カムカム商会の件が片付いて、三日。明日、取り合えず現金が入る。
その大部分は借金を返すことと治水の支払いに充てるわけだが、それでも多少は現金が残る。それがデカい。
「カムカム商会を合法的にマリンに引き継がせた上で私が登記上の社長になったし、ここの金は強引に引っ張ってこれるけど……それでもねぇ」
とにかく金が無い。
こうなったら冒険者さながらにゴブリン退治でもして、日銭を稼いでやろうかしら。
「いやー、流石に明日食べるご飯はありますからそこまでしなくとも。いったん、休憩にしませんかー?」
カーリーが鼻歌交じりにクッキーを持ってきてくれる。彼女はお菓子作りが趣味だと言うだけあり、クオリティは高い。
今は外でマリンに庭掃除させてるけれど、彼も呼び戻して一緒にお茶にしようかしらね。
「お茶、いる?」
「いりますー。イザベル様、ちょっと根を詰めすぎですよ? どうせなるようにしかならないんですし」
なんで元凶であるこの子にこんな励まされ方をしているのかしら――という疑問は浮かびつつも、確かにと思い直す。
直近の課題は、カムカム商会が残した娼館街の立て直し。そのためにも手を入れたいのだが、人手が足らない。
マリンが人手を集めてくれるとは言ってくれているけれど、彼だって本当に私たちに協力的かもまだ判断がついていない。
とはいえ、持ってる娼館の把握は済んだし、後は店長が誰かを知ればそっちから変えていくことも出来る。
「頭を取り替えないで済むように、もうちょっと領法の整理も必要だしね」
金融系も、娼館の方も……両方の領法を整えないと『合法』、『非合法』の区切りが出来ない。
金を調達する手段を手に入れてからじゃないと、金融の方は整えられないしね。
「カムカム商会がもっと真っ当だったらなぁ」
「愚痴っても仕方ないですよ――っと、お客さんですか?」
カーリーが玄関の方角を見る。私には感じ取れないけれど、魔法使いである彼女なら分かる何かがあったのだろう。
「誰か来てるならマリンも、一緒に庭の手入れをしてるシザーとジョーロが気づくだろうし」
「いえ、魔力です。しかもボクまではいきませんが、相当の力量。……でもそのレベルの魔法使いがなんでここに?」
いきなりシリアスな表情になるカーリー。彼女がかなり緊張しているのを見て、私の緊張感も増す。
今日は誰も使用人を呼ばない日で良かった、荒事になったら間違いなく巻き込まれてる。
私はウインとフレア、アクアを隣に呼び出してカーリーに頷いた。彼女も杖を出して準備万端にして、ドアの方へ向かう。
「あのー、イザベル様っていらっしゃいますかー?」
二人で戦闘態勢に入りながらドアの前に立つと、そんな呑気な声が聞こえて来た。私の方をご指名とはね。
(この段階なら、まだ私は悪さをしてないはずだけど……)
だから誰かに恨みを買っているという可能性は低い。オルカの手下やカムカム商会の残党かもしれないが、だとすればただのチンピラ。まるで脅威じゃない。
残る可能性は――
(組織、ね)
――ゲームに登場していない、謎の存在。否応なしにこの世界が『ゲーム』ではなく『現実』であると突き付けてくる組織。
カーリーも同じ結論に行きついたのだろう、険しい顔をしてこちらを見ている。
「ん、ああ。出てこられたんですね」
物音も立てていないのに、私たちの存在に気づく壁の向こうの人物。そして次の瞬間、私たちは触っていないのに音を立てて鍵が開いた。
「「!」」
驚いて私たちが目を見開くと、扉の向こうから出て来たのは不健康そうな女性。蒼い瞳、目の下にはクマ。群青色の髪をゆるい三つ編みにしており、化粧っけの無い顔。
指まで隠れる程に長い袖の白衣、その下には何故かセーラー服。
極めつけはその高身長……たぶん百八十近いわね、この子。
「こんにちは、初めまして。わたしはレイラと申します。気軽にレイラちゃんとお呼びください」
お辞儀をするレイラちゃん。取り敢えず敵意や殺気と言った物は感じられないので、一旦私たちも戦闘態勢を解く。
顔をあげたレイラちゃんをもう一度よく見ると……不健康そうで隠れているけど、かなり美人系の顔立ちね。これは磨けば光るわ。
……と、私の可愛い女の子センサーが発動したところで、レイラちゃんは笑みを作る。
「イザベル様、そろそろ暑い日が来ると思うのですが……死体の処理にお困りとか無いですか? 今なら、無料で全部ダイヤモンドにしちゃって処理しますよ!」
目を輝かせながらそう提案してくるレイラちゃん。……えっと、この子は何を言っているのかしら。
彼女は私の隣に立つカーリーを見ると、眉に皺を寄せて首を傾げる。
「あれ……そんな側付きの子、ゲームにいましたか?」
驚きというよりも困惑した表情。しかしその発言を聞いて、私とカーリーは殆ど同時に反応する。
「ゲーム? ……ってことは」
「もしかして、あなたも転生者ってことですか?」
「へ? あんたも……ってことは、イザベル様もですか?」
否定しないレイラちゃん。まさかの、転生悪役令嬢者なのに……同じ空間に三人も転生者が揃うという事実。しかも三分の二は原作に登場しないキャラ。
っていうか私も元をただせば原作に登場しないキャラのはずなんだけどね!
「じゃあ……あれ? この時期くらいからイザベル様が奴隷とかを虐め殺したりしてるはずなのに……? 死体がたくさんあるはずじゃないんですか!?」
「いやそんなこと聞かれても困るわよ! というか、ゲーム通りに進んでたらその時期は四年後くらいよ! まだ世界はダンスとアイドルに夢中になってないのよ!」
というか、割とこの世界現実感漂う感じで進んでるけど……本当に二年後にはあんなダンスとアイドルの世界になるのだろうか。
私がそう言うと、レイラちゃんは露骨に不機嫌そうな顔になる。
「はぁ……ここに来れば死体が手に入り放題だと思ったんですけどね……」
……だいぶサイコね、この子。
何が一番アレかって、たぶん死体なら割とたくさんあるのよね。3日前に刻んだ連中がいるから。
とはいえアレは見せたくないし、そもそも死体の処理に困るような生活をする予定は無い。
「というわけで、あんたの期待には応えられそうにも無いわ。悪いけど、他を当たってちょうだい」
「うーん、まぁ予定とはズレましたけど、取り敢えずわたしのこと雇いませんか? 役立ちますよ?」
おっと、まさかの倍プッシュ。この子は割とメンタル強いわね。
私が面食らっていると、カーリーがため息をついてレイラちゃんを指さした。
「確かに凄い魔力ですけど、イザベル様にはボクという最強の魔法使いがいるんです。もう魔法使いは間に合ってるのでお引き取りください」
むっとした顔でレイラちゃんを睨むカーリー。レイラちゃんはそんな彼女を見て、首を振った。
「わたしは魔法使いじゃ無いですよ。でも魔法使いさんが欲しがりそうな物なら持ってます。ほら」
そう言いながら、懐からいくつかの石を取り出す。それらを見たカーリーが目をまん丸にして驚いた。
「なんですかこの純度の高い魔法石! ぼ、ボクも本でしか見たことが無い!」
魔法石って何よ、知らないワードをさも常識のように語らないで欲しい。
カーリーは目を輝かせつつ、レイラちゃんの出した魔法石を手にとって眺める。私はカーリーの肩を掴み、こちらへ引き戻した。
「ちょっと二人で盛り上がらないで。そんな希少な物をこんなに持ってるなんて、あんた金持ちなの?」
なら金主になってもらえないかしら。
私がそう思って問うと、彼女は首を振った。
「これらは私が作ったんですよ、錬金術師なので。あ、でも……お金が欲しいなら、死体じゃなくとも人肉があればダイアモンドに変えれますよ!」
「人肉をダイアモンドに変えるんじゃ無いわよ! 倫理観が終わってない!? って、錬金術師!?」
それを聞いた瞬間、私とカーリーは再度戦闘態勢を取る。しかし、レイラちゃんはキョトンとした顔で私達を見た。
「どうされました?」
「カーリー、あんた言ってたわよね。錬金術師なんて変態しかならないって」
「変態しかならないとは言いませんでしたけど、滅多になろうとする人はいません。しかも、このレベルの魔法石を作れるなんて――たぶん、一世代に一人か二人くらいしか現れません」
そしてカーリーが感嘆するレベルの錬金術師。賢者の石を作れないことは無いだろう。
私達の警戒度が上がったことに気づいたか、レイラちゃんはちょっと困った顔になった。
「どうかしましたか?」
「――あんた、『組織』って知ってる?」
単刀直入に問うと、彼女は眉根に皺を寄せる。
「なんですか、それ」
端的な問いに、端的な答え。それではまだ真意を測りかねていると、カーリーが彼女の持っていた魔法石を一つとって突き付けた。
「とぼけないでください! こんな純度の高い魔法石を何種類も作れる錬金術師がそうポンポンいるはずありません! 貴女、『組織』に賢者の石を渡した錬金術師でしょう!」
「え?」
とぼけた声を出すレイラちゃん。先ほどまでの雰囲気から一切変わらず、首を傾げるだけだ。
「話が見えないんですけど……そんなに凄い魔法石があるんですか? でしたら、是非とも研究したいですね」
「何をすっとぼけて!」
「いやいや、カーリー。この反応、本当に知らないんじゃないかしら」
私は警戒心を解かぬまま、取り合えずカーリーを宥める。ここでレイラちゃんが素直に言うとも思えないが、しかしすっとぼける彼女から真実を吐かせるのも容易では無い。
そんな私たちの機微を知ってか知らずか、彼女は不思議そうな顔のまま説明を求める。
「えっと、わたしはどの組織にも属してないです。錬金術師ってギルドすら無いので」
「え、ギルド無いの?」
「魔法使いも無いですよ、ギルド。入るなら冒険者ギルドです。絶対数が少なすぎて、ギルドを作れる程無いんですよね」
こっちの世界の魔法使い事情はよく知らないけれど、言われてみればサッテの町で魔法使いに出会ったことは無かった。
「ダンジョン産じゃなくて、錬金術師が作った魔法石ですか……あの、もっと話を聞きたいんですけど……」
目を輝かせ、前のめりになるレイラちゃん。ここまでくれば説明しない分けにもいかない。私は虐殺のところを伏せつつ、ジェイソンと組織について説明する。
「はー、なるほど。あっ、ということはもしかして、盗まれた賢者の石、そこにあるんですか?」
「盗まれた……って、え!? 賢者の石の精製に成功してたんですか!? はぁ!? 意味わかんないんですけど!?」
テンションあったまりっぱなしのカーリーが、今日一驚いた声をあげる。他人が自分よりテンション高いと、こっちのテンションが上がり切らないこの現象って名前あるのかしらね。
「盗まれた……ってことは、取り合えずあんたの作った物でいいの?」
「まあわたし以外に賢者の石を作れる錬金術師っていると思えませんし」
レイラちゃんはそう言った後、懐からさらに二つの魔法石を取り出した。
今まで彼女が出した魔法石は単色の物だったが、虹色に光っている。
「これが賢者の石です。未完成品ですけど」
「な、ななななな! そ、そんな貴重なものを持ち歩いてるんですか!? だ、だから盗まれるんですよ!」
すっかり驚き役が板についてきたわね、カーリー。
「いやー、わたしが持ってる方が幾分か安全なんですよね。何せ家には何がどこに置いてあるか分からないですから」
「管理が杜撰過ぎますよ! こう、もっとこう……! だって賢者の石って錬金術師の夢でしょう!?」
カーリーは割とこの辺、しっかりしていないと嫌なタイプなのだろう。やることは割と無茶だが、基本的に真面目で常識的だから。
私はカーリーを再度宥め、ため息をついて屋敷の中を親指で示す。
「それは分かったから、もう中で話しましょう。初夏とはいえ外は暑いわ」
マリンに戻ってくるよう伝えてもらうために、ウインを送り出した。
万が一敵だった時に私とカーリーか離れるのは恐いし、マリンにお茶を淹れてもらおう。
というわけで、私たちはレイラちゃんを……警戒しながら、応接間に通すのだった。