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3話――お嬢様ウォッチ

 とはいえ……現時点でまっとうにやってない業者が、取引に乗ってくるかどうかは別の話。そういう意味でも、キッチリ調査が必要になってくる。

 税金が入るのが四日後、だってのに返済は明後日。この期限を決めたのも、イザベルから一生搾り取ろうって判断から来たんでしょうねぇ。

 ……というわけで、翌日。私とカーリーは、変装してラウワの街に繰り出していた。

「調査……にしては、派手な格好過ぎるけど」

「イザベル(真)が持っていた衣装は、皆派手なんですよ」

 私はフリルのついた茶色いワンピースに少し高めのヒール。麦わら帽子にサングラスで、アメリカのセレブ風だ。

 カーリーは普段のローブでなく、キャミソールにだぼついたパーカー、ショートパンツ。いや時代と周囲の雰囲気に一切合ってないわね。

「私が言うのもなんだけど……目立ってない? その格好」

「認識阻害かけてるので、普通の服にしか見えませんよ」

 自称チート魔法使い、便利な魔法が使えるものね。

 私は彼女の格好を見つつ、スカートの裾をつかんで揺らしてみる。

「うーん、やっぱり動きづらいわね。あんたの服が入ればそっち着たのに」

「まぁウエストが入りませんよね」

「そうね、胸がキツすぎるわ」

 カーリーが下から睨んでくるので、私は見せつけるように胸を持ち上げる。

 前世でも今世でも、胸は平均以上よ。

「まぁそれにしても、やっぱり都会はいいわねぇ」

「イザベル様、いくら変装してるとはいえそんなにキョロキョロしているとバレますよ」

 おのぼりさん全開で辺りを見回している私を諌めるカーリー。そんなこと言われても、前世ぶりの都会……年頃の私が興奮しないはずもない。

 ……精神年齢はさておいて、肉体年齢は年頃なのは間違いないのでセーフ。

「ちょっとカフェにでも寄りましょうか。フラペチーノ飲みましょ、フラペチーノ」

「そんなハイカラなもの無いですよ。コーヒーくらいなら出るでしょうけど」

 残念。前世でもあんまりその手のカフェ行かなかったから、ちょっと楽しみにしてたのに。

 取り敢えず私は頭を切り替え、破綻寸前になっている私の領地を眺める。

「案外盛り上がってるわねー]

「ラウワは王都にも近いですし、商会がこぞってお店を出してますよ。それに破綻しても、ウキョートの一部になるだけなんじゃないでしょうか。今も似たようなモンですし」

 王都ウキョートは、マータイサに隣接しており……商会も流れてくるし、第一騎士団、第二騎士団が多く派遣されている。

 本編だとアザレア家がお取り潰しになったあと、ウキョートに吸収されているから……私達が経済的に破綻させたら、本編にたどり着く前にマータイサは無くなるし、アザレア家は子爵家でありながら領地を持たないダメ貴族に成り下がってしまう。

「……それでもいいのでは?」

「下手したら一生軟禁か、どっかのテキトーな貴族に強制的に嫁入りですよ」

「それだけはホント嫌……!」

 なんで私が悲しくて、イザベルの代わりに領地をどうにかしなくちゃいけないのか。

 私はため息をついてから顔を上げると――とあるカフェの看板が目に入った。光沢のある黒い板に、白い文字ででかでかと店名が書かれている。

「結構よさげね。カーリー、ここじゃない?」

「えーっと……ああ、いえ、イザベル様。カムカム商会の情報を得られるカフェは、光沢のある黒い板に灰色の文字で書かれた看板のあるカフェです。残念ですけど……ここじゃないです」

「誤差みたいなもんじゃない。……仕方ないわ、もう少し探しましょうか」

 少し申し訳なさそうな顔になるカーリー。

 ――アザレア子爵家は領主なだけあって、いろんな商会の情報などはキッチリまとめてあった。しかしそれはあくまで情報……実態にまで踏み込んだ資料は殆ど無い。

 例えばカムカム商会については、金貸し以外にも娼館や奴隷商人もやっていることがわかるなど……せいぜいどんな事業をしてるかってところまでのみ。

 これじゃあ有効な対策が打てないので困っていたところ、カーリーが『ボクに任せてください』と言い出した。

 それが、占いだ。

「どれくらい当たるの、アンタの占い」

「イザベル様を引き当てましたからね。信頼度は高いと思ってください」

 ……ああ、私を見つけ出したもの占い魔法のおかげなのね。

 彼女が使える占い魔法は、占星術を応用したものらしく……夜しか使えない。だから私たちは昨日の夜に、出来る限りの情報を占ったのだ。

 そしてその中で一番、可能性が高かったのが……『カフェで情報を得られる』というもの。

「あ、あれじゃないですか?」

 カーリーが指さした先は……さっきとは似て非なる、随分とボロボロなカフェ。なんというか、こんな時じゃなかったら、視界にも入らなそう。

 改めて看板を見てみると……確かに黒い板に灰色の文字で書かれている。店名は……『カフェ・ハリボー』。

「どんなモンが出てくるんでしょうか」

「ま、行ってみなくちゃ分からないでしょ」

 そう言いながらカフェに入る。からんころん、と小気味いいリズムでベルが鳴り……中から良いコーヒーの香りが漂ってきた。

 外観からは想像していた様子とは違う、だいぶ雰囲気の良いカフェだ――私を見た店員さんが、接客のためにこちらへやってくる。

「いらっしゃいませ。こちらのお席をご利用ください」

「ああ、ごめんなさい。窓際の席って空いてますか? 出来ればそっちが良いんだけど……」

「えっ、あっ、か、かしこまりました。えーっと……こちらの席をどうぞ」

「ありがとう」

 店員さんに案内された席に座り、コーヒーを二つ頼んでから私はふうと窓の向こうを見る。さて後は、何かが起きるのを待つだけかしら。

「お客さんも少ないし、粘れそうね」

「流石に一時間過ぎたら、最低でももう一杯くらい頼みましょう……」

 良い子ねぇ。私なんて前世じゃ、コーヒー一杯で三時間くらい平気で粘ってたわよ。流石に混んでる時はやらなかったけど。

 席に着いた時に出されたお水を飲みながら待つこと二、三分。コーヒーが来たので、私は香りを楽しみつつ口に含む。うん、美味しいわね。

 コーヒーに砂糖を四つも入れるカーリーを眺めながら、私はなんとなく手持ち無沙汰で紙ナプキンで鶴を折ったりしていると……店員さんが、水のピッチャーを持ってきた。(これは、後で使い魔にする。ラリーの代わり? いや、ラリーにするか。)。

「お水のお代わりをお持ちしました~」

「ありがとう」

 お礼を言いつつグラスを渡し、水が注がれる。こっちの世界では水が豊富なおかげで、日本みたいにお冷が出てくるのはありがたい。

 衛生観念も割としっかりしているし、原作ゲームが日本の衛生基準準拠で本当によかった。

「……あら?」

 カーリーがストローで水をブクブクしているのを眺めていると、外からいかにもなヤカラが入ってきた。金髪ロン毛に坊主が二人。坊主のうち一人は頭頂部に少しだけ髪が残った、ソフトモヒカンってやつかしら。栗にしか見えない。

 くちゃくちゃとガムを噛む金髪ロン毛は、一直線にカウンターへ向かった。

「よぉ、なぁ、ネエちゃん。今日もオヤジさんは家にいねーの?」

「ち、父は……その……金策に……」

 さっきお水のおかわりを持ってきてくれたお姉さんが、詰め寄られる。

 なるほど、もしかすると……これが占いの成果なのかもしれないわね。

 私はカーリーに笑みを向けながら、頭を撫でる。

「でかしたわね、カーリー。あの感じ、絶対借金取りでしょ。カムカム商会の生きた手掛かりよ」

「まだそうと決まったわけでは……」「あのさぁ、オレらカムカム商会は慈善事業やってんじゃねえのよ」「ボクが悪かったんでそのドヤ顔をやめてください」

 彼女は大きなため息をつき、ヤカラ共に視線を向ける。

「それじゃあ、どうするつもりなんですか?」

「決まってるじゃない。取り敢えずあの子を助けるわよ」

 そう言いながら私は、さっき作った鶴を持って立ち上がった。

 カーリーはいきなり立った私を見て、慌てて珈琲を飲む。

「ちょっとアンタたち。珈琲が不味くなるんだけど」

 私が挑発的に言ってみると、その三人は同時に振り向く。そして私の顔を見て……愉しそうに笑った。

「ぶははははは! おいおい、お嬢ちゃん。おじさん達は仕事してんだ。ガキはおうちでおねんねしてな」

「それともなんだ? お嬢ちゃんがこの女の代わりに、オレらの相手でもしてくれんのか?」

 そう言った後、下品な笑みを浮かべて……店員の女の子の顎を掴む栗頭。私は次の瞬間、手の中の鶴に『エンベッド』の魔法をかけた。

 使い魔にする魔法を。

「行きなさい、『ペパー』」

 私の手から離れた途端、巨大な折り紙の鶴が高速で栗頭に接近。そのまま彼の耳を翼で切断した。

「うぎゃああ!!!」

 血を流しながら、のたうち回る栗頭。私は欠伸をしながら、親指でドアの外を指さす。

「ここじゃ狭いわ。表に出ましょう」

「んだテメェ!」

「調子に乗ってんじゃねえぞゴルァ!」

 怒鳴りつけられながら、私はドアを開ける。

 これで取り合えず、生きた証言が得られるわね。


             ▼△▽▲


「それで? 構成人数は?」

「う……あ……た、たぶん事務所には二十人くらいッス……」

 路地裏にて。そこには手足に火傷を負い、目や耳が潰された男三人が転がっていた。

「イザベル様の使い魔、強いですね」

「そりゃねー。言ったでしょ? 村じゃ魔物退治は私の仕事だったもの。このくらいならお茶の子さいさいよ」

 こいつらは弱かったから使わなくて済んだけど、ちゃんと奥の手だってある。あと普通にイザベルの肉体が頑強で、こんな手合くらいだったらビクともしなかったしね。さすがは原作最強の身体能力。

 私の周囲に浮かぶ、ペパーとアクア、そしてフレア。彼女らが目の前のチンピラをボコボコにしてくれたので、今こうして聞き取りが出来る。

「それで次は、今なにをやってるのか――」

「……女に手ぇ出すなとは言ったが、やられて良いとは言ってねぇぞ」

「――あら?」

 声の方を振り返ると、そこには可愛らしい女の子が立っていた。

 歳は私と変わらないくらい。ちょっと似合わないジャケットを着ているけれど……眼光の鋭さから、どう見てもカタギじゃないことが分かる。

 私は軽く笑って、彼女に手を振った。

「普段なら見物料を取るところだけど、今日はタダにしてあげる。面白いわよ? ヤクザが血まみれで命乞いするの」

「お嬢様、ちょっとそれは正義側の発言じゃないです」

 だって私、悪役令嬢だし。

「……ま、マリンさん」

 血まみれの金髪が呟く。……あの娘はマリンちゃんって言うのね。ボロボロのチンピラたちを見た彼女は、舌打ちしてからしっしっと手を振った。

「そいつらから離れて貰おうか。それとも、やるのか?」

「あら、可愛い女の子が口が悪いわねぇ」

「女の子? ……オレは男だぞ?」

「え? 嘘」

 私の発言に、眉根に皺を寄せるマリンちゃん……否、マリンくん? 彼は大きくため息をついてから、こちらへ歩いて近づいて来た。

 私の前に立ち、ガンを飛ばしてくる。

「どこをどう見たら、オレが女に見えるんだ。――どいてくれ。こいつらを連れて帰る」

「もうちょっと聞きたいことがあんのよ。諦めてくれない?」

「……女に手を出すのは好きじゃないが」

 いきなり拳が飛んでくる。私は両腕をクロスしてそれを受け、逆に弾き飛ばす。流石は原作最強の肉体……この程度、なんともないわね。

 ビックリして目を見開くマリン。彼は舌打ちすると、数度ステップを踏んでから懐に飛び込んできた。

 肝臓を狙って打たれたボディブローを、肘で受ける。その衝撃で顔を顰めたマリンは、今度は顎を狙ってアッパーを出してきた。

 私は後ろに飛んでそれを躱し、ちょっと押し返すつもりで足の裏を相手にぶつけた。いわゆる、ケンカキックってやつね。

「がはぁっ!!!!!」

 それをお腹にまともに受けたマリンは、勢いよく背後に吹っ飛んでいった。まるで交通事故にでもあったかのような勢いに、蹴った私ですらちょっと引いてしまう。

 二十メートルは飛んでいった彼はよろよろと立ち上がり……そして、目を見開く。

「人間か? この女」

 失礼ね。どこからどう見ても人間でしょうが。この肉体が異常なだけで。

 私が不服で頬を膨らませていると、マリンは咳き込んでから私の後ろにいる男たちを指さす。

「そもそも、なんでそいつらをボコったんだ。うちは女とクスリはご法度なんだ。先に手を出されたっていうならまだしも、うちの人間が理由もなく女と事を構えるはずがねぇ」

「どうかしら? こいつらがカフェの娘に絡まなかったら、こっちも静観してたわよ?」

「――何?」

 私の返答に、話が違うとでも言わんばかりの顔になるマリン。そして両手を上げると、首を振った。

「ちょっと待ってくれ。オレは……取り立て中に、いきなり絡まれた挙句路地裏に連れ込まれ、無抵抗のままボロボロにされたから助けて欲しいと言われたんだが」

「誰から聞いたのよ」

 問い返すと、マリンは親指で背後を示す。そこには出っ歯で、卑屈そうな笑みを浮かべた小男がこちらをちらちらと伺っていた。

 なるほど、イマイチ話がかみ合わないと思ったらそういうことなのね。

 私はアクアとペパー、そしてフレアをこちらに戻し彼の方を向く。

「どうする? 彼らにまだ聞きたいことがあるんだけど、私」

「……いや、それは勘弁してくれ。こっちで落とし前を付けたい。その代わり、次に会った時はそっちに便宜をはかる」

 そう言って名刺のような物を取り出すマリン。そこには『カムカム商会 役員 マリン・ホーストライプ』と書かれている。役員なのね、この子。

 それを受け取り、カーリーと目を合わせる。流石に頭を下げている相手に、これ以上殴る蹴るをするわけにもいかない。私は受け取った名刺を懐に仕舞い、踵を返す。

「分かったわ。その代わり、次に会ったらよろしくね」

「すまん、恩に着る」

 彼はささっとチンピラを回収すると、三人全員持ち上げて歩き出した。私と変わらない体格で、よくもまぁそんな怪力を出せるものね。

 ……いやまぁ、私の方も大概だけど。まさか奥の手を使わなくても……あんな身体能力を出せるなんて。これなら素手で魔物も平気で倒せそう。

「まぁ、必要な情報は軽く手に入ったからヨシとしますか」

「そうなんですか?」

「人数と大まかな事業については分かったからね」

 それどころじゃない、あくどいことまでわんさか聞かせてもらった。狡猾にやってるみたいだけど……人身売買にまで手を染めている様子。

 正直、これなら味方に引き入れた後でもすぐ裏切ってちゃんとしょっ引かないといけないかもしれない。

「味方に引き入れた後でもしょっぴくんですか」

「当たり前じゃない。もし取引に乗ってくるなら、向こうもそれを頭に入れて動くはずよ」

 相手はヤクザ。約束なんて絶対に効果を発揮しない。

 こっちは貴族だけど、自由に動かせる騎士団が無い……と知っていれば絶対に言うことなんて聞きやしないだろう。

「ひぇぇ……それってルール違反じゃないんですか?」

「ヤクザはルール無用でしょ」

「はわぁ……やっぱり恐いですねヤクザは」

 それでもまだ、カムカム商会は狡猾に立ち回る……つまり、ルールを守ることで得られる利益を理解しているはずだ。

 利用価値がある間はいい関係を築けるだろう。

「反社とは一回でも関わりを持ったらアウトなんだけどね」

 骨の髄まで絞られる、それが社会の常識。そんなのわかってる。

 でももう、イザベル(真)のせいで片足を突っ込んでる。

 なら最大限利用しないと、こっから領地を立て直せない。

「最悪、荒っぽくなるのは覚悟しておいてね」

「それに関しては任せてください。こう見えて、マイターサ一番の魔法使いですよ?」

 無い胸を張るカーリー。精神年齢って肉体の年齢に引っ張られるのかしらねぇ。私を地獄に引きずり込んだ張本人じゃ無ければ、この可愛い小動物を撫でまわしたいわねぇ。

「……あ、あのイザベル様。なんで頭を撫でまわすんですか?」

「あら」

 無意識に撫でまわしていたらしい。

 私は彼女を放し、ふうと息を吐く。さっきのマリンのセリフが……少し気になってるのよねぇ。

「マリン、クスリと女はご法度って言ってたけど、奴隷を卸してるやつが女を扱わないとは思えないのよねぇ」

 かといって役員である彼がクリーンにやってると言っているなら信じるべきか。

 まぁ、そこは色々乗り越えた後に問い詰めるべきね。

「それじゃあ明日、実際にカムカム商会に出向きましょう」

「はい!」

 人生は配られたカードで勝負するしかない。

 配られたカードを入れ替えられちゃっても、それで勝負するしかない。

 せめて、与えられたカードを最大限活かせるように――努力しないとね。

「マータイサで一番の魔法使いと、原作最強の肉体なら……いいカードね」

 デバフカードを跳ね返すくらい、やってやろうじゃないのよ。

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