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2話――会議はお茶と踊る

「もぐもぐ……むしゃむしゃ……」

「はぐ、もぐ」

 というわけで朝ご飯。ちょっとしたテーブルで二人、向かい合いながら食事をする。壁際には棚やロッカーがあったりなど休憩所のような雰囲気で……豪華なシャンデリアの下で食べないといけないかと思っていたから、少しホッとする。

 カーリーは小さいお口で一生懸命ベーコンエッグを食べている姿が、とても可愛らしい。

「すいません、休憩所でご飯にしちゃって。イザベル様が毎度食べられてたところは広すぎる上に運ぶのが大変で……」

「別にいいわよ。それよりもカーリー、あんた料理上手ね」

「ありがとうございます。前の世界では四歳から母親とその愛人のためにご飯を作らされてたんで慣れてるんですよ」

 さらっと闇を告白するカーリー。朝から胃もたれする話はやめて欲しい。

 出される料理はベーコンエッグとスープという素朴な物だったが……素材も料理人の腕も良いのだろう、かなり美味しい。

 特にこのベーコンエッグは貴族の家で出るとは思えないほど庶民的でとても美味だ。

(それにしても量が多いわねー)

 私の目の前に置かれたベーコンエッグは、普通の人の十人前くらいある。これは確かに運ぶのが大変でしょうね。……あと、イザベルの肉体はこの量でもまだちょっと足りないわね。

「……」

 何故か目の前で自分の分のベーコンエッグを食べもせず、楽しそうに目を細めて笑っているカーリー。

 私はパンを飲み込んで、彼女に尋ねる。

「なんでそんなに嬉しそうなの?」

「食事の時に同じテーブルに座らせていただける上に、罵倒もされないなんて前世、今世含めて初めてですから」

 だから朝から胃もたれするような闇を暴露するのはやめて!?

 女の子の泣き顔や困り顔が好きな私も、流石にそれを飲み下せるほど大人じゃない。私はゆっくり立ち上がり、カーリーを抱きしめた。

「え、今ボク何かしました!? な、投げられるんですか!?」

 ……ちょっと厳しく接しすぎたかしら。

 私はため息をついて、彼女の頭を少し激しめに撫でる。

「ちょっ、くすぐったいですよイザベル様ぁ」

 甘えた声。……そうね、なんのかんの言っても彼女は年下なんだから、もう少し優しくしてあげても――

「あ、でも食事中に勝手に立つのはマナー違反ですよ? これからは社交界に出ることもあるかもしれないので、ちゃんとテーブルマナーは学んでいきましょうね!」

 ――前言撤回。この子は私をこの意味不明な状況にぶち込んだ元凶だったわ。何が悲しくてテーブルマナーなんて学ばねばならないのよ。

 私はカーリーのほっぺたをつまみ、上下左右に引っ張る。

「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!」

「あんたが私を巻き込まなきゃ、悠々自適に一人暮らししてたのよ! ったくもう」

 カーリーの頬から手を離し、食事に戻る。

 それにしても、まさかコックまでクビにしてるとは思いもよらなかった。

 ……いや、イザベルは主人公が出てくるまでは人格者として有名だったはず。なのに何故、コックをクビにしたりしているのだろうか。

 頬をさすっているカーリーの方を向き、尋ねる。

「ねぇ、前のコックは何かヘマでもしたの?」

「いえ、ご自身で辞めたいと仰られて、以降後任を雇ってない感じです。メイドさんも殆どいないので、ボクがイザベル様の分だけ作ればよかったですから」

 なるほど、そういう理屈か。

 というかメイドもあまりいないのか。

「掃除とかどうしてるの?」

「外注してます。そっちの方がメイドを雇うより安いと」

 確かに大量に人を雇うよりも、自分で出来ることは自分でやった上で大変なことだけ外注する方が良いのは良い。

「あと、ボクは無給でこき使われていたので」

 ……だからこの子が不憫すぎるのよ!

 私はちゃんと彼女に適切な報酬を与えることを心の中で第一目標にしつつ、咳払いした。

「だから今は週に五回くるメイドさんが五名います。主に簡単な掃除と庭仕事ですね」

「このお屋敷まぁまぁ広いけど、簡単な掃除でも五人で足りるの?」

 庭まで入れたら、下手な市役所より大きい。

「まぁボクがいるので……魔法と使い魔でパパっとやったりします」

「あらそう。でも騎手も御者もいないなら、馬車の運転とかどうするの?」

 昨日お屋敷を見せて貰った時、流石に馬車もあれば馬もいた。イザベルの運動性能なら馬くらいは乗れそうだが、流石に馬車を自在に操れやしないだろう。

 それに厩舎で馬の世話をする人も足りなそうだ。

「まぁボクがいるので……。馬のお世話はメイドさんとボクで。馬車を操るのはボクと、興が乗った時のイザベル様ですね」

「あらそう。……じゃあ執事も領地騎士団もいないなら護衛は?」

 領地騎士団がいない領地は割とあるが、そういう所は執事が護衛を兼ねていると聞く。

「まぁボクがいるので……暴漢からドラゴンまで何でもござれです」

「あんた働きすぎじゃない!?」

 あまりに有能が過ぎる。いくら人生二周目でチート持ちの魔法使いとはいえ、そこまで全部やらされるものなのだろうか。

 というか、こっちの世界のイザベルが人を切ってコストカットしたのは彼女の存在が大きすぎるのではなかろうか。

「ってかあんた、強いの?」

「ふふん、こう見えてボクは0歳から魔法を使えた神童ですよ? あまりの神童っぷりに親から人買いに売られた挙句、こうしてこき使われてますけど」

 だから不憫すぎるのよ!!

 私は彼女には毎日おやつの時間を作ってあげることを心に決めつつ、そりゃ裏切られて魂入れ替えられるわよねぇ……と納得する。

「とりあえず美味しかったわ、ご馳走様」

 手を合わせてそう言うと、カーリーも慌てたように手を合わせた。

「お、お粗末様です。……久しぶりに『いただきます』、『ごちそうさま』を言われました」

「ああ、こっちは神様へのお祈りだものね」

 長ったらしいお祈りがあるのだが、私はよく知らない。あれも貴族になったら覚えなくちゃならないのだろうか。

「じゃあ、食器とか片付けてきますね」

 カーリーが立ち上がって食器を片付けに行く。彼女の後姿を見ながら、私は大きくため息をついた。

「口先三寸だけでどうにか……ならないでしょうねぇ」

 私が逆の立場なら、金を用意できないなら聞く話は無いと突き返すだろう。こっちは子爵家だが――古来より、金貸しに頭が上がらなくなった貴族なんてごまんといる。

「まぁ、流石に手は出ないでしょうけど……情報収集は必要ね」

 そうと決まれば早速準備だ。さて、どうやって内情を知ろうかしらね。


          ▲ △ ▽ ▼


「イザベル様ー、三時のおやつを持ってきましたよー」

「あら、ちょうど良かったわ。入って良いわよ」

 ウインに扉を開けさせると、チョコタルトをお盆に乗せたカーリーが。

「よく執務室の場所が分かりましたね」

 そう言いながら、チョコタルトを置いてくれるカーリー。一つ一つが一口サイズで、クッキーで出来た容器の中に入っている。可愛いし美味しそうね。

 私は茶葉を取り出して、フレアとアクアに紅茶を淹れるようにお願いする。

「何個かテキトーに部屋を開けてるうちに見つけたのよ」

 私がいるのは、イザベルの……というかアザレア子爵家の執務室。領地を経営するにあたって必要な書類や、資料などが大量に本棚に並ぶ部屋だ。

 ダークブラウンの机には大量の資料を並べているので……カーリーが置いてくれたチョコタルトは、端っこの方に置かれている。

「落ちませんか?」

「大丈夫でしょ」

 そう言いながら、私は資料に目を通す。この家の資産について調べてたんだけど――まぁ、なんというかうん。取り合えず抵当がついてない不動産資産が一切ないってことだけは分かった。流石にこの自宅だけは無事だったけど。

 それと、アザレア家と領地の経済状態について分けてチェックすると――

(別に、仮に我が家が経営破綻しても――この領地、マータイサがすぐさまどうこうなるってことは無い)

 それどころか、マータイサ自体の経済は順調だ。王都に近いから商人の行き来は活発だし、むしろ王都であるウキョートに比べて税が多少安いため、本店をマータイサに置く商会も多い。

 つまり、経済は回っている。しかし領地経営が火の車……それは何故か。

(経済状況以上に税収が少ない。それと、シンプルに我が家の支出が多い。そして何より……領地が儲けるための特有の事業が無い)

 シンプルに、この領地って言ったらあれだけど金の使い方が下手っていうかバカ。直近に行われた公共事業で、絶対に必須だったモノって治水工事だけ。後は全部『民衆の意見を聞くわたくしって素晴らしいですわー!』って高笑いするためだけにやったって感じ。

 例えばゴカワエって地域に作る予定の公民館。この地域はドヤ街っていうか、冒険者がバカみたいに多い地域なのに、子どもがいる世帯向けの建物を作ってどうするのか。

(そして経済的に締め上げる領法がまるで機能していない)

 これじゃあ商人がやりたい放題だ。独禁法だって無いし、商会ギルドが力を持ちすぎる。

 それでもこれだけ経済が活況なのは、王都に近いからに過ぎない。あちらの物価に影響されるから、値上げ過ぎることも値下げ過ぎることも出来ない。

「よくそこまで分析出来ますねー」

「こっちゃ社会人、キッチリやってたのよ」

 特段とりえも無い会社だったけど、中小企業で財務をやってりゃ少しは詳しくなる。ただまぁ、それを抜きにしてもこの領地の状況は分かりやすく酷いってだけってのもある。

「それで、何か作戦は思いつきました?」

 少し目をキラキラさせて問うてくるカーリー。既に時刻は昼下がり。明後日返済である以上、この辺で指針を決めておかないと対処が間に合わなくなる。

「まぁ、概ね?」

 そう言いながら、私は紙を持ってくる。そして羽ペンに『エンベッド』と唱えて、使い魔にした。

「四体目の使い魔ですか。お名前は?」

「ライターよ。……というか、紙ってこんなにたくさんあるのね。私の住んでた村では貴重品だったから驚きよ」

 いつも木の板を使って文字を書いたりしていたので、さっき使用人室みたいなところで大量に紙を見つけた時は驚いたのだ。

「ゲームでも言及されていましたけど、製紙技術と活版印刷の技術はありますからね。地球とは紙の原料が違うだけで。だからちゃんと都会であれば安定的に供給されていますよ」

 暗に――というか思いっきり田舎者と言われてしまった。どうせ私は田舎の村娘ですよ。

「まぁいいわ。ライター、お願い」

「ふでふで」

 身体を揺らして答えるライター。私は紙を机に置いて話し始める。

「現状、案は三つ。一つ目は一番簡単で、一番効果的な時間稼ぎ。持ち物を売って現金を作る」

 私の喋る言葉を、紙に書き出してくれるライター。

 今回支払う額は十万ミラ。ドレスの一着や二着売れば簡単にそれくらいの金額を作ることは出来るだろう。時間的に質屋はまだ空いているだろうし。

 既に不動産は全滅してたけど……さすがにすべての衣服が抵当権をつけられているわけもあるまいし――

「えっと……じゃあ早速、まだ担保に入れてない物を探しますね」

 ――なんだか、歯切れの悪い喋り方のカーリー。私は嫌な予感を覚えつつ、彼女に尋ねた。

「ねぇ……カーリー、まさかとは言わないけど……」

「その……まさかですね。その手は飽きるほど使ってきたので……」

 オーマイゴッド。

 顔に手を当てて空を見る。そりゃそうだ、こんな簡単な手……イザベルが思い当たらないわけがない。そして彼女の性格からして、それをすることに躊躇は無いだろう。

 よく考えたら騎士団を解散させてまで金を節約している領地だ、どこまで抵当権がついてるか分かったもんじゃない。

「もっとしっかり資料見るわ……。えーっと、じゃあ二つ目の案。お願いして待ってもらう」

 こっちは貴族で、領主だ。まさか強硬手段に出ることもあるまい。カーリーも複雑そうな表情で頷く。

「やっぱりそれしか無いですよね……」

 アンニュイなため息をついたかと思うと、はっとした表情で自らの肉体を抱きしめた。

「で、でも『利子代わりにそっちの女を置いて行ってもらおうか』とか言われちゃったらどうしましょう!」

 きゃー! なんて言って、タコのように顔を赤くして体をくねらせる。

 そんな彼女を見て、私は遠い目で窓の方を見た。

「ロリコンってこっちの世界にもいるのかしらね」

「どういう意味ですか! ボクは二十歳ですよ!」

「十歳児の肉体に欲情したらロリコンでしょうが!」

 うぎゃーと反論するカーリー。私はそんな彼女をスルーして、三本目の指を立てる。

「ただ、それだと現状維持からマイナス。どこかプラスにしないとどうにもならないわ。ということで三つ目の案」

「三つ目……ですか?」

 カーリーは首を傾げながらタルトを食べる。そのタイミングで紅茶が出来たらしい、アクアが私とカーリーの前に注いでくれた。

 私は紅茶に詳しくないが、相変わらず良い香りだ。こういう所に金をかけてるから領地の運営がおろそかになるんでしょうが。

 私もカーリーが作ってくれたチョコタルトを食べる。甘くて美味しいし、周囲のクッキーとの相性も抜群だ。これは紅茶が進むわね。

「そう、三つ目。私たちは領法を作れるわ、それを使って取引をする」

 この領地を運営するのは私たち。イザベル(真)はバカみたいな運営していたけれど、まだ悪法を連発するという破滅の道までは足を踏み入れていなかった。いや持ち物だの屋敷だのに抵当権がついている時点でアウトだけども。

「領法って……も、もしかして重税を課すとかですか!?」

「おばか。こっから領地の運営をどうにかしようって言ってるのに、重税を課して住民の信頼を手放してどうするのよ。違うわ、金貸しに対して適切なルールを設けるのよ」

 金利の上限や、貸し出す対象の制限、そして登録制度など。前世の貸金業法ほどかっちりした物は作れないし(そこまで知らないし)、実際の調整には時間がかかるけど……少なくとも全ての『金貸し』にルールが無い状況を、『違法金貸し』と『合法金貸し』に分けることが出来るようになる。

「そして、アンタらには先に教えるから――真っ当な金貸しになりなさい、って言うのよ」

 ここまで頭が回るのだ、この取引には乗ってくるだろう。実際はここをフロントにして違法な金貸し屋を作って運営するかもしれないけど……。

「上手くいけば取り込める。こっち側にね」

 狡猾に金を稼ぎたいだけなら、私たちにショバ代を払ってでも合法側にいようとするだろう。ハッキリ言って、アホみたいな借金で身を持ち崩す奴がいようがどうだっていい。

 でも、こうやってしっかり金貸しにルールを作れれば……ちゃんとした融資や弱者救済の融資だって出来るようになる。

「ルールが無ければ、全ての債務者は弱者よ。でもルールを作れば、『金を借りる』ことがちゃんとした救いになる人が必ず出てくる」

 それが金融だからね。

「……えーっと、よく分からないんですけど。だってお金を借りても、結局利子とか手数料とかがかかって……最終的にお金は損するんじゃないですか?」

 私の言葉に、ピンと来ていない様子のカーリー。そりゃ十歳で死んだのなら、お金がどういう物かなんか分かりはしないだろう。

 というかその認識しか持っていない部下一人で、よく領地を運営しようと思ったわねイザベル(真)は。

「お金を貸すっていうのはね、相手に時間を売ることと同義なのよ」

「時間……?」

 彼女は更に意味不明と言った表情になって、首を傾げた。私はチョコタルトを食べながら、笑顔を作る。

「そう、時間。例えばそうね、月に五万ミラ稼げる人がいたとしましょう。でも、馬車があれば月に七万ミラ稼げるようになるとしたら……その人は馬車を欲しがるだろうと思わない?」

 こくんと頷くカーリー。彼女はタルトも食べずに真剣にこちらの話を聞いている。将来、詐欺師に騙されないように守ってあげないとね。

「でも馬車は百万ミラ。そしたら、二十ヵ月時間が必要になるわ。……でも、お金を借りて今すぐ馬車を手に入れたら、その二十ヵ月で差額にして四十万円多く儲けられるってことになるの」

「た、確かに……」

「借りたお金の利子が四十万円以下だったら、その差分儲かる上に二十ヵ月前倒しで馬車が手に入る。これが『お金を借りることは時間を買うこと』ってことよ」

 時は金なり、タイムイズマネー。

 これは「時間はお金と同じく貴重なものなので、浪費することなく、有意義に使うことが大切である」という戒めでは無く、言葉通りの意味なのだ。

 時間は金で買えるし、金は時間に変換出来る。

 ただ等価になるかどうかは、本人次第というだけで。

「これを上手く使えば、お金が無いために自分の力を十分に発揮出来ていない人や、お金が無いせいで我慢を強いられている人たちを救うことが出来る。金融を整備するということは、より多くの人が活躍出来る社会を作れるということでもあるのよ!」

「う、うおおお……」

 感動した様子のカーリー。うん、やっぱりこの子は絶対に詐欺に騙されるわね。

 とはいえ、言っている内容に嘘は無い。金融マンの理想であることは間違いないから。

(理想だけで動けないのが、現実なんだけどね)

 とはいえ、せっかくの理想。異世界なら叶えられるかもしれない。

「それが分かったらカーリー、早速いろいろと準備するわよ!」

「は、はい!」

 頬を紅潮させ、感涙しているカーリーを立たせ――私たちは準備に向かうのであった。



「でもほんと、良かったです。もう既にボクの持ち物は殆ど売りさばかれちゃってたので」

 だからどんだけこの家は困窮してるのよ!! あと十歳児の持ち物を先に売るんじゃないイザベル(真)!

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