翌朝、起床時間。
貧乏暇なしとはよく言ったもので、私の朝は早い。両親の遺してくれた畑の手入れをしなくてはならないからだ。
これ一本で生活出来るほどは取れないが、生活費の足しにはなる。そのため私にとってはかかせない朝のルーティンなんだが……。
「……やっぱり、夢じゃ無かったのね」
見知らぬ天井が目に入り、それはもう大きなため息をつく。今肺活量を測ったら、プロアスリート並の数字が出るに違いない。
このままもう一度寝てしまえば、もしかするといつもの家で目覚められるんじゃないか。……なんて妄想もしていられない。私はベッド……ではなくその横に敷いた布団から起き上がり、大きく伸びをする。
「あふ……」
大あくびをしてカーテンを開く。朝日と同時に起きる生活をしていたせいで、誰に言われるまでもなく明朝に目覚めてしまった。
(やることは山積みだけど……やりたくない。取り敢えず顔を洗って朝ごはんでも食べるかしらねー)
私が窓の外、綺麗な朝日を見ながら指を鳴らすと、水が落ちるような音と共にスライムのような何かが現れた。
私の使い
「アクア、いつものお願い」
「ぷるぷる」
身体を揺らして頷くアクア。そしてスライム状の身体を大きく広げ、私の頭を包み込む。
そして優しく回転。若干息が苦しいのは難点だが、ものの数秒で私の顔と髪は綺麗さっぱり洗われる。
「ぷはー。じゃあウイン、フレア、お願い」
「ぴゅー」
「ぼうぼう」
風を纏った緑色の風船と、炎の体を持つ鳥がやはり天井から降りてくる。アクアと同じ使い魔的な何かだ。
二人から温風を受け、顔と髪を乾かす。櫛もアクアがやってくれるので、私は突っ立ってるだけで朝の用意が終わるのだ。
「よし、完璧ね」
三体が跳ねて私から離れる。お礼を言うと、各々テキトーにその辺で寛ぎだした。
その様子を見て私は、この体になっても固有魔法が発動したことにホッとする。
(でもまさか、ここから家ほど離れているのに解除出来るなんてね)
私の固有魔法は使い魔の召喚……に近いが似て非なる物。物体にAIを付与して使い魔にする魔法だ。
AIなので感情は無いが、学習して成長する。そして元となった物にまつわるものを操る力を持つ。
水に付与すれば水の能力を持つ使い魔に、炎に付与すれば炎の能力を持つ使い魔に。
風だけはどうにもならなかったので、紙風船を作って使ってみたら風の使い魔になった。
「今日もみんな、ありがとう」
この子たちにあげられる物は無いので、お礼だけは言っておく。
そうこうしていると、ドアの前に人の気配が。
「イザベルさーん、朝ですよー」
ノックの音が。ウインに開けてもらうと、全ての元凶であるカーリーがそこに立っていた。憎たらしい顔をしているので、ちょっと泣き顔に歪ませたい。
「って、これはイザベルさんテイマーだったんですか? 一度に三匹も使役するなんて、一流のテイマーでも一握りじゃありませんか?」
「テイマーは魔物でしょ、あれ。私のは使い魔よ、固有魔法なの」
使役の魔法を使って魔物に戦わせるのがテイマー。契約の魔法で魔物に自分の手伝いをしてもらうのが使い魔。ポタモン(ポータブルモンスター)方式で戦わせるかどうかって感じの違いがある。
「固有魔法ですか。便利そうですね」
「いいでしょ」
もっと内容は違うのだが、細かく説明する必要もあるまい。彼女の
自分の主人を罠に嵌めて村娘と入れ替えるような女だ。警戒はしておいた方がよいだろう。
「それにしてもイザベルさん、朝早いんですね。本物もこの時間に起きてましたけど、あの方は朝はだいぶ機嫌が悪かったので」
ちなみに私の呼び方はイザベルで統一しておいた。どこかでボロが出ても面倒だし。
カーリーは窓の向こうを見ながら、少し懐かしむような声を出す。
「思い出しますよ。イザベル様は朝起きられたらまずは筋トレしていましたからね。部屋に入ったら下着姿で逆立ちしてたり」
「結構すごいわね。……どうりで体が軽いわけだわ」
ゲーム本編でもかなりお転婆というか、大暴れしていたから身体能力が高いのは知っていたが……まさかそんな毎朝しっかり筋トレするほどストイックだったなんて。
そのことに驚きつつ、私はふむと腕を組む。
「その筋トレメニュー、もし覚えてたら後で教えて。動ける体を鈍らせたら、本編みたいなことが始まった時に対応出来ないもの」
戦闘が仮にあっても……私には固有魔法があるし、カーリーも魔法使いを自称するのだから問題は無い。でも本編である、ダンスを踊ってアイドルの頂点を目指す……という展開になった場合は身体能力が物を言う。
本編主人公なんてほぼ愛嬌と身体能力のみで勝ち上がってたし。
「それで、こんな早朝から何の用? 私はトレーニングでもした後、朝食にしたいんだけど」
私はベッドに腰かけてそう問うと、カーリーがちょっと困ったような顔になった。
「いやあの、あはは……。実はその、借金が一個ありまして」
昨日は収支報告を見ただけでキレそうだったのでこまかくは見ていないが、借金もあるのか。
私はそのことに頭を抱えつつ、カーリーに話の続きを促す。
「まぁ、今更驚かないわ。っていうか、借金が一個? もっとありそうな物だけど」
「正確には明日までに返さないといけない借金ですね。額だけなら……」
「あー、いいわいいわ、聞きたくない。……面倒くさいわねぇ」
私は虫でもはらうように手を振る。そして昨日から数えて何度目か分からないため息をついてから、彼女に手を差し出した。
「情報とか無いの?」
「こちらです」
そう言って渡された書類は、なんというか頭を抱えたくなる……なんて次元じゃない内容だった。
まずこの国には銀行というシステムが無い。
殆どの職業が組合を作っており、商人なら商人組合から、冒険者なら冒険者組合から援助が得られるなどの相互扶助で成り立っているからだ。
しかしそれでも金貸しという職業はある。やっているのは大きな商会などで、そこそこちゃんとした金利でやっているので問題ない。
……が、金貸しがいれば闇金もいるわけで。
「ウマジマくんの世界ねぇ」
「あの漫画、面白かったですよねー。ただまぁ、その中でも比較的良心的というか……いや闇金に良心もへったくれもないんですけど。それに一度に返す金額も大したこと無いですし」
確かにカーリーの言う通り、一般的な(?)闇金のイメージである十一では無い。二十日で一割……まぁ、闇金の中では良心的だ。
「ねぇ、契約書ある? 無いってことは無いでしょ」
「あります、ちょっと待っててください」
そう言って部屋から出ていくカーリー。取りに行ってくれたので、待ってる間に紅茶でも準備することにする。
幸い、ティーポットやティーカップは部屋の棚に置いたあった。公式サイトには紅茶を淹れるのが趣味と書いてあったし、イザベルの私物だろう。
アクアとフレアにお湯を沸かしてもらい、ちょうど沸いたところでカーリーが帰ってきた。少し遅かったが、そんなに遠かったんだろうか。
「戻りまし……何してるんです?」
「遅かったわね。紅茶を淹れてるのよ。あんたも飲むでしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
カーリーの分のカップを用意し、紅茶を蒸らしている間に契約書に目を通す。
……すると、案の定困ったことが起きていた。
「リボ払いェ……悪名高いリボ払いを異世界で導入してるとか、この闇金なかなかやるわね」
「いやイザベルさん感心している場合じゃ……って、リボ払い? なんですかそれ」
「簡単にいえば、『毎月、決まった額だけ返せばいい借金』ね。どれだけ借りても、一定額よ」
「え、便利じゃないですか。やっぱりここの闇金は良心的ですね」
断言しよう、こいつは元の世界にいたら絶対にマルチ商法に引っかかる。
……いやまぁ、十歳で死んでちゃその辺の知識が無くても当たり前か。
「あのねぇ」
私だって詳しくは無いが、リボ払いというのは元金が中々減らないことで有名な支払方法だ。
確かに「どれだけ借りても一定額の支払いで構わない」が、金を借りると必ず手数料が生じる。借りた額に応じて増えるその手数料は、いくら払っても借金が減らない。
「定額しか返さなくていい、って言ってるけどね……その返している金額ってのは手数料の部分なの。十万ミラ借りて、利息が二万ミラだとするわ」
ミラっていうのはこの国の通貨の単位だ。金本位制を導入しているから、それなりに信用はある。
「毎月五千ミラだけ返すって契約だと……この契約書に書いてある利率で計算するなら、だいたい千七百ミラは利息を払うことになるわ」
そうなると、元金である十万ミラは三千三百ミラしか減らないことになる。これでは返しても返しても元金が返せない。
「で、でも……それでも、ちゃんと毎月払えばいつかは無くなるのでは?」
「リボ払いのもう一つ面倒なところは、残高がいっしょくたにされることよ。普通の分割払いであれば、買った商品ごとに返済がある。でもこれは、全ての残高を一緒に計算されちゃうの」
追加で五万ミラ借りても、返済額は五千ミラだ。でも、残高が一気に増えるので、返済する利息は二千五百ミラまで増える。
すると、返済できる残高が七百ミラも減ってしまう。
「ひえ……」
怯えた表情になるカーリー。ただもちろん、これはあくまで『カードのリボ払い』だ。この世界の……この会社の貸方はさらにえげつない。
「借りる度じゃなくて、これ毎月利息が計算しなおされるのよね。そして常に支払う額が利息の額を越えないようにされてる」
「え、それって……」
「そ、どれだけ払っても絶対に元金が減らないようになってるの。詐欺よ詐欺」
とはいえ、貸金業法とか無い世界だししょっ引くのは難しそうね。別の罪状でひっとらえた方が早そう。どうせ他にも悪いことやってるだろうし。
「ただあれね、曲がりなりにも子爵家に貸すとか中々の度胸ね」
「あ、これは家じゃなくてイザベル様個人の借金ですね」
「はぁ!?」
何をどうしたら子爵家の令嬢が借金をするのか。私は契約書をもう一度読み直すと、確かに名義がアザレア子爵家でなくイザベル本人になっている。
「いやー、まだイザベル様が実権を握って無かったころの借金なんですよね。一度に払う額がそこまで大きくないことからご両親にバレずに返済出来ていたみたいで。それ以降もちょくちょく利用していて……」
私は呑気に話すカーリーの顔面を掴み、爪を食い込ませた。
「見てたんなら、あんたが止めなさいよ!」
「痛い痛い痛いです! で、でも返済額が少額だからいいかなって……」
「無限返済編が始まるだけでしょうが!」
そのまま持ち上げて、ベッドに投げる。「きゃうん」と声を出して涙目になるカーリーはかなり可愛い。
「あー、もー。仕方ないから、全額一気に返すしか無いわね。現金で突きつければ向こうも納得するでしょ」
頭を掻きながらそう言うと、カーリーが申し訳なさそうな顔になって起き上がる。
「で、でもですね……その、現金が入るのは四日後でして……」
「四日? ……ああ、納税日が四日後なのね。じゃあ四日待ってもらって全額返済して……」
「でも四日後には他の支払いがあって、こっちは借金じゃないんですが……」
ベッドから立ち上がったカーリーは、部屋の入口に置いてあったカバンから書類を取り出す。そして出るわ出るわ、大量の請求書。
見たくもないが、目を背けても状況は改善しない。止む無くそれらに目を通し……そして、借金がボコボコと膨れ上がっていた理由を察した。
この領地、借金を返すために借金してやがる。
「自転車操業ね……うわぁ……もうやだ帰りたい……」
「あっはっは、何言ってるんですか。イザベル様のおうちはここですよ?」
朗らかに笑うカーリー。私は彼女の右肩と左ひじを掴み、自分に引き寄せながら左足を思いっきり左足で払った。
「私の家はサッテ町の東部にある村よ!!!」
「大外刈りっ!?」
床に肩から叩きつけられ、悶絶するカーリー。ゴムまりが弾むような音が響いたが、かなり痛かっただろう。
「何が悲しくてマイターサ領のラウワ区に来なくちゃならなかったのよ!! あーもー!」
「あれ、マイターサ領ならヤオーミ区の方が好みでした? あっちは若干ドヤ街が多めですよ」
「賑やかで嫌いじゃないけど、比べるなら上品だからラウワの方が好きよ。ってそこじゃないのよ!! 私はサッテで平和に暮らしてたかったって言ってるの! あーもう……!」
でもマイターサの領地を任された子爵になったのだ、こうもしていられない。
「そういえばマイターサって領地騎士団、無いのよね」
「はい。第一騎士団と第二騎士団が常駐しています。イザベル様が、王都ウキョートが近いのだからすぐに本隊も来れるし必要無いと」
最初からあてにはしていなかったが、これで最悪騎士団を乗り込ませて有耶無耶にするっていう手は使えなくなった。
第一騎士団とは、国の運営している軍隊だ。この世界にもいる巨大な魔物や、国同士の戦闘を主に担当している。
そして第二騎士団がいわゆる警察。国家が運営しており、法律に則って犯罪者を逮捕する。
「こんなクソみたいな運営してて、領地騎士団なんて運営出来るわけないわよねぇ……」
そう言ったところで、何か事態が好転するわけじゃない。
私はカーリーを立ち上がらせ、部屋の外へ向かう。
「ど、どうされましたか」
「ここで話しててもらちが明かないわ。取り敢えず朝ご飯、そして明日までに何とか対策を練るわよ」
口先三寸でどうにかなるような相手ならいいが、無限返済編を迫るような狡猾な闇金だ。こっちが領主だとしてもどうなるか分からない。
「腹が減っては戦は出来ぬ、よ。カーリー、コックに準備させなさい!」
「はい!」
まずは腹ごしらえ。子爵家のコックなんて凄腕だろうし、さぞ豪華だろう。とても楽しみだ。
「でもコックはこの前クビにしたんで、ボクが作りますね」
そんなことだと思ったわよチクショウ!!