
「取り合えず私たちも領域、展開出来るようにしておく?」
「無理ですし、この世界の呪術はそんな感じじゃありません」
なんだ、違うのね。
「魔法使いよりももう少し希少で、錬金術師よりはいるって感じですかね。魔法との違いは、精神に作用する効果が主ってところです」
そう言われてふと思い出す。ゲームの本編に出てきた怪しい老婆。
主人公のライバルを呪って蹴落としてくれるというチート婆なのだが、一回でも使うと強制的にやさぐれ系王子にルートが固定されてしまうキャラ。
あれも呪術使いなのだろうか。
私の疑問に、カーリーが首を振る。
「アレは普通に魔法使いです。口では呪いって言ってますけど、転移の魔法で強引に邪魔してるだけですから」
あら残念。
「呪術使いとは、戦ったこと無いわね」
「あったらビックリしますよ。ボクは一回だけですね」
「わたしもありません」
マータイサ一の魔法使い(自称)が一回しか戦ったこと無いなら、それは相当珍しい。
「町長にかけられてた、ねぇ……。誰がやったのかしら」
私が腕を組んで呟くと、隣でレイラちゃんが手をあげた。何か言いたげだったので、彼女を手で示す。
「魔物のお勉強たーいむ。はいこちら」
そう言って彼女は謎のフリップを取り出す。どっから出したとツッコミたいところだけど、今は取り合えずそこに描かれたえらい可愛い絵に免じて黙っておく。
緑色の可愛い……お、鬼? が書かれたフリップの上には、日本語で『ゴブリンの階級』と書かれている。
「まず皆さんご存じ、ゴブリン。一回り大きくて知能も高い、ホブゴブリン。一回り小さくて毛むくじゃらでスピードの速い、ボギーゴブリン。この三種が、いわゆる通常種です」
緑色の小鬼を順繰りに指さすレイラちゃん。どれも似たような絵柄のせいでまるで見分けがつかないが、彼女には見分けがついているのだろう。
「ゴブリン、ボギーゴブリン、ホブゴブリンの順番で繁殖力が高いので、数もこの順に多いです。そして一部のホブゴブリンの中から、戦闘力の高くなった上位ゴブリンが産まれます」
そう言って今度は二枚目のフリップに。先ほどのゴブリンに武器を持たせたイラストだ。
「全体的に大きく戦闘力も高くなったゴブリンウォリアー、小さくなった代わりに不眠不休で動けるようになったゴブリンバーサーカー、知能が高まって魔法が使えるようになったゴブリンメイジ」
剣、斧、杖を持ったゴブリンを順々に指さすレイラちゃん。明確に武器の違いがあるおかげで、見分けがついてありがたいわね。
「そして最後に、それらの頂点に君臨するゴブリンロード。この個体が産まれた段階でゴブリンたちは巣から出てゴブリンレギオンとして周囲の魔物たちを蹂躙しながら進軍します」
彼女のイラストはさておき、内容は分かりやすかった。
私はふむふむと頷いてから、腕を組む。
「でも今の説明だと、呪術は別口ってことなのかしら」
「そうかもしれません。ただボクが直視するまで気づかない呪術って、相当ハイレベルですよ」
私は魔力や魔法の残滓なんか感じることは出来ないが、カーリーは一か月前の魔法の跡からですら誰が使ったか特定できる(らしい)。
その彼女が目の前に出るまで分からなかった呪術を使える呪術使いか……。
「これも『組織』、かしらね」
「さぁ? まぁでも、イザベル様は大丈夫だと思いますよ。呪術って発動に時間がかかる上に、罠でも張らない限りは射程がかなり短いので」
射程が短いのはありがたいけれど、それで何故大丈夫と言い切れるのだろうか。
私が首を傾げると、カーリーはケラケラと笑う。
「いやぁ、相手がなんかしそうだったら蹴飛ばして一撃で倒せば大丈夫ですよ」
「私のことを何だと思ってんのよあんたは」
「森の賢者?」
「賢者に『森の』って修飾したらオランウータンかゴリラでしょうが!」
「イザベルさん、大丈夫ですよ。原作通りならオランウータンなんか目じゃないですから」
「褒めてくれて嬉しいけど褒められてる気がしないのよ!」
笑いあうレイラちゃんとカーリー。仲良くやってくれるのはいいけれど、私をダシにしてるのは気に喰わないわね。
「それで、近くまでは馬車で行くのよね?」
「いえ、馬車だと小回りが利かないので馬で行きたいですね。ボクは飛んでいくんで、お二人は馬で」
「わたしも飛んでくので、イザベルさんだけ馬を使ってください」
「このビックリ人間どもめ!」
なんで私だけ飛べないのかしら。
仕方が無いので、私はウインを出して――『エンベッド・デュオ』を使う。人型になったウインが、私をお姫様抱っこで持ち上げてくれた。
「私だって飛べるわよ! 行くわよ、ウイン!」
「びゅうびゅう~……」
ちょっと悲しそうな表情で首を振るウイン。風を操る能力はもっているし、自分が飛ぶことは出来るけど……私を抱えて飛んだことは無いので怖いようだ。
「いや素直に馬を……」
カーリーが後ろで何か言っているけど、私はそれを無視してウインに命令する。
「ほら、どうにかしなさいウイン!」
「びゅう~……びゅう!」
しょげた表情だったウインは、私を降ろしてから手を打った。そしてその辺の木を切って、蔦と板をつなげたブランコのような物を作った。
「びゅう!」
「これに乗れって? 分かったわ」
流石にただの蔦だと怖いので、手綱の使い魔、レインズをエンベッドしたけども。
「さぁ、出発よ!」
号令をかけて、飛び上がる。
目指すはゴブリンの巣穴ね。
「……いや、度胸どうなってんですかイザベル様」
「元ヤンなんですかね?」
いや身一つで飛べるあんたたちの方が度胸凄いと思うけどね!?