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5話――暴れん坊悪役令嬢①

 いきなり笑い出した私を見て、オルカはさらに笑みを深める。


「……狂いましたか。大丈夫ですよ、正気に戻すことも可能ですからね。くくく、それにしても……その魅力的な肢体は一度、味わってみたかったのですよ」


 厭らしい……なんて次元を越えて、修復作業が失敗して台無しになった絵画のような表情になるオルカ。舌なめずりし、楽しそうに愉しそうに口元を三日月に歪める。


「あはははははははははははははははは!!!」


 でも、私の笑いは止まらない。この笑いは、止まらない。


「チッ、いつまでも笑ってんじゃねえぞキチガイ!」


 彼の部下はいきなり笑い出した私が不気味だったようで、突き飛ばして地面に転がす。腕を擦りむいたが、どうでもいい。

 笑いが、止まらない。


「おい、何をしている! 彼女はもっと丁寧に扱え。うちの商会が貴族と太いパイプを得られるかどうかの瀬戸際なんだからな。それに、抱く時に傷があったら萎えてしまうだろう? はっはっは」


 太い腹を揺らして上機嫌に笑うオルカ。本当に嬉しそうな笑顔ね。

 私は地面を見ながら……ゆっくりと立ち上がる。


「初めて、知ったわ」


 笑いながら、嗤いながら。

 周囲を睨みつけ、沸々と煮えたぎる真っ黒なマグマのような感情を押さえつけながら。

 私は、嗤う。


「人間……あんまりにもキレすぎると……笑うしか出来なくなるのね」


「はっはっは、ご安心くださいイザベル様。すぐに心から笑えるようになりますとも。うちのクスリは優秀ですからね」


 目を細め、楽しそうに部下の肩に手を置く。指示を受けた部下が、後ろ手に縛られる私の方へ歩いて来た。

 その瞬間に、私を縛る縄にAIを付与して使い魔にする。久々に呼び出す、『バインド』だ。


「さぁて、それじゃあ最初の一発はオレが打たせてもら――あべしっ!」


 縄で出来た蛇といった風体のバインドの尻尾が、男を打ち付けて吹っ飛ばす。同時に私は近くの壁をぶん殴り、穴を開けた。


「人として越えちゃいけない一線ってのがあんのよ悪党! 弱者を踏みつけ、利用する――まさに『吐き気を催す邪悪』なのよあんたは!!!」


 部屋の中に声が響き、全員の注目が私に集まる。しかしオルカは余裕綽々の表情のまま首を振る。


「悪? 悪と言いましたか。はっはっは、これはこれは。我々は全て善意で行っているのですよ」


「善意ですって?」


 私が問い返すと、オルカは相も変わらずいやらしい笑みを浮かべている。


「お金に困った者に手を差し伸べ、世に絶望した者に快楽を贈り、世に退屈している人には新しい娯楽を提供する。良いですか、商売とは需要があるから成り立つのです。それらを満たしているだけで、悪と罵られる謂れはありません。施しの結果、どうなろうと相手の落ち度でしょう。むしろその責任を転嫁する態度こそが悪であrぶべらっちょ!?」


 空気が撓み、衝撃波が部屋中に響き渡る。私の蹴りがオルカのぶよぶよした脂肪に思いっきり突き刺さったのだ。

 血の混じった咳をしながら地面に這いつくばるオルカ。彼の部下が駆け寄るが、私はそれを無視してサングラスを投げつけた。


「ごちゃごちゃうるっさいわねぇ! アンタたちの行いが善行? 善意? 施しの結果、どうなろうと相手の落ち度? あっそー、分かったわよ!」


 吹っ飛んだオルカを睨みながら、私は拳を握る。


「じゃあ今から『善意』を執行するわ。その結果、あんたらは踏み潰されることになるけど、あんたらの落ち度ってわけね!」


 バインドを呼び戻し、懐からアクアとフレア、ウインを取り出す。

 オルカたちは使い魔を4体も出した私に一瞬怯むが、すぐににんまりと笑って両手を広げた。


「しかしどうしますかな? 私が命令を出せば、貴方の言うか弱い女性たちを殺すことも更に苦しめることも出来るのですよ」


「知ったこっちゃないわよ悪党! 同じ悪役令嬢として、あんたに格の違いてやつを見せてあげるわ!!」


「格? はっはっは、別に悪党かどうかはさておいて……このラウワの支配者の一人、オルカ・ホーストライプ。私に逆らって無事に帰れると思わぬことだ!」


「支配者ぁ!? 支配者は領主であるこの私一人に決まってるでしょうが!! ――閻魔様の作った地獄じゃ生ぬるい。この私が直々に、アンタたちを地獄に叩き込んでやる! 『エンベッド』!」


 私が指を鳴らすと、部屋の靄が手元に集まる。


「な、なんだ!?」

「クスリが……!?」


 驚愕に顔を染めるオルカたち。彼らが怯んだ隙に、私の魔法は完了。麻薬は煙の魔物となって、私の使い魔になった。

 名前は『ラリー』にしようかしら。


「久々ね、使い魔を増やすなんて。ラリー! こいつらを叩きのめすわよ!」

「らりらり!」


 私はオルカをめがけて一直線。ラリーと共に殴りかかる。


「っとぉ!」

「おお、マリン! 死なない程度に痛めつけてやれ!」


 間一髪、マリンが私とオルカの間に滑り込む。私は舌打ちして、彼を一喝した。


「あんた! いくら親でも、こんな蛆虫庇い立てする気!?」


 腹を思いっきり蹴り飛ばす。しかし如何に最強の肉体を持っとはいえ、相手は暴力のプロ。簡単に止められてしまった。

 すぐにアクアとフレアで迎撃を――と考えていたら、マリンはポツリと呟いた。


「逃げろ。あんた一人ならなんとかなんだろ」


 私だけに届くギリギリの声量。罠では無さそうな真剣な雰囲気で、一瞬呆ける。


「……あんたは親父の恐ろしさを知らねぇ。楽に死ねないぞ」


 まだ倒れているカーリーを見る私に、マリンは首を振った。


「あっちは助けられねぇ。早く行け」

「お生憎。はなっからもうブチのギーレェなのよ。ここで逃げる手は無いわ」


 私は膝蹴りをマリンに打つと、やはり止められる。彼はこちらに軽いパンチを出しながら、若干辛そうな顔をするが……私の意思が固いと悟ったかため息をついた。


「……後悔しても遅いぞ。便宜を図れるのはここまでだ。オレはもう。助けねえからな」

「上等よ。どっちが悪役か思い知らせてやるわ」


 私が思いっきりハイキックをぶちかますと、マリンはそれにわざと当たってふっ飛ばされる。そして壁にあたって、気絶したフリをした。


「ま、マリン!? おのれ、お前を作るのにいくらかかったと思っている! ……仕方あるまい、出てこいジェイソン!」


 不穏なセリフと共に、パンパン手を鳴らすオルカ。

 すると部屋の奥……死屍累々となっている女の子たちの間を割るように、腕くらい太い〇〇〇(放送禁止)を股にぶら下げた筋肉ダルマが出てきた。


「キモっ!」


 服は着てないのに何故か、顔に紙袋を被った大男。全身の血管が脈打っており、見ているだけで吐き気を催しそう。


「ふはははは! ゆけ、『組織』の最高傑作の一つ! 13ナンバーズの一人、ジェイソン!」


 いや『組織』って何よ最高傑作って何よ!! ここにきて新情報を出さないでくれる!?


「ごばばばば! いい女じゃねぇか……これならオイラが突っ込んでも壊れそうにねぇなあ!」

「セリフがやられ役のそれなのよ! ってかカーリー! そろそろ起きなさいよ!!」


 私が叫ぶと、いきなりフィンガースナップの音が響く。それと同時に被害者である女性たちが全員消え、代わりに服を纏ってないおっさんたちがあらわれた。


「なっ!?」

「うお!?」

「ふ、服は!?」


 混乱するおっさんたち。よく見ると先程のお茶汲みイケメンもいるーーなるほど、上にいた人間と入れ替えたってことなのね。

 服が無いのは……人は身体しか送れないとかそういう縛りでもあるのかしら。


「人使いが荒いですね……ボク、眠らされてたんですけど」


 ジェイソンと入れ替わったカーリー。やれやれと言った雰囲気で肩をすくめた。


「護衛のくせして気持ちよく寝てるからでしょ!」


 そう言ったと同時に、景色が変わる。いつの間にかカーリーの隣に場所を移動させられていた。


「物を入れ替える魔法? それにしては手も叩いてないし、手術室も出してないようだけど」


 感心してそう褒めると、カーリーはやれやれというふうに首を振った。


「敵の強さに合わせなきゃいけない、少年漫画と一緒にしないでください」


 そう言って再度指を鳴らすカーリー。次の瞬間、部屋の中にいる男どもが全員床に埋められた。


「――物と物を入れ替えるだけなら、制限も発動条件もなんて無いですよ」


「やるわね……おっと!」


 ジェイソンが襲い掛かってくる。私はバク中してそれを躱し、カーリーに叫んだ。


「雑魚はとりあえずやっといて! 私はこのデカブツをやるわ!」

「分かりました!」


 着地と同時に、ヒールのせいで少しだけバランスを崩す。そこを狙ったようにジェイソンが蹴とばそうと足を振り上げた。

 こんな筋肉ダルマの攻撃をまともに受けたくは無い。私は蹴りで迎撃しようとするけれど、スカートのせいで足が上がりきらず吹っ飛ばされてしまった。


「ああもう! 邪魔!」


 立ち上がると同時に地面を踏みつけ、ヒールをへし折る。木が砕ける音と共に勢いよく吹っ飛び、その辺にいたおっさんに突き刺さる。

 さらにスカートの裾の部分から思いっきり破いて強引にスリットを作り出した。だいぶセクシーな格好になっちゃったけれど、いたしかた無いわね。


「げへへへ、おいらに犯されやすくしてくれたのかぁ」

「んなわけないでしょ下衆の極みクズめ!」


 飛び上がってハイキックをぶちかます。しかしジェイソンは壁に叩きつけられるが、痛みが無いのか平然と立ち上がってきた。

 これは面倒な相手ね。

 私はジェイソンを睨みつけながら、後方のカーリーに指示を出す。


「相手の生死は問わないから、思う存分やんなさい!」

「あいあいさー。そーれ、肉が粉々に砕け散る魔法~」


 なんか不穏な魔法を使うカーリー。それ本当に正義側が使って良い魔法なのかしら? まあいいけど。

 息を長く吐き……私は改めて、ジェイソンに向かい合う。

 今はとにかくむかっ腹が立っているからね。手加減なしでぶちのめそう。

 腕を振り上げるジェイソン。私は動きやすくなった脚を振り上げてその拳を迎撃した。

 衝撃が骨身に走る。しかしジェイソンは私の渾身の蹴りに応えた様子もなくにんまりと笑った。


「オイラの身体に打撃は効かねぇぞぉ!」


 今度はその場で飛び上がり、トラマスクばりの空中後ろ廻し回転蹴りを決める。しっかり顔面に入ったのに応えている様子が無い。むしろ嬉しそう!


「ははははは! 馬鹿め、ジェイソンの肉体は改造済み! こいつはすべての衝撃を吸収して快楽に変えてしまうのだ!」


 得意げに叫ぶオルカ。そんな漫画の噛ませ犬みたいな能力を持ってるなんて。

 っていうかそれ、ただMなだけじゃ……?


「打撃が効かないなら斬撃よ!」


 その辺の雑魚が取り落としたナイフを蹴り飛ばし、同時に短剣を拾う。

 蹴ったナイフが顔に当たり、視界が隠れた隙に斬りかかったが……ジェイソンは一切表情を変えぬまま、手のひらで受け止めた。


「いっ!? 嘘!?」

「オイラには打撃が効かないんじゃねえ! 衝撃は全部効かねえんだ!!」


 何そのチート特性! 無効とかゲームじゃないのよ!?

 ゴム人間を初めて見た神なりさんはこんな気持ちだったのかしら。とりあえず近接パワー型に見えるので距離を取る。

 しかしジェイソンは大きく振りかぶり……両手を打ち合わせた。いわゆる拍手、しかしそのとんでもない衝撃で私は吹き飛ばされそうになる。


「音響兵器――ってきゃあ!!」


 私が怯んだ(ピヨった)隙に、ジェイソンがタックルをかましてくる。なんとか躱して背後の壁にぶつけたけれど、ダメージは無い。

 モンファンのティガナックスよりタフね。


「んっとタフね!」

「タフって言葉はジェイソンのためにある」


 どや顔をかますオルカ。私は舌打ちしながら、魔力を集める。


「まぁそれはさておき……面倒ね、奥の手使おうかしら」

「奥の手ぇ? そんなんなくてもオイラのイチモツは奥まで届くぞぉ!」

「品性下劣、容姿醜悪! ああもう怒りとは別の理由で鳥肌がたつ!」


 今度は前蹴り。私はそれをジャンプして躱し、空中で一回転して踵落としを脳天に直撃させた。

 さすが作中最高最強の身体能力。漫画みたいな動きが簡単にできる。

 しかしやはりジェイソンは効いている様子が無い。可笑しそうに笑うと、私の脚をつかんで大きく口を開けた。


「うーん、美味しそうだぁ。へへへ、おいらのはデケェぞぉ」

「知るかキモい消えろ変態!! ウイン!」


 懐から紙風船を取り出し、ウインに変化させる。彼女が風の刃をジェイソンに繰り出すと、スパッと勢いよく切れて血が吹き出した。

 それに驚いたか力が緩んだため、脱出する。指ごと切り落とそうとしたのに、紙で切ったくらいのダメージしか入ってないわ。


「ん? なんでおいらの指が?」


 不思議そうにしているジェイソン。仮説は大当たり、これでダメなら一酸化炭素中毒で倒さなきゃいけないから焦ったわ。


「今のが効くならやりようがあるのよ! 『エンベッド・デュオ』!」


 拳を握りこみ、ウインを思い切りぶん殴る。すると彼女の体躯が二メートル近くまで大きくなり、鳥型の頭を持った風の魔人へと変貌した。

 私の奥の手の一つ。召喚した使い魔を魔人に進化させる魔法だ。


「行くわよ!」


 ウインを連れてジェイソンに殴りかかる。相手は先ほどの攻防で攻撃が効くはずが無いと高をくくっているのか、一切避けようとしない。

 ――それが命取りになるとも知らずに。

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