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10話――我儘の錬金術師②

 レイラちゃんを応接間に通し、私とカーリーはその前に座る。

 取り敢えず……話を聞いてみない事には分からないしね。


「話を整理すると、あんたは転生者で錬金術師。私がイザベルと知って、会いに来た。理由は?」

「死体からダイアモンドを作りたかったんです」


 そっかー、とはならないわよ。曇り無き目でこっち見ないでよ、恐いから。っていうか、話を聞いたら猶の事分からなくなったんだけど。


「イザベルさんは原作だったら奴隷とかをいたぶって殺してるはずなので、その死体をダイアモンドに変えさせてもらえないかなと思いました」


 確かにイザベル(真)はゲームでそんなことしてたけども。だからって死体をダイアモンドに変えさせてくださいとか普通言いに行くかしら。


「あともう一つ、これはイザベルさんじゃなくて領主様にお願いがあります」

「わかったわ、そっちは後で聞くわね」


 わざわざ領主にと言うのだから、何らかの直談判だろうか。

 少し気になるが、今はそれ以上に気になること……即ち『組織』と賢者の石についてだ。


「あんたは『組織』に関わっていなくて、使われてる賢者の石は、あんたのところから盗まれた物だと」

「たぶんそうだと思います。わたし以外に賢者の石を作れる錬金術師ってたぶんいないので」


 まぁポンポン作れるなら、カーリーもあんな反応しないでしょうしね。

 ただやはり、盗まれたというのは解せない。


「カーリーの言う通り、そんな貴重品なのに持ち歩いたり杜撰な管理だったりって……イマイチ信憑性が無いのよね」

「そもそも! 賢者の石が作れるような錬金術師がフリーって! ボクが特殊な例であって、腕利きの魔法使いは冒険者をやっているか貴族や騎士団に雇われるのが殆どですよ!? どうしてなんですか!?」

「雇われると、指示されるじゃないですか。わたし、自由に研究したいんですよ」


 フリーダムねぇ……。


「あと、賢者の石は未完成なのでそんなに重要視してなかったんですよね。盗まれたのに気づいたのも、つい二、三ヶ月前ですし」

「未完成?」


 私がオウム返しにそう言うと、レイラちゃんは残念そうに頷く。


「そうなんですよ。えっと、本来の賢者の石ってどういう物かご存じですか?」

「バカにしないでください。少しでも教養のある人なら誰でも分かります」


 教養が無くて悪うございましたね!!

 私は隣に座るカーリーの太ももをつねる。彼女は「ぴぇ」とか変な声を出してこっちを睨むが、私は知らんぷりだ。


「痛いですよ、イザベル様!」

「知らないわよ。ほら、教養の無い私に説明してちょうだい」


 唇を尖らせてそう言うと、カーリーはちょっとだけ申し訳なさそうな顔になる。


「……そんな拗ねないでくださいよ、ボクが失言でしたから。えーっと、『何度でも何にでも成る石』でしたよね」


 頷くレイラちゃん。


「ただそれはあくまで理想……というか錬金術師の夢です。それに近づくため、皆頑張って研究しています。そしてわたしの作れた『賢者の石』は、『一度だけ、どんな魔法石にでも成る石』でした。わたしは『賢者の石・L』って呼んでます」


 また出た、魔法石。

 ここで知らないというと、また教養が無いとか言われちゃうかしら。

 そう思ってカーリーを見ると、彼女が何か察して口を開いた。


「魔法石っていうのは、簡単に言えば『魔石の要らない魔道具』です。魔石と魔道具は知ってますよね?」

「もちろん」


 原作の『ダンプリ』にも出て来たし、アニメでも説明があった。魔石は電池で、魔道具は家電。

 ダンジョンで発掘されるか、もしくは専門家が手作業で作る一点もの。


「この世界のご都合的な部分はだいたいそれで解決出来る便利アイテムよね」

「無茶苦茶言いますね……。それで魔法石は持ってるだけで、魔法が使えるアイテムです。ダンジョンの最奥にあるか、もしくは錬金術師だけが作れます」


 それは確かに貴重な物ね。さっきカーリーが目の色変えて慌てたのも理解出来る。


「補足しますと、錬金術師でも魔法石にどんな魔法でも籠められるわけじゃありません。どんな錬金術師でも、多くて二、三種類しか作れない物なんですよ」

「だから流通量が増えることもなく、バリエーション豊かな魔道具が主となってるわけです」


 レイラちゃんは青い魔法石を取り出すと、私に渡した。


「『水よ』って言ってみてください」

「『水よ』。……あら」


 水が魔法石から零れ落ちてくる。なるほど、これは便利ね。魔力も要らないし、簡単なワードで使える。


「それで、あんたの作る『賢者の石・L』は……」

「要するに『魔法石に変化する魔法を持つ魔法石』ですね。ただこれを狙った魔法石に変化させられるのは作成者であるわたしだけです。だから、その『組織』? にある『賢者の石・L』は既に何らかの魔法石に変化しています」


 その変化した能力が『人間と魔道具を合体させる』魔法なわけね。

 彼女の目を見つめるが、特段嘘をついている様子は無い。彼女の言っている内容に違和感も見当たらないし、一先ず信用していいだろう。


「なるほど。じゃあ、魔法石と賢者の石については分かったわ。あんたの言う通りだとすれば、『組織』とのつながりも無いみたいね」

「ご理解いただけたようで何よりです」


 カーリーはまだちょっと疑っている様子だが、私はひとまず信用することにする。

 万が一組織の人間だとすれば、改造人間総出で来ればいい話だ。いくら『賢者の石・L』があっても、私達二人を相手に勝てるとは思えないしね。


「というかそんなとんでもない物作れるなら、イザベルのところに来るのも納得だわ。あの贅沢好きなら言い値で買いそう」


 私が言うと、ちょっと苦笑いするレイラちゃん。


「まぁそれを見込んだところもありますね。研究資金も尽きてきましたし」


 フリーでやっているなら、スポンサーを見つけるのも大変でしょうしね。


「ちなみに、今まではどうやって調達してたの?」


 何の気なしに聞くと、彼女は魔法石をしまいながら説明してくれる。


「ここ二、三年はワナガーカにいた頃に助けた貴族の謝礼で研究してました。娘さんが難病にかかったとかでお医者さんを探してたので、薬を作ってあげたんですよね。それで治るまでは薬を売っていたので、結構いいお金になりました」


 ワナガーカはウキョートの向こうにある港町。マイターサよりも発展しているし、何よりマハコヨ区はこの国でも屈指のオシャレ街だ。

 そんなところで貴族に薬を売ってたのね……そりゃ金になるわけだわ。


「その前はもっとテキトーでした。その辺で困っている人がいたら助けて謝礼を貰ったり、冒険者のパーティーに混ぜて依頼をこなしたり」


 本当にテキトーね。錬金術師っぽくないわ。


「強い魔物とかを倒した方が、ちまちま薬や魔法石を売るより効率良いんですよね。魔法石は適正価格以下で売ると色んな人に恨まれますし」


 独禁法は無いけれど、それでも価格破壊は恨まれる。法律で規制されているわけじゃないから、国から手出しは出来ないけれど……逆にそのせいで私刑に走る奴らも多い。

 もちろん私刑は法律で禁止されているけど、そっちはトカゲのしっぽ切りだしね。


「あ、そうそう。さっき言いかけたもう一つの理由っていうのは困ってる人がいるって話なんですよね。領地騎士団を派遣させられないかと思いまして」

「あら、そうだったの」


 なるほど、それで私にではなく領主にだったのね。


「じゃあほら、騎士団長。相手してあげて」


 私がカーリーの方を見てそう言うと、彼女がぽかんと口を開ける。


「えっ、誰……ボクですか!?」

「そうよ、あんた以外誰がいるの。今のところ、騎士団長はあんた、副団長は私よ」

「初耳なんですけど!?」

「モーリオアの領地騎士団も団長が領主ですし、珍しいわけじゃないと思います」


 モーリオアはここからだいぶ北の方にある領地。あそこはそもそも人口が少ないから、人手不足の面はあると思うけど。

 ……いや、人手不足と言われたらうちの領地の方が深刻だけども。


「あー、騎士団長さんが魔法使いって珍しいですね。魔法騎士か何か何ですか? ……ああいや、違いそうですね」

「どこを見てそう確信したんですか」

「胸です」

「胸は関係ありませんからね胸は!!! というかボクの肉体はまだ十歳ですよ!? ここからイザベル様を越える巨乳に成長しますから!! ね、イザベル様!」

「せやな~」

「雑にもほどがあるんですよ!!」


 揶揄っていたらカーリーが頬を膨らませてしまった。可愛いので彼女の頭をよしよしと撫でる。


「まぁ、冗談は置いておいて」

「あ、やっぱりボクが騎士団長なのは冗談なんですね」

「ええ。団長は私であんたは副団長よ」

「状況がそんなに変わってない!?」


 変わるわよ、リーダーが私なんだから。

 取り合えず私はレイラちゃんに正対し、背筋を伸ばす。


「というわけで、話聞くわよ。なにがあったの? 騎士団ってことは魔物関連? それとも野党?」

「野盗ですよイザベル様。議会制民主主義は元の世界に置いてきてください」


 ちょっと間違えただけじゃない。


「魔物です。ゴブリンってご存じです?」

「そりゃ知ってるけど」


 一メートルくらいしかない、緑色の小鬼。単体でも成人男性を片手で引きちぎるほどの腕力を持ちながら、群れる。

 それも数体から十数体体単位で群れる上に、どんな生物の雌でも孕ませる能力を持っているから一匹でも逃すとすぐに増えるというゴキブリみたいな魔物だ。

 しかし、強いと言ってもそれはあくまで非武装の人間からしてみればという話。冒険者じゃなくとも、数が少なければ村の自警団レベルでも対処出来るという……まぁ、厄介ではあるが騎士団が出張るほどの魔物ではない。


「でもそれがどうしたのよ」

「……あ、まさか」

「はい、カーリーさんの予想通りです。巣が出来ました」

「「あちゃあ……」」


 私とカーリーは同時に頭を抱える。

 ゴブリンというのは決まった巣を作らない性質があるので、一定以上の数からは増えない。狩りを続け、出産を続けながら移動しているうちに大きい魔物や冒険者などに全滅させられる。

 だが、巣を作ったならば話は別だ。ゴブリンは他の生物のメスを捕らえて苗床とし、どんどん増えていく。

 増えたゴブリンで苗床をさらに捕らえ、また増えるという無限ループ。そして最終的には強力な変異個体とともに領地を落とすようなレベルの集団――ゴブリン・レギオンと化すのだ。

 当然、そうなったらもう第一騎士団が出てくるか、一級以上の冒険者パーティー複数であたるか、超級と呼ばれる人智を越えた実力を持つ冒険者が相手をしなくてはならない。


「まさかゴブリン・レギオンになったの?」


 そうなれば流石に私も一人じゃどうにもならない。作中最強クラスの肉体を持つと言えど、数を薙ぎ払う魔法は無い。


(いやまぁ無いわけじゃないけど……疲れるし)


 私の不安をよそに、レイラちゃんが首を振る。


「まだまだですよ。でも既に三級の冒険者パーティーが全滅してます」


 三級と言えば、中堅以上。才能抜き、努力だけで上がれる最高位と呼ばれている。ここに列せられている冒険者は、一流の冒険者と言ってもいい。

 それが全滅――私とカーリーもごくりと生唾を飲む。


「しかもその三級パーティー、女性限定パーティーだったらしいんですよ」

「女性だけでゴブリンの巣に……? ちょっと正気じゃ無いわよ」


 やられたら死ぬのではなく、延々ゴブリンの苗床だ。私自身は生憎前世でも今世でも男性相手の経験は無いけれど、それがどれほど辛いことかは想像に難くない。

 カムカム商会の時は先にクスリで正気を奪われてからああなったが、今回は正気を徐々に奪われて行くのだから。


「ただ、レギオンじゃないならまだ領地騎士団や第一騎士団の出番じゃないわ。適正なランク……二級のパーティー複数か、一級のパーティーに頼むことね」


 冒険者ギルドにこちらから依頼を出すことも出来る。そっちの方が速く片付くだろう。しかしレイラちゃんが首を振る。


「いやー、その三級のパーティーがですね。元々、トミサ出身らしいんですよ。それで幼馴染の女の子が連れ去られたとかで、ゴブリンの巣に突っ込んだんですよね」

「ゴブリンの巣、トミサにあるのね。……だから領地騎士団か」


 トミサ町は隣の領地、バーチ領と隣接する町だ。あまり大きな町では無いし、冒険者の数も少ないだろう。

 少ないというか、逆に三級パーティーがいることが凄い。


「トミサからラウワだと、だいぶ来たわね……」

「はい。それで、トミサの町長さんの娘さんなんですよね。だから謝礼は言い値で出すと」

「わお」


 トミサは大きい町ではないが、町長ならそれなりの金額を出せるだろう。ゲームには無かった設定だから記憶には無いが、調べればどれくらいの税収があるかは分かるはず。


「それで、わたしはその町長さんが持ってる鉱石が欲しくって。研究し甲斐がありそうなんですよね」


 レイラちゃんはちょっと照れたように言う。なんで照れているのか分からないけれど、それなら猶更冒険者と組んで討伐に当たった方がいいんじゃないだろうか。

 私の考えを、レイラちゃんは首を振って否定する。


「女の子が裸なんですよ、苗床なんですから」

「そうでしょうね」


 ゴブリンに衣服なんて概念は無いだろうし、実際に見たことは無いけれど想像はつく。


「町長さん、『愛娘の裸を男に見せるなんてけしからん!』 ってことで、女の子以外の冒険者だと救出を断るんですよね」

「無茶苦茶じゃないの……」

「状況分かってるんですかねー、町長さん」


 普通に考えても、不衛生なんだから病気になる。栄養状態だってありえないだろうし、そもそも毎秒レイプされているのだ。精神状態はボロボロになる。

 感染症だって人類が持つそれよりも酷いだろうし、ゴブリンの子は一か月で出産まで行くらしいから救出が遅くなればなるほど、母体はダメージを負う。


「だから、めっちゃ強い女性であるイザベルさんならどうにかしてくれるかなと思いまして」

「いや無茶言わないで!? いくら可愛い女の子が被害者だとして、木乃伊取りが木乃伊になるだけよ!?」


 戦って勝つ自信が無いわけではないが、女性として流石にそんな場所に行きたくはない。特につい先日、とんでもない地獄に出くわしたばかりだ。

 もちろん、可愛い女性が毒牙にかけられていると聞けば今すぐにでも騎士団を派遣したい気持ちはある。正式な騎士団は無いけど。

 しかし、仮に正式な騎士団があったとしても……やはりまだ騎士団が出る幕では無い。

 私は少し申し訳ないと思いながらも、軽く頭を下げる。


「やっぱり申し訳ないけれど、それはまだ冒険者に任せる段階だわ。条件的に女性の冒険者はそうそう集まらないかもしれないけれど、私の方から伝えておくから――」

「まぁ、仕方ないですよね。いくらイザベル様とはいえ、怖いですよね」

「――は?」


 レイラちゃんの言葉に、私は動きを止める。

 しかし彼女はやれやれとでも言わんばかりに首を振ると、ため息をついた。


「ゴブリンですものね。いくら世界最高の肉体を持っているといえど、イザベル様も女の子ですもんね。相手がゴブリンともなれば、尻尾を巻いて逃げ帰るのも仕方ないです」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい」


 私が制止するも、レイラちゃんは残念そうな表情で立ち上がる。


「いえ、仕方ないですよ。だって怖いですもん。そもそも、女の子だけに任せようっていうのがおかしいんですから。可愛い女の子が被害を受けてると言っても……所詮、イザベル様も女の子ですもんね」


 隣でカーリーが「うわぁ……」みたいな目で見てくるけれど、私は爪が食い込むほど拳を握りしめる。

 しかしレイラちゃんは止まらない。それどころか、憐れみの表情すら向けて来た。


「わたしやそこのカーリーさんみたいに、生まれた時から記憶があるならまだしも、しょせんは十六歳の小娘ですもんね。世界最高の肉体を持ってると言っても、現代日本の温い生活に慣れた、か弱い女の子ですもんね。あ、無理しないでください」


 立ち上がろうとした私をあろうことか制して、レイラちゃんはにっこり笑った。


「ビビっても仕方ないですよ。だって怖いですもんね」

「やってやろうじゃないのこの私が!!!!!!」


 思いっきりテーブルを叩いて、私は立ち上がる。


「あー、いいじゃないの。やってやるわよ! 怖い!? そんなわけないでしょ!? 被害にあってるのが女の子なのよ! ここで行かないなら女が廃るわ!」私の拳で思いっきり叩いちゃったもんだから、テーブルが完全に粉々になっているけどそれは無視。こんなもん、後で金を稼いでから買い直せばいいのよ。

 そんなこんなしていると、扉の向こうからノックの音が。


「あのー、姐さん。お紅茶が入りまし――」

「マリン! 今からちょっと出てくるから留守番お願いね!! あと、このテーブル片付けといて!」

「うえっ!? は、はいっす姐さん!」


 紅茶をお盆に乗せたマリンは、何故か嬉しそうに頷く。本当にいけない扉が開いてるわね。


「ほらカーリー! 準備するわよ! レイラちゃん、五分で化粧まで終わらせるからちょっと待ってて!」


 扉を開き、私は自室に向かう。

 やってやろうじゃないのよ、ゴブリン退治くらい。


「……ちょろいですねー」

「そこが可愛いんですよ、イザベル様は」


 後ろでなんか二人で言ってるけど、私の耳には入らなかった。

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